シモキタ タイムリープ
山猫拳
下北沢
「これは、私の知り合いのお姉さんが高校生の頃、バイトしていた時に、あった話らしいの」
向かいに座った彼女を、夕陽が照らす。彼女は美人な方の部類に、入ると思う。彼女との出会いは、SNSだ。初めは僕と同じ大学生男子だと思っていた。同じ都市伝説好きの大学生。だから、DMが来たとき、会っても良いと判断した。
大学のゼミで、民間の
アメリカの民俗学者が、都市伝説も民間説話に分類されると書いていたから、間違いではない
大学での課題のため、SNSで僕が気になっている都市伝説をいくつか上げ、体験談ある人いる? と問いかけてみた。その中でDMを返してきたのが、ハンターXというアカウントだった。彼が(いや、本当は彼女だけど)食いついたのは、下北沢タイムリープというネタだった。
下北沢では、街に
『自分も、下北で同じような現象にあった人から、話を聞いたことがある。本当だと思う』
そう返信がきた。僕は何回かのDMのやり取りや過去の投稿から、ハンターXはどうやら都内の大学生男子らしいと思った。他に有望な返事がある都市伝説もないし、同年代の都市伝説マニアだし、友達になれそうな気がした。僕は、会って直接話を聞けないかと
僕は当日指定された喫茶店に行き、先に座っているとメッセージを送った。僕の格好を聞いてきたので、黒っぽいTシャツに、グレーのパンツで、店の入り口から見て右奥に座っていると伝えた。
女だと思われると、しつこいアカ主が多いから、男のふりをして都市伝説の情報交換を楽しんでいる、ということだった。僕は良い人そうだったので、会っても良いと思ったらしい。何か知らないが、僕は彼女のテストをクリアしたらしい。ラッキーな展開にちょっと
「あ、話の前に……、録音しても良い? 嫌だったら、メモらせて。レポート作らないといけないから」
「録音……うーん、メモにしてもらっても良い? 私が女だって、変なとこでバレたりしても嫌だし……。別に信用してないわけじゃないの、けどちょっと……」
彼女はすまなそうに僕をちらりと見る。
「いや、レポートに協力してもらってるだけで十分ありがたいよ。メモる、大丈夫」
彼女はありがとうと言って、コーヒーを一口飲む。カップに付いた口紅を、親指ですっと
「じゃあ、話の続きね。お姉さんのバイト先は、下北の古着屋だったの」
普段は、7時半くらいには店を出れる。けど月に何回かは、仕入れ品の仕分け分類を閉店後にする。洋服のジャンルや、状態、流行……そのあたりをカテゴリー分けしていく。その日は、仕分けの日で、店を出た時はすでに8時半は過ぎていた。
確か季節は秋くらい、夜になると少し肌寒く感じるような時期だった。そんな季節にしては珍しく、
街灯を見ると、少し白っぽい、
もう駅についても、おかしくないくらいには、歩いていた。しかし、駅は見えてこない。駅の看板すら見えてこない。道を
今度は急に怖くなった。この道には、自分とその男二人しかいないのかもしれない。道を
ところが、扉の向こうは店ではなかった。その向こうに
オレンジの豆電球が
そんな人の隙間を恐る恐る抜けて、商店街の先に抜けようと、進んでいた。さっきから分からないことばかりで、自分は頭がどうかしてしまったのかもしれない。ただバイトが終わって家に帰りたいだけなのに、どうしてこんな、知らない場所にばかり行ってしまうのだろうか。すれ違う人の中には、片腕や片足がない人もいた。悪夢だ。こんな世界があるなんて。
泣きそうになるのを
「この米
おじさんはじっと私の目を見て聞いてきた。
「い、嫌です」
小さな声で言い返した。怖くて
「しょうがねぇな……じゃあ
おじさんはそう言って、指に力を入れて来た。痛い。
「やめて! 痛い!」
そう叫ぶとおじさんは少し力を
「米はいらないから、あげる! 私は帰りたい!」
そう叫ぶと、おじさんの横をすり抜けて、再びダッシュした。
「で、そのお姉さんは普通に電車に乗って、家に帰れたんだって」
「うーん……そのお姉さんは、それっきり? またタイムリープしたりしたの?」
話はそれなりに引き込まれたが、僕が知っている話とさほど違わない。
「その1回だけらしいよ。仕入れの分類は、その日以降店長にお願いして免除してもらったんだって」
「タイムリープだとしたら、このあたりの過去に
スマホで検索してみると、どうやらこの辺りは、戦後に
「過去に
「そういえば、海外の都市伝説にもあるんだよ。
彼女は、楽しそうに話し出す。その後、お互いの持ちネタを色々と話したりして、かなり盛り上がった。いつの間にか、9時を
「あ、あの……こんな時間までごめん。腹減ったよね?」
「うわ! こんなに時間経ってたんだ。本当、お腹減った。謝らなくていいよ! 今日は都市伝説、
彼女はにっこりと僕に笑いかける。心からこの時間を楽しんでくれていたようで、僕もつられて笑顔になる。かなりいい感じだ。
「この後、とか……どう? 良かったら、場所変えてメシとか?」
彼女は、申し訳なさそうに
「すごく行きたいんだけど……。今日は無理かも。本当にごめんね。また連絡する。たまに会って欲しいし。今度は、私を外に連れ出して?」
会って欲しいのところだけが、何度も心の中に響く。
「えっ! マジで? 僕もまた会いたいっていうか、これで終わりにしたくなかったから」
今日のところは、これでお別れだが、僕はハンターXのLINEを手に入れた。また会える権利を獲得した。
すっかりぬるくなった水を飲み干して、スマホを閉じたその時、僕は急な眠気に
「ご……め、何か、眠くて……」
急速に意識が落ちていく、何かがおかしいと思った。けれどそんな考えも全て、眠さが
ギイギイと
登録したハンターXの連絡先を探す。だが、そんなものはどこにもなかった。急いでSNSのアカウントを探す。アカウントは消されていた。一体何の目的で、僕と会ったのだろうか?金は無事だったし、スマホから僕の個人データを抜きとったとか? 大したメリットなさそうだけど。ふと、手に何かが当たった。レシートが置いてあった。そこには、コーヒー、2、@230、460円と書かれていた。
僕はそのレシートを
あの後、彼女と会った喫茶店を探したが、見つけることはできなかった。それでもたまに下北に行くと、あの喫茶店を探してしまう。僕の財布には、安すぎるコーヒーの値段が書かれた喫茶店のレシートが、まだ捨てることもできずに入っている。
シモキタ タイムリープ 山猫拳 @Yamaneco-Ken
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