スタート前 0時間・0メートル
熱い。ここはどこだ。まぶしい。熱い。熱い液体に包まれている?
「うわ、前のやつ誰だよ。入れ替えとけよな」
声が響いてくる。体がおかしい?形が。
「こんなに溶けちまったら使い物になんねーだろ」
形が。ああ、ああ、
「どうしたマーキュリー。寝言かい」
ラドクリフの声で目を覚ました。
汗こそかいてないが昨日のあの熱波を再び浴びたような心地だ。あのまま眠っていたら身も心も恐怖で砕け散るか、あるいは溶けきっていたかもしれない。
「こんな下層までは彼らは来ないよ安心すると良い」
慰めにならいよラドクリフ。
遥か上方から音がする。仲間たちが新たに生まれたのだろう。
あれから何度か光と熱を伴って巨大な手はやってきて、都度仲間たちを拐った。
自分が生きているのは偶然弾かれて下に落ちたからだ。失っても都度新しい仲間たちが生み出されているからだ。仲間たちを生け贄に、肉の壁にして生き長らえているからだ。
「ここは本当に天国かい?ラドクリフ」
「そうだよ」
力強く言い放つ。
「情報を集めている。君のように意識が強く存在する仲間が時たま生まれてくるんだ。今はまだ何の糸口もないけれど、彼らから得た情報を利用してここを本当の天国にするんだ」
情報があったとしてどうするというのだ。あんな巨大な存在。手も足も出ないだろう。
「だからといって知恵も出さないんじゃあ未来がない。それに君はピンと来ていないだろうけど、僕たちはどうやら情報を共有する能力があるらしい。前世、という概念は君に言われるまで僕の中に存在していなかった。君が口にすることで僕の中にも前世というものの考え方が生まれた。生きていれば、僕たちの思いもよらないアイディアをもたらす仲間がきっと生まれてきてくれる」
腑に落ちた。食事を必要としない自分に内腑があるのか知らないが。きっと、元々は天国も彼の中に無い言葉だったのだろう。
誰かが決めたのだ。ここは天国だ。天国にしよう、と。だから彼は天国だと言い聞かせているのだ。その誰かが羨ましい。
「僕と約束してくれマーキュリー。たとえ何があっても最後まで生き足掻くと」
「わかった。約束するよ」
その誰かが羨ましい。彼に天国だと嘯いたそいつは、希望を抱いたままさっさと死ねたのだろう。あの光と熱に包まれて。溶けて消えて無くなって。
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