第82話 挑発
◇◇◇
あっという間に一週間が過ぎた。
わたしとミナリーは普段より少し遅めに起きて寮で朝食を済ませ、飛行用の箒を持って会場に向かう。
遠くからは花火とラッパの音が聞こえて、王都のお祭りムードが学園の中にまで漂ってきていた。
今頃、王都の通りは大勢の人と出店で埋め尽くされてるんだろうなぁ。
ミナリーやみんなを誘って遊びに行きたいけど、今日はそう言っていられない。
なんせ飛箒祭の本番の日なんだから。
「晴れてよかったね、ミナリー」
「はい。毎日師匠に祈っていた甲斐がありました」
「わたしに祈っても意味ないよ?」
ミナリーってたまに変なことするなぁ。
何はともあれ、王都上空には澄み渡るような青空が広がっている。
絶好の
お天気だけが心配だったけど、これで心置きなくミナリーとアリシアの勝負を見届けられそうだ。
「調子はどう?」
「万全です。飛行用の箒の扱いにも慣れましたし、誰にも負ける気がしません」
よほど調子がいいのか、ミナリーはいつになく自信満々だった。
ミナリーのことだから慢心はしていないと思うけど、ちょっと大丈夫かなと少しだけ心配になる。
ミナリーって誰かと競った経験がほとんどないだろうから……。
「師匠? どうかしましたか?」
「ううん、何でもないよ。頑張ろうね、ミナリー」
わたしは一抹の不安を飲み込んでミナリーに笑顔で答える。
師匠として、弟子にはたくさんの経験を積んでほしい。
だからもし、わたしが危惧するようなことが起こっても、それもミナリーの経験になってくれるはずだから。
しばらく歩いていると、道の先に箒を抱えたアリシアが立っていた。
アリシアはわたしたちの姿を見ると、こっちへゆっくり歩み寄ってくる。
「おはよう、姉さま、ミナリー」
「おはよ、アリシア」
「おはようございます。私たちを待っていたんですか?」
「ええ。飛箒祭の前に話したいことがあったのよ。時間あるかしら?」
わたしとミナリーは揃ってこくりと頷く。
アリシアと話すの、ちょっと久しぶりだなぁ。
飛箒祭に向けた練習を始めてから、アリシアとミナリーは互いに距離を置くようになった。
必然的にわたしもアリシアと接する機会が減っちゃって、こうして顔を合わせるのも3日ぶりくらいになる。
本当は今にも「寂しかったよアリシアぁっ!」って抱き着きたいけど、その衝動は必死に抑え込んだ。
今このタイミングでアリシアが会いに来てくれたのは、きっとわたしじゃなくてミナリーと話すためだと思うから。
わたしは数歩下がって、二人の会話を見守ることにした。
「こうして向き合うと思い出すわね、あんたが入学してすぐのこと」
「はい。アリシアは師匠を退学させようとしていました」
わたしとミナリーが入学してすぐの頃、アリシアはわたしの身を案じて学園から……貴族社会から遠ざけようとしてくれた。
その過程で、ミナリーとアリシアは一度模擬魔法戦という形で戦っている。
「……それに関しては悪かったわ。あんたにも変な体の張り方させちゃったし」
ミナリーはアリシアとの模擬魔法戦で、あえてアリシアの魔法を受けてアリシアを説得しようとした。
その時のことをアリシアはまだ気にしていたみたいで、ミナリーに向かって頭を下げた。
「…………」
一方、ミナリーはどこか意外そうな表情でアリシアを見つめている。
「な、なによ?」
「アリシア、人に謝れたんですか?」
「謝れるわよっ! あたしのことなんだと思ってるの!?」
怒って詰め寄るアリシアを、ミナリーは「冗談です」と軽く受け流していた。
やっぱりこの二人、もっと仲良くなれると思うんだけどなぁ。
「……とにかく! 今日はあの時の再戦よ! 下手な芝居なんてしようとしたら絶対に許さないわ!」
「その点に関しては心配要りません。今日は本気で、アリシアと戦うつもりです」
「……っ!」
気持ちが高ぶったのか、一瞬だけミナリーの膨大な魔力が溢れだした。
わたしはもう慣れっこだけど、魔法使いにとってそれは畏怖の対象でしかない。
たったそれだけのことで足が竦んで、自分との絶対的な差に狼狽えてしまう。
怯えてしまう。
そんな魔力を受けたアリシアは、微かに笑っていた。
「相変わらずとんでもない魔力ね。だけど、魔力の量だけでレースの結果は決まらないわよ?」
「どういう意味ですか」
「それをこれから教えてあげるのよ」
アリシアは腕を組んで挑戦的な視線をミナリーに投げかける。
「せっかくだから、あの時みたいに賭けをしましょうよ」
「何を賭けるんですか?」
「勝った方が負けた方に何でも言うことをきかせられる権利ってどうかしら」
「何でもですか……?」
「そう、何でもよ」
アリシアったらまたそんなこと言って……。
さすがに前みたいにわたしを退学にさせるなんてもう言い出さないと思うけど、もしアリシアが勝ったらミナリーに何を命令するつもりなんだろう……?
「……アリシアはわたしに何を命令するつもりですか」
「秘密よ。気になるの? 別にミナリーが勝てばいいだけの話だけど、もしかして負けるのが怖いのかしら」
あからさまなアリシアの挑発に、ミナリーはムッとした表情を見せる。
「そんなことないです。わかりました。それで構いません。わたしが勝つので問題ないです」
「決まりね。あんたが負けて姉さまに泣きつくのを楽しみにしているわ」
そう言ってアリシアは踵を返すと、一人で先に会場のほうへ歩いて行ってしまう。
「アリシアに上手く乗せられちゃったねぇ、ミナリー」
「……別に乗せられてないです」
うん、そういうことにしておいてあげよう。
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