僕が『英雄』になれない理由









「よお、ちゃんとばれずに逃げられたな」


 城門の番兵には金を掴ませていて、通過した向こうではシャハリが待っていた。

 笑みを浮かべている彼女の持ち物は随分と少なく、最低限の武器と道具位だ。


「多分大丈夫…此処にいる方が危ないよ、早く行こう…!」

「あ、お、おい…!」


 そう言って僕は急いでシャハリの腕を掴んで街中へと逃げ込んでいく。

 なるべく遠く。

 なるべく早く。

 なるべくばれないうちに。





「―――ところで…どうして僕と一緒に来てくれるの?」


 走って逃げている最中、僕はふとそんなことを思ってシャハリに質問した。


「い、今更聞くことか、それ…」


 呼吸がどんどん荒くなっていく中で、シャハリはそう洩らす。


「そ、そりゃあ…オレは、ヒデオを……ダチだと思ってるから…」


 自分の息も荒くて、彼女の言葉はあまりよく聞き取れなかった。

 けれど、これだけは解る。


「ありがとう」


 お礼をしなきゃいけないってことだけは。


「あ、ああ…どういたしまして」


 やっぱりシャハリは僕の唯一の理解者だ。

 嬉しくて思わず腕を引く手に力が籠る。


「いっ、痛ぇってヒデオ!」

「あ、ごめん」


 シャハリの声に僕は振り返り、苦笑を洩らした。

 王城から離れ、都からも出られた。

 ようやく一安心出来そうだ。

 そう思ったときだった。








「―――英雄様、何方へ行かれるつもりで…?」


 何処からともなく聞こえてきた声に、僕とシャハリの足が止まる。

 と、同時に全身から血の気が引いていった。

 『彼』に、見つかってしまったのだ。





「……ギルバート」


 声も出せなくなった僕に代わって、シャハリがそう呟く。

 彼女の視線は夜空に向いていた。

 僕も、恐る恐る上空を見上げた。

 するとそこには空中に浮く、一人の騎士の姿があった。


「突如姿が消えたと、エリス姫から聞き探してみれば…何故このような場所にいるのでしょうか?」


 そこにいたのは、間違いなく僕のもう一人のパーティであった騎士ギルバートだった。

 お酒を大量に飲んでいたと聞いていたのに、酔っている様子は微塵もない。


「魔王を倒したからと言っても、まだ終わりではなく英雄様の活躍はこれからなのですぞ! だのにこんな場所で遊んでいる暇はありませんぞ!」


 そう言いながら彼は宙から地面へと降り立つ。

 どうやって僕たちをこんなところまで見つけ出したのか。

 そう思っているとギルバートは「シャハリの声がしたから見つけられた」と言った。

 シャハリの声って…痛いってちょっと叫んだだけだというのに…。


「お前な…『英雄様』って崇拝すんのは勝手だが、魔王を倒したんだからもういいだろ。これ以上ヒデオに『英雄』を押し付けんなよ!」


 僕の代弁をして、シャハリが叫ぶ。

 弓も取り出し構える彼女に、ゆっくりとギルバートは歩み寄ってくる。


「シャハリ…お前こそ『英雄様』と呼べと何度言えば…私は誰よりも英雄様を按じて理解している。だからこそ、英雄様にはこれからエリス姫と婚約されゆくゆくは王国を統治して貰わねばならぬのだ」


 容姿端麗、生真面目な佇まい。

 誰が見ても美男と言うだろうギルバートは、月光に照らされてて、それはもう映えていた。

 だからこそ、僕は引け目のような負い目のようなものを感じてしまう。


「生真面目バカが…やっぱ何も解っちゃいねえよ!」

「ほう…この私と一戦交えようと…そうか、つまり英雄様を謀った悪女はお前ということか、シャハリ」

「ち、違う…!」


 それぞれ剣と弓を取り出して構える中、僕はようやく声を出した。


「違いませんぞ、英雄様。こやつは恐らく貴方様を騙そうとしているのです! 前々からけしからんとは思っていたが、いよいよ切り捨てねばならぬときが来たようだ…」


 ギルバートは僕の言葉なんて聞きもしない。

 この異世界に来てからずっとそうだ。

 『彼』は僕を『英雄』でしか見てくれていない。








 この異世界に僕を召喚したのはギルバートだった。

 魔法剣士の職である彼は僕を召喚した時には既に偉大な称号をいくつも持っていてて。

 つまり、チート級の魔法騎士だった。

 だから人並み以上でしかない僕が魔王を倒せたのは全部彼のお陰。


『流石です、英雄様』


 その言葉は単純に嬉しかったし、僕を導いてくれたことには感謝しているけれど。

 ちょっと過保護だった。


『話はつけておきました、後は秘宝を借り受けるだけですぞ、英雄様』


 いや、ちょっと異常に過保護だった。


『敵襲は一掃しておきました。後は根城に攻め入るのみです、英雄様』


 ヤバいくらいの強さだった。

 一人で千体以上いた魔族を滅ぼした姿を見た時は、流石に引いた。 

 それでも、僕を転生してくれたり支えてくれたりしている恩がある。

 だから僕は『英雄』として魔王を倒した。

 っていうか、ほぼ倒して貰った。

 だから、僕は『英雄』じゃない。なれないし、なりたくない。

 真の『英雄』は『彼』、ギルバートだけなんだから。








「僕は…『英雄』になりたくないっ。ギルバートこそ、『英雄』に相応しいから…!」

「ご謙遜を、そんなことはありません! 貴方様は真の『英雄様』なのです!」


 どんなに叫んでも、こう返してくるだけだった。

 だから僕はギルバートが『英雄』と認めてくれればくれる程、苦しくて。

 押し付けられているような気すらして。

 『英雄』から逃げたくなった。


「ヒデオ! コイツはもう何を言っても聞いちゃくれねえって…!」


 と、次の瞬間。

 シャハリは矢を放った。

 だけど、刹那の速さである矢は瞬時に剣で弾かれる。

 風妖精の加護を受けたシャハリの矢は目にも留まらぬ速さだというのに。


「仕方がありません…私の『英雄様』を思う気持ち…理解していただくまでです!」


 抜いた剣を構え直し、彼はまるで居合のポーズを取る。

 そこから放たれる一閃は遠くの魔物すら分断されたレベルだ。

 本当にやる気―――というより、その一撃に僕も巻き込むつもりだ。

 まあ、一閃放つと同時に僕だけ瞬時に救出するつもりなんだろうけれど。


「やっぱこうなったか…」


 その声は、まるでこうなることを予測していたような、諦めた声に聞こえた。


「シャハリ…」


 だけど、振り返った彼女の眼は、全く以って諦めてはいなかった。







 




 

 

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