空蝉が落ちた、油蝉が死んだ。

 各駅停車の電車に乗り込む。まぁ、始発だし、座れる。大きいバッグも、怪しまれないだろう。ここからなら、旅行客だと思われて終わりだろ。

 向こう側の窓ガラスに、気持ち悪いレベルの弧を描く笑みが映っていた。うわ、やば。周りにバレるわ。

 どうにか我慢して、平然を保つ。こんなの初めてだから、緊張というか、変にハイになってるのかも。

 ドアが閉まる。ゆっくりと、地面と電車の線がずれていく。どうしてこんなにも、興奮の渦が沸き起こるのだ。誰かに自慢してやりたいぐらいだ。

 お前は病気だと言われるかもしれない。いや、だって、これこそが、俺の夢だったんだ! もう少しで果たされるなんて、生きてる心地がしない。

 この奇跡を、この感動を書き残そうと、本能が囁く。ペンを取り出すと、いつも持ち歩いているノートに箇条書きで記す。ああ、嬉しすぎて手が震える。……あれ、まだ臭い残ってるな。駅で服装変えるときに丁寧に洗ったはずなんだけどな。

 倫理建前に、俺のこと捕まえようとしてる蟻。こっちから見りゃ、ただの男たち。包囲して、捕まえた気になってら。もう俺は元の顔を無くしているというのに。お前らからじゃ、俺なんて見つけられっこないさ。

 

 ひとを、ひとり。

 それなら、手紙を出せる権利を。

 

 ひとを、ふたり。

 それなら、通話できる権利を。

 

 ひとのかおを、みっつ以上。

 それなら、会えるという約束を。

 

 そんなあの方からの条件。

 そうだ、そのために俺は。

 

 

 すると、憂鬱そうな顔をしてる女子高生が目の前を通り過ぎていった。なんでそんな顔してるのさ。その顔を、ぱっと驚きの色に変えてやりたいよ。

 と、俺が降りる予定だった駅で彼女は降りた。街灯がない中を突き進んでいく彼女の後ろ。影踏みをするかのように、ぴたりと後ろを歩いていた。女子高生は両耳にイヤホンをしていた。これなら、いける。そう思い、朱が乾いたナイフを取り出そうとした瞬間。

 彼女が、振り向いた。途端に、脇腹あたりに痛みを感じる。初めての感覚に驚き、腹を見れば、止めどなく唐紅が流れていた。叫びだすよりも先に、地面に転がった。そして声を出そうとすれば、目の前の女子高生に舌から下顎ごと刺される。なんだ、何が起きている。こいつは、一体、誰だというんだ!

 

 「JKみっつ。はぁ、あのさ、君に出したよね?」

 

 勝手にバッグの中身を見る女。けれど、その声は聞き覚えがあった。

 

 「ひと、って言ったよね? JKとは言ってないわけだよ、解るかい? JKの顔みっつは、完全に君の好みなんだよ。誰彼構わず、が僕らの合言葉だろう?」

 

 彼女は、いや、彼は。

 

 「君は、もう信者などではない。ゴミだよ」

 

 確かに、そう、確かに。

 

 「まぁ、地獄で会おう」

 

 ──俺が、崇拝していた、カミサマだった。

 

 

 男の、その真っ黒な2つの穴は、ただただ虚空を見つめるだけ。青年はくつくつと笑いながら、玩具で遊ぶ子供のように夢中になってその穴を見つめていた。しばらく経つと、立ち上がって高笑いを残し、夜の街に消えていった。

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