第80話 それだけは変わらない

 飛箒祭へのエントリーを済ませたわたしとミナリーとニーナちゃんは、さっそく放課後、校庭に出て箒に乗ってみることにした。


「わ、わたし箒に乗るのって初めてで、き、緊張しちゃいます……っ!」


 ニーナちゃんは学園から支給された飛行用の箒を抱えるように、両手でギュッと握りしめている。


「修道院では箒に乗らなかったの?」


「は、はい。滅多に修道院の外へ出ることもなかったですし、移動は基本的に馬車の方が快適なので……」


「それは確かに」


 箒って魔力の消費が激しいし、飛行用のサドルがついてる箒なら大丈夫だけど、そうじゃない箒って乗ってると痛いんだよね。どこがとまでは言わないけど。


 わたしもミナリーも、ログハウスに腰を落ち着かせる前の旅の途中は、タオルや布を当てながら飛んでいたっけ。


 それでも長時間の飛行は大変だから、飛んだ距離よりも歩いた距離の方が長かった気がする。


「わたしもこの形の箒って初めてだよ」


 飛箒祭の参加者には公平を期すために学園から飛行用の箒が貸し出される。


 飛行用とそうじゃない箒の違いは大きく三つ。


 一つ目は乗っても痛くないようにおしりを置くサドルがついていること。


 二つ目はバランスと操縦性を向上させるためにハンドルと呼ばれる持ち手がついていること。


 三つめは飛天石という赤色の鉱石がハンドルのちょうど中間あたりに埋め込まれていること。


 飛行用の箒は飛天石が魔力を浮力と推進力に変換してくれるから、魔力消費を大幅に抑えることができる。


 その分とっても高価だけどね。


「まずはふんわり浮く練習から始めよっか」


「は、はいっ! よろしくお願いします、師匠さんっ!」


 箒初心者のニーナちゃんにはわたしがマンツーマンでレッスンをすることにした。


 箒は落下事故が一番怖い。


 ニーナちゃんほどの魔法使いなら大丈夫かもだけど、慣れない内は付きっきりの方が念のため安心かな。


「ミナリー、そっちはどう?」


 ニーナちゃんのレッスンに移る前に、わたしはミナリーの様子を確認する。


 ミナリーは箒に跨って、軽く宙に浮かび上がっていた。


「す、すごいですミナリーさんっ!」


 箒で飛んだ経験がないニーナちゃんは、浮いているミナリーを見て感激している。


 だけど、


「やっぱり大変そう?」


 わたしは難しい顔をして箒に乗っているミナリーに尋ねる。


「魔力の調節がシビアですね……。少しでも魔力を注ぎすぎてしまうと飛天石が砕け散ってしまいそうです」


「えぇっ!? この石、砕け散っちゃうんですか!?」


「うーん、普通は砕けないんだけどね……」


 学園の支給品とは言っても、その性能も品質も一級品なのは間違いない。


 でも、ミナリーほど規格外な魔力を持った子が膨大な量の魔力を流し込んでしまうと、箒も飛天石もその魔力に耐えきれなくて爆ぜてしまう。


 クロウィエルとの戦いで、わたしの杖が魔法に耐えきれなかったのと同じだ。


「じゃあミナリーさん、本気を出せないってことですか……?」


「そういうわけじゃないです。魔力を瞬間的に放出することだけが本気ではありません」


「えぇっと……?」


「えっとね、ニーナちゃん。ミナリーは一度に使える魔力量に上限はあるけど、その上限さえ越えなければずっと魔力を使い続けられるんだよ。それもミナリーにとっては本気ってことになるんじゃないかな」


「んんん……? それって、えっと、つまり魔力が枯渇する心配なく最初から最後まで全力で飛べるってことですか?」


「おそらくは。さっき飛箒祭のコースを確認しましたが、あれくらいであればよほどの大魔法を使わない限り魔力を全て使い切るということはないはずです」


「そ、それってアリシアさん勝ち目ないんじゃ……?」


 ニーナちゃんの疑問にわたしは曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。


 ミナリーの魔力は無尽蔵。


 上限はあるとはいえ、レース中は常にトップスピードで最初から最後まで飛ぶことができる。


 そのうえ魔法の腕も超一流。


 さすがわたしの弟子! ……なんてね。


「ですが、手を抜くつもりはありません。アリシアもそれを望んでいないはずです」


 ミナリーはそう言って箒によりいっそう魔力を込めると、高く浮き上がって前へと進み始める。


「師匠、このまましばらく飛んでみます」


「うん、敷地の外に出ないよう気を付けてね」


 ミナリーはこくりと頷くと、箒は凄まじいスピードで飛んで行く。


 ものの数秒で、ミナリーは小指の指先ほどの小ささになっちゃった。


「ほ、箒ってあんなに速いんですか……!?」


「さすがにちょっと飛ばしすぎかなぁ」


 いつものミナリーならもう少し魔力を抑えて飛行するはずだけど、今日はちょっと機嫌がいいのかも。


 アリシアから勝負を持ち掛けてくれたのがすごく嬉しかったんだね。


「師匠さん、本当に大丈夫でしょうか……?」


 飛び去ったミナリーの背中を見つめながら、ニーナちゃんがわたしに問いかける。


 その質問の範囲は広くて曖昧だけど、何を心配しているのかは痛いほどよくわかっった。


「もしかしたら、大丈夫じゃないかもしれないね」


「えぇっ!? と、止めなくていいんですか!?」


「うん。二人の邪魔はできないよ」


 ミナリーにはミナリーの考え方があって、アリシアにはアリシアの想いがある。


 わたしはそのどっちも尊重したいし、どっちも応援したいと思っている。


「それにね。たとえどんな結末になったとしても、わたしはミナリーの師匠で、アリシアのお姉ちゃんだもん。それだけは変わらないよ」


「師匠さん……っ。わ、わたしもっ! わたしも、二人のお友達ですっ!」


「うん。ありがと、ニーナちゃん」


 わたしはニーナちゃんの頭を優しく撫でて、茜色に染まった空を見上げる。


 頑張れ、ミナリー。

 頑張れ、アリシア。


 わたしは二人の勝負を、最後まで見届けるよ。

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