フレンズ/フレンズ

ふくだサン家

第1話 微熱

分かっている。

 ― 喧嘩しても謝れるのはその人と仲良くなりたいからだということ。別に無理に関わらなくても良いのだ。其れでも尚、謝るのはその人と関わりたい、良好な関係になりたいという自身の願望なのだ—


私はまだ謝れないでいる。

 高校三年生の2月、学校に登校するのも週に一回という頻度になる頃に私はいまだに友人と仲直りできないでいた。

「ごめんね」

 こんな簡単な言葉すらも言えない私の情けなさに心曇らせて。最初はちょっとのすれ違いだった。

君は距離が近すぎたんだ。

私が扉を開けて教室へ入ろうとすると、小柄な体躯とふわふわと癖の付いた茶髪のショートボブ( ユミ) がくるりとこっちを向いて嬉しそうに笑いながらこちらへとことこ寄ってくるのがすこし鬱陶しくて、休みたかっただけなのだと。

それが喧嘩になってしまうとは私たちには予想もできなかった。


  ― 人には言っても分からないこがある。だから態度や行動で示さなくてはいけない。それでも言わなきゃ理解されない矛盾を背負わなくてはいけない—


君は言っても流すタイプだし結構がっつく事が多い人だから距離を取るには冷たくするしかないと思った。何度も何度もそっけない反応であしらったり、無視したりした。すべては私の中にある鬱陶しいを拭い去る為に。それでも君は折れないで話しかけてくるものだから、つい強く出てしまった。

「もうほっといてよ!いま独りになりたいの」

「分かったよ… 」

 さっきまで微笑んでいた眼は呆れと少しの寂しさが混じった冷たい瞳へと変容していた。

 

 それから君は本当に近寄ってこなくなった。ひとりになったことで私の中の鬱陶しいはなくなり、余白ができるようになった。それからその余白を埋めるのはいつだってあの日私に向けられたあの瞳だった。

私は自分の感情が薄れていくのを感じた。君が私にとって鬱陶しかった理由が今になってなぜそう思ったのか、そもそも鬱陶しいと本当に感じていたことさえ忘れかけていた。ただまだ君に謝れていない事実だけが私の中で残ってしまった。

学校もあまり登校しなくなってから何もしていない時間だけが流れて余計に早く感じるようになった。


 ― 人は何時死ぬか分からない、だから一瞬の瞬きすら尊く愛おしい―


 2月の寒さは乾いた風の所為で私たちを感傷的にさせる。この時期に人肌が恋しくなる。温もりはもちろん、乾いた心を潤す目的もきっとあってのことだ。

私はマフラーに手袋といったベターな防寒具で温もりをごまかしながら学校に向かった。8階建の校舎は廊下が冷え切っていても、教室はある程度快適な温度に調節されていて席に着くなりさっさと防寒具を脱ぎロッカーにしまった。朝礼まであと10分といったところか。同級生もおおかた集まってきて休みの間何をしていたのかを話し合うグループや文庫本を読んでいる人、自動車学校の教科書を広げている人なんかがいて各々が朝礼までの時間をつぶしているようだ。ちなみに私はというとこの時間、窓側の後ろの席から教室を呆然と眺めている。いつもの癖で自然と教卓の前に視線が行ってその先に座っている席の子と目が合っては微笑まれるのが学校でのお決まりの流れだった。

「......... 」

今日は視界の先に微笑んでくれる眼も、影すらそこにいなかった。

「こんな季節だし風邪でもひいたんだよな」

特別心配になったわけでもないが、視界の先のその子の姿が無いことがどうも心に引っかかっていた。担任の黒田がやってきた時点で遅刻が確定してしまった。あるは....

「全員いるか?席に着け」

 なんだ、黒田の奴やけに落ち着きがないな。いつもだったらチャイムが鳴っても来ないくらい時間に緩い黒田が時間きっちり来て私たちの前に立って話し始めようとしている。

「朝礼をはじめる前に皆に伝えることがある。突然ではあるが先日、佐々川が亡くなったとご家族から連絡があった。」

「!?」

「俺も今までたくさんのクラスを受け持ってきたがこんな経験をするとは思ってもいなかった。正直どうすればいいのか分からない。葬儀については身内のみで執り行うそうだ....」

私は黒田の言っている言葉の意味がさっぱり分からなかった。ユミが亡くなった?特別普段と変わった様子は見られなったために突拍子もない出来事に私の頭は追いつけなくなった。

一通り朝礼が終わると教室には悲しみとも寂しさとも言えない微妙な空気が漂っていた。移動教室の去り際、黒田に呼び止められた。

「岸本、お前佐々川と仲良かったよな?本人から何か聞いていなかったか?」

「いえ、特に病気の話しとかしてなかったので… 知らなかったです」

知らなかったと言えば嘘になるのかもしれない。疎遠になる少し前、実は病院に通院していることを聞いていた。しかし詳しい話は聞かないようにしていた。むしろ別に聞くこともないと思っていたし、すぐ良くなると思っといたから、黒田からの報告が嘘のように感じてしまうのだ。

正直その日あったこと、ユミの話し以外記憶から抜け落ちているように何も覚えていない。気づいた時には橙の空の下、私の手が自宅玄関のドアノブに手をかけていた。

部屋に戻ると学校が終わったことへの安堵に便乗して言葉の重みを感じ始めた。

「ユミが死んだ。」

涙が出ることはなかった。それくらいユミの死が私にとって衝撃の強いことだった。実際家族でもない誰かが死んでもある程度達観することができると思っていたのに。

私がこんなにもユミについて思いを巡らせているのには友達だったからだけではなのだと、最後に交わした言葉でユミを傷つけてしまったことの後悔と仲直りすることがもうできないのだという現状がぶつけどころのない感情となっていた。

感情こそ表情にあまり出ない私ではあったが動揺は確かに生活に影響をきたしていた。植物が枯れていくみたいに身体から力が抜けていく無気力さは私が成すこと全て否定すると言わんばかりにやる気を奪っていた。次第に家から出ることが出来なくなってしまった私はベッドから起きてはちょっとしたらまた横になるといった同じ動作を繰り返している。

これまでだって部屋の中で過ごす時間は沢山あった。綺麗に整理された本棚には漫画やファッション雑誌なんかといった様々なジャンルが収納されているしゲームこそ遊ぶことはないがテレビだってブルーレイも見られて、十分に満たされた部屋を呈していた。環境は何一つ変わっていない。それでも私は、今この部屋に物足りなさと寂しさを感じていた。

私の高校生活は刻一刻と終わりを迎えようとしている。

意味もない時間が増えてリビングにある2人掛けのソファを贅沢にも独り占めしている私は親の居ない家とはこんなにも広くて静寂に包まれているものなのだと感じていた。誰かと遊ぶといった考えが湧くことはなかった。友人を失った現実は私の人間関係に対する考え方を捻じ曲げてしまった。

知り合い以上家族未満な関係が、簡単に近づけて離れられる距離感が酷く曖昧で薄っぺらなものなのだと思うと嫌悪感すら抱いてしまう私がいた。

「友達って大変だよな…… 曖昧なのに」

スマホの画面に向かって私は呟いていた。

 2月に入って他のみんなは思い出作りなんかしちゃっている。

『36HR で夢の国行ってきた。こんなに大人数で行ったのはじめてぇ』

『#LJK #うちら#ズッ友#いつメンで#ディズニー』

今までの傾向として誕生日に何か買ってもらっただとか、部活のネタとかくらいの正直に言ってどうでも良いことだったのに急に投稿写真の人口密度が上がった気がする。どうでも良いことには変わりはないのだが......。

群がることに何の魅力があるのだろうか今の私には到底理解できなかった。群がること、他人の存在にすがることで自分の存在意義を見出すような他力本願な姿勢に軽蔑視していた。それは友達という関係の曖昧さや軽薄さに対する嫌悪だけでなく、嫉妬する気持ちがそこに混ざっていたことを私は認められないでいた。

「本当は私だってこんな写真を彼女と撮りたかったんだろう。だから興味もないSNS なんかに手を出してさ、余計傷ついているだけじゃん。」

 写真や動画を気軽にネットに上げられる時代になって周りのみんなもやっているしからと勧められて( というかラインよりDM の方がよく見るんだとか) アプリをインストールしてみた。

 入れたのは良いのだが特に投稿することもなく、たまに誰かの投稿を見る程度の存

在に位置づいている。私には必要のないものだと頭では分かっていても行動に移すことができずに友達というおままごとをしている他人を観察することだけが日課になっていた。

写真の向こうの誰かに救って欲しくて、まだ何処かにユミが存在している気がして見つかるはずも無い写真や書き込みを当てもなく探してしまうのだった。

「いい加減、新しい友達見つけなよ」

きっと難しいことなんかじゃないんだ。

空いた席には誰かが座れば良い。座る誰かを探して連れてくることは以前だって出来ていたのだから、同じ様にまた友達を作れば。それが出来たらどれだけ気楽になれただろうか。楽観的に生きられたら私も写真の向こうに居ることが出来たように思う。

「ほんと、いい加減にしてよ」

簡単なこともできないことに、救済を願うこと自体他力本願な他人と同類だということに嫌気がさして、今日もまたベッドで横になることしかできなかった。私は自暴自棄に近い状態に陥ってしまった。

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