僕が『英雄』から逃げた結果









「―――これだけは使いたくなかったんだがな…」


 そう言うとシャハリは突然、耳飾りのピアスを砕いた。

 何をしたのか解らなかったけれど、直ぐに理解は出来た。

 ギルバートが剣を構えたまま、動かなくなったからだ。


「シャハリ…これって……」

「ダークエルフ一族に伝わる秘宝中の秘宝だ。俺の魔力が持つ限り『アイツ』の時間を止められる」


 本来は魔王討伐にと託されたものだけどな。

 と、付け足しながらシャハリは苦笑いする。


「今のうちにヒデオ、お前だけ逃げろ」

「ど、どうして…一緒に…」


 けれど、シャハリは頭を振って「無理だ」と即答した。


「今の距離以上離れるとこの術は切れちまう…だから、お前だけ逃げろ」

「嫌だ! シャハリを置いていくなんて…」

「馬鹿か! 『英雄』やめたいなら今更イイ子でいるなよ。俺なんか置いて出来る限り早く遠くへ逃げろ!」


 確かに『英雄』はやめたい。

 なりたくないと言った。

 けれど、だからと言って仲間を見捨てるような人になりたいわけでもない。

 シャハリの腕を掴んで僕は一緒に逃げようと引っ張った。


「違うよ! 『英雄』にはなりたくないけどシャハリの仲間でいたいんだ!」


 僕の言葉にシャハリは笑った。

 聞き入れてくれたと思った。

 けれど違った。

 次の瞬間。

 僕の身体は宙に浮いた。





「―――風妖精よ、この者を出来る限り秘境の地へ送り届けておくれ」


 シャハリの台詞の直後。

 僕の身体は勝手に宙を飛び始めた。

 漆黒の夜空をあっという間に、シャハリたちから遠ざかった。

 シャハリは何か叫んでいたようだけど、あいにく僕の耳には届かなかった。


「絶対にまた会おう! シャハリと再会できる日を待ってるから!」


 僕も目いっぱいの声で叫んだ。

 だけど恐らく彼女の耳には届いてなかっただろう。

 僕は何処か解らない場所へ向かって飛ばされていく―――。








「…再会できる日、か…俺がしたことなんか極刑もんだぞ? そもそも、この秘術は魔力と一緒に命を削る……最期の切り札だったってのに…」


「―――その最期の切り札を『英雄様』へ捧げた心意気だけは尊敬に値する」


「……ダークエルフ一族の秘術を無理やり解除した奴に言われたかねぇよ。やっぱバケモンだわ、『アンタ』」


「何と呼ばれようが構わん。全ては我が『英雄様』の平穏のために…私は仲間であっても容赦なく討とう。覚悟はできているな…?」


「…覚悟も何もやる気なんだろ? そのイカれた根性だけは尊敬してやるよ」









 僕は逃げ出してしまった。

 『英雄』から、仲間から。何もかもから。

 風妖精の力でくるくると回転しながら、何処かへと飛ばされ続ける僕。

 今更ながらの後悔と気持ちさに、吐き気も眩暈もひどくなっていく。

 だから今だけは少しだけ、眠ってしまおうと目を閉じた。

 次に目を覚ましたとき、僕はこの世界の何処にいるのだろう。

 知ってるところだとしても、見知らぬ土地だったとしても。

 僕は逃げ続けなければいけない。

 どんな結果になろうとも、逃げきらなくちゃならない。

 僕を捕まえようと追いかけてくるギルバート―――真の『英雄』から。




 だから僕の、『英雄』じゃなくなった僕にとっての冒険が、今ようやく幕を開けようとしていた。

 けれど、この先の冒険譚については語られることは絶対にない。

 何せ僕はもう『英雄』ではないのだから。



 

 


 

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僕は『英雄』から逃げ出した 緋島礼桜 @akasimareo

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