第81話 切磋琢磨(アリシア視点)

◇◇◇


 全身に風圧を受けながら、あたしはゆっくりと息を吐く。


 指先から箒へと伝わる魔力に意識を集中させて、加速と減速を繰り返す。


 ……悪くない感覚だわ。


 学園から支給される箒にも当たり外れがある。


 といっても、公平不公平が起きないよう飛箒祭の参加者に支給される箒は同じ製造元が同じ素材で同じように作った量産品。見ただけで違いがわかるような欠陥品があるってわけじゃない。


 ただ、乗った時の感覚が微妙に違うってだけだ。


 その違いをどれだけの参加者が感じ取れるかわからないけど、これまで不平不満がほとんど出ていないってことは、少なくともみんながみんな感じ取れる類のものでないのは確かね。


 あたしが過敏すぎるだけって事もある。


 だけどこれが結構乗り心地を左右するから、感覚が良ければその方がいいって話。


 今回の箒は、去年より良く感じる。魔力の通りも良いし、飛行中左右に揺れづらい。加速と減速もしなやかで、操縦性も良い。


 どうやら、大当たりを引いたみたいね。


「どうですの、アリシア。箒のほうは」


 後を追っていたロザリィが隣に並ぶ。あたしは彼女に向って小さく頷いて見せた。


「ひとまず、最初の運試しはクリアしたみたい」


「わたくしには違いなんてわかりませんけれど、そんなに変わるものなんですの?」


「ただ飛箒祭で優勝するだけならどの箒でも変わらないわよ、去年までならね。でも、今年はそうも言ってられないもの。ミナリーに本気で勝つつもりなら、可能な限り良い条件でレースに挑みたいわ」


「その第一条件はクリアした、というわけですわね。……それで、アレを見た感想を聞いても?」


 そう言ってロザリィが指さすのは、夕暮れの空を切り裂くように進む一筋の閃光。


 学園の敷地のちょうど反対側くらいなのに、ここでもその膨大な魔力を感じ取れる。


「ただのバカ。あんなペース、普通ならコースの半分にも達せずに魔力を使い果たしちゃうわ」


「普通なら、ですわね。ちなみにミナリーなら?」


「あのままゴールまで一直線でしょうね」


 ちょうど、あたしが通り魔に襲われて魔力を奪われた後からかしら。あたしはミナリーの底知れない魔力を、おぼろげだけど感じられるようになっていた。


 あの事件からあたし自身の魔力量も増えた気がするし、ちょっと不思議なのよね。


 姉さまにそれとなく相談してみたけどはぐらかされちゃったし、ミナリーったらあたしに何かしたのかしら……?


 まあそれはとにかく、ミナリーの魔力量ならあのペースでも余裕でゴールしちゃうでしょう。何ならコースを3周くらいしても余裕かもしれないわ。


「想像以上ですわね……。追いつけますの?」


「追いつくだけなら何とかって感じね。ただ、さっきも言った通り追えてもコースの半分が限界だわ。それ以上は魔力切れで終わりよ。だから、ミナリーのペースをどれだけ抑えられるかが勝負の分かれ目になる」


「ミナリーのペースを抑える……?」


「策ならあるわ。……というより、あれだけミナリーが目立ってくれたんだもの。あの調子で本番まで飛んでくれたら面白いことになるわね」


「……アリシア、ちょっと悪い顔してますわよ?」


「そう? 楽しそうな顔の間違いじゃないかしら?」


 ミナリーに勝負を吹っかけてから、ちょっと頭のネジが緩んじゃったのかしら。あたしは純粋にミナリーとの勝負を楽しみたいと考えるようになっていた。


 単純な魔力比べじゃまず勝てない。魔法勝負じゃ足元にも及ばない。


 だけど、空なら。飛箒祭っていうレースの中でなら。あたしはもしかしたら、ミナリーと同じ土俵に立てるかもしれない。


「ロザリィがあたしをその気にさせたのよ。まさか今になって信じられないなんて言わないわよね?」


「信じていますわよ。これまでもこれからも、わたくしはアリシアを信じ続けますわ」


「……そう」


 ロザリィがあまりにも真剣に、あたしを見つめて言うものだからほんの少し照れくさくなっちゃった。


 熱を持った頬が風にあたって気持ちいい。あたしは小さくかぶりを振ると、話題を変えるためロザリィに問いかける。


「そういうロザリィはどうなのよ。ミナリーにリベンジしたいって思わないわけ?」


「リベンジ、ですの……? そうですわね……」


 ロザリィは箒で飛びながら考えるように視線を下へ向ける。ちょっと危なっかしいからあたしはロザリィとの距離を近づけた。


 ロザリィは入学試験でミナリーに負けている。彼女の性格から考えて、それが悔しくなかったわけがない。


「機会があれば戦ってみたいですわ。とても勝てるとは思えませんけれど、わたくしだって入学試験の頃から成長したのだということを見せつけてやりたいですわね」


「じゃあ飛箒祭がいい機会ね」


「えっ? いえ、飛箒祭はあなたとミナリーの勝負の場でしょう?」


「いやいや、ロザリィも飛箒祭にエントリーしてたじゃないの。確かにあたしとミナリーは飛箒祭で勝負するけど、参加者はあたしとミナリーだけじゃないわよ。今年は100人くらいかしら。あたしは前年度優勝者だから他の参加者からマークされるでしょうし、敵がミナリーだけだなんて初めから思っちゃいないわ」


「ではわたくしも、ミナリーと勝負していいんですの?」


「いいに決まってるでしょ。何ならあたしや姉さま、ニーナとだって勝負できるわよ。だって飛箒祭は、一番にゴールに辿り着いた魔法使いが勝者なんだから」


「そう、ですわね。わたくしも……」


 ロザリィはギュッとハンドルを握る手に力を入れる。


 あたしを心配して今回はフォローに回ろうとしていたんだろうけど、あたしはもう大丈夫。ロザリィが信じてくれるなら、あたしは飛べる。


 だから、ロザリィも自分のために飛んで欲しいって、そう思う。


「あたしたちも勝負よ、ロザリィ!」

「えぇ! 負けませんわよ、アリシアっ!」

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