第15話

 その日の接客が終わると、店内の清掃を行っていた。


「3番テーブルの方にはこちらを使って吹いてください。

 後椅子は一旦すべて回収しますので従業員口の近くに持ってきてくれると助かります。」


「はい、承知しました。」


 テキパキと初めて仕事を終えたばかりなのに一切の疲れを感じさせることなく後片付けを手伝ってくれる。

 器量がいいのか、よく働いてくれている。

 自分にはもったいないくらいの人だよなとは思ってる。


 まだ告白のOKは、貰えていないけれども。

 彼女も冗談で言ったのかな。

 そうするとトータル中身おじさんのメンタルはお麩のようにポロポロと崩れてしまうわ。


 仕事が一通り終わると夕食の時間になる。


 否が応でも正面を向いて話す構図が出来上がる。

 刻一刻と夕食の時間が迫る中に意を決したのか。


 私の目の前に力強い目つきで立った。


「夕食はお赤飯がいいです!」


「お米はあいにく切らしているからケーキでいいかい?」


「大きなウエディングケーキでお願いいたします。」


「畏まりました。

 ミセス・アンズ。」


 ロマンスが必要な告白は星の数ほどあれど、終始笑顔の告白は類まれない福が来るのかもしれない。

 ロマンスは愛を呼び、笑いには福が来る。

 どちらにせよ幸福が舞い降りるのはどちらになるのやら。


「綺麗だなあ。」


 夕食はもうケーキのみにするので大きなケーキを作っていると後ろからアンズさんの声がした。


「ベタだねえ。」


「ベタで良いの。

 王道に間違いはない。

 でも正解とは限らない。」


「うん、それでベタを選んだ理由は?」


「率直な気持ちを伝えるのが純粋でしょ。」


「正解!」


「やっぱ僕たち、伝えるの下手じゃん。

 単純なことを話していた方が良いよね。

 エレンツォって、生前はなんていうの?」


「そうですねえ。

 私が生前名乗っていた名前ですか。

 長い時間それを思い出すことをしてこなかったので、どれが自分の名前だったか。」


「えー、自分の名前だよ。

 僕の名前は覚えてるのに、忘れちゃうなんて。」


「いえいえ、社会人にもなると名字でしか呼ばれることが無くなります。

 特に家族からの会話を断ってしまうと忘れそうになってしまうのですよ。

 誕生日ですら年を取ったのかという程度の認識でしかありませんし。」


 社会人、特に社畜と呼ばれる人種は自分自身のことに興味が無くなり、気が付いた時には倒れているといった状況になる人も多い。

 そういう人の大半が自分の誕生日を忘れていたりする症状がみられる。

 誕生日とはあくまでも事務的な手続きを行うための指標だと、感じることによって起こるブラック現象とでも呼ぼうか。

 社畜の考えに染まって行ってしまうのだ。


「それは大変だよ。

 思い出そうよ。

 名前。」


「そういわれましてもですねえ。」


「何か、小学校の頃の思い出とかはないの?」


「小学校ですか?

 あの頃は好きな子をみんなの前でばらされて女子から可哀そうと言われたのがトラウマに成って女性恐怖症を発症したことしかありませんね。

 社会に出て行くにつれて、立ち直りはしましたけど。」


「ちゅ、中学校は?」

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