第20話.入学

寮の裏手で鼓草(たんぽぽ)を摘んでいると、声をかけられた。


「おうい、穂高!聞いたかぁ!?」

「何の事だ」

「実はな……お前何しているんだ」

「鼓草(たんぽぽ)の根を摘んでいるんだが」

「それは見れば分かるが」

「ああ、珈琲(コーヒー)にするんだ。気にするな」


ふぅんと吾妻(あずま)は納得した。吾妻と言うのは、例の丸刈りだ。彼はそれ以上は深く追求しなかった。


鼓草(たんぽぽ)の根は、刻んで乾燥させてから炒ると珈琲に近い飲み物ができる。いわゆるタンポポコーヒーというものだ。

珈琲が手に入りづらいため、偶にこうやって摘んで代用に飲んでいる。深く炒って濃く入れると香ばしくて美味い。


手を止めて立ち上がる。腰に手を当てながら仰け反ると、固まった身体が不平の声を上げるのが聞こえた。そのままの体勢で問うた。


「で、何があった?」

「ああ、ついに合否発表があるらしい。順番に校舎事務室まで来いと言うことだ」

「やっとか!」


一報を聞いた私は、彼と共に事務室に出向いた。

ずらりと並んだ列は外まで続いていたが、入れ替わりは早く、自分の順番が回ってくるまで、そう時間はかからなかった。


結果から言うと、私は合格であった。

私のみならず、寮に入っている人間は全て合格通知を受け取ったようだ。

そしてその日すぐに、体格検査(たいかくけんさ)が始まった。身体測定と体力検査のようなものだ。

身長体重に視力、歯の確認。医師の問診に始まり、走らされたり、跳ねさせられたりと言った内容である。


褌姿(ふんどしすがた)でずらりと並んだ男達の背中を見て、なんとも言えぬ面白さを感じた。当たり前と言えば当たり前の光景であるし、私自身もその内の一人なのだが。

この感じを共感できるものは居ないだろう、そう思って口には出さなかったが、一人「ふん」と鼻で笑ったのだった。

と、そんな時に関西弁の声が聞こえた。


「穂高(ちび)!身長測定はどうやった?」


振り向くと、こちらも褌一丁の男。

先日猪に咬まれかけて慌てていた吉野(よしの)という痩せ男だ。


「身長が足りなくて入学できません、とはならんかったか?」

「おう、吉野やめとけよ」


間に入ろうとした吾妻を制す。「別に良いよ」と言って測定値の書かれた用紙を見せてやる。


「百四十八センチ!思ったより高かったやん」

「おかげさまで入学は認められたよ」

「お、さよか!よかったやんけ!」


そう言って吉野は、私の肩を叩いて去っていった。この男はこの調子で普通なのだ。

別に、喧嘩を売りたい訳でも無く。本当に無意識に話をしてこうなのだ。そういう集団(コミュニティ)に所属していたのだろう。

穂高(ちび)と呼んでくるのも、ひょっとすると親愛の情からなのかも知れない。私には、わからない事だが。


「口の悪いやつだな」

「まぁ、そんなやつも居るさ」


前世、私の時代の自衛隊という集団は「人種のるつぼ」と言っても良いほど、本当にいろんな人間が居た。そういう経験があるから、一箇所に男共が集められたら変な奴が出てくるというのも予想の範疇だ。


それに身長規定というのも心配していたが、どうやらそこまで厳しくないようで安心した。身長で失格となれば、どうしようも無いからな。


「そういえばタカの背中、すごいな」

「背中?」

「背中の筋肉が凄い形だが」

「そうか、ありがとう」


背中ね。

あんまり気にした事はなかったが、山を降りて以来、運動不足にはなるまいと懸垂をしているのが良かったか。実際戸長役場での仕事は、半ば肉体労働であったから運動不足には無縁だったのだがな。そのおかげか、体力測定では概ね好成績を残す事が出来た。


先ずは第一歩。

そう、ついに学生生活が始まるのだ。

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