第19話.待人
幾度か事務室に結果の程を聞きに行ったが、選考中であるので待機せよと言う事であった。
不合格になるのだろうか。しかしそれであれば、寮に私を置いている意味も無いだろう。
釈然としないまま、時間だけが流れた。
今の私は仕事も学校もなく、宙ぶらりんの状況で、ただ札幌の町を楽しんでいる。
日課は散歩だ。
人の行き交う姿を見て、季節の花を楽しむ。帰り際には本屋を冷やかしてから、ぶらぶら帰る。
こんな事で良いのだろうか、と考える事もあったが。人生そんなものだろう。
ほぅっと石橋の欄干(らんかん)に身を預けて、雲の流れるのを見る。
真っ白な雲達が、細かいそれも大きなまとまりも、みな同じ方向へ向かって進んでいく。
空の彼方へ進んで行く。
それは、まるで明而の人々のようだ。今より必ず豊かになると、国民全てがそう信じて同じ方向を向いて邁進している。
私達もはたして空の彼方へ行き着くことが出来るのだろうか。
トン
肩に誰かがぶつかった。
「ああっ」
「おっと」
転げかけた女の子の腕を取り支える。ぐいと片手で引き起こした。
「失礼致しました……まあ」
「こちらこそ。お久しぶりですね」
いつぞやの顔だった。試験の日、同じ石橋の上で出会った彼女だ。
「ほらしっかり立って。若い娘さんが不用意に男にぶつかっては不用心ですよ」
「恐れ入ります。失せ物を探していたものですから」
そう言いながら、足元に視線を落とす彼女。
「黄色い巾着ですか」
「そうですの、良くお分かりになりましたわね」
「ええ。先日お会いした時、鮮やかな色が目に留まりましたので」
あの時、ぶんぶん振り回していたオレンジ色の巾着袋だろう。そのような使い方では、何かの拍子で落としたとしても不思議は無い。
にこりと笑顔を作って言った。
「お手伝いしましょうか」
「まあそんな。悪いですわ」
「日がな一日暇な身分なのです。そういうことでもしないと手持ち無沙汰で、もたんのですよ」
手ぶらの手のひらを見せて、おどけて見せた。彼女は「うーん」と少し考えてから口を開いた。
「ではお言葉に甘えて。お願いしますわ」
そう言ってお辞儀をして見せたのだった。
それから二人で巾着袋を探して歩いた。
そのついでにいくらか話をした。彼女の名前は明子(あきこ)、明而の明に子供の子だそうだ。
彼女もまた、この春に家族の仕事の都合で越して来たばかり。近くの女学校に通っているらしい。
結局、散々歩き回って巾着袋を見つけたのは夕方。灯台下暗しで彼女の通う女学校で見つかった。学友が拾って学校に届けてくれていたそうだ。
「こんな時間までお付き合いさせてしまって、ご迷惑をおかけいたしました」
彼女がふかぶかと頭を下げる。長い黒髪が踊り、心なしか良い香りが広がった。
「頭をお上げください。いや良い経験でした。見つかって良かったですね」
「ええ、本当に。これには大切な大切な、祖母から頂いたお守りが入っておりますの」
「そうですか。それは良かった」
しばらくの沈黙。不思議と気まずさは感じない。彼女の影が、私の足下に伸びて入った。
別れの挨拶を切り出そうと口を開きかけた時、彼女が言った。
「あの、穂高様。何かお礼をしませんと」
「いや礼には及びませんよ。わしも久しぶりに他人(ひと)と歩けて楽しかった」
良く考えれば今まで同年代の人間と話をする機会は無かったな。なんとも無しにふっと笑った。
「そんな……またお会いできまして?」
「ええ、そうですね。そうなれば良いですね」
そう言って、彼女と別れたのだった。
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