第70話 みんなと一緒だから

   ◇


 王城での一件から3週間が過ぎようとしている。あれだけの騒動だったけど、王都も王立魔法学園も今じゃすっかり平穏を取り戻していた。


「ふえぇ、授業レベルが一気に跳ね上がりすぎですよぉ……っ!」


 机に噛り付いて必死に課題に取り組んでいるニーナちゃんが泣きべそをかきながら言う。わたしもミナリーもロザリィ様も、ニーナちゃん同様に放課後まで教室に残って課題に追われていた。


「まさかこの短期間で教師陣が一新されるとは思ってもみませんでしたわね……」


「おかげでレベルの高い教育を受けられるようになりました」


「あはは、その分課題の量が七倍くらいだけどね」


 多分これ、お母様の方針だろうなぁ……。


 一新された学園の教師陣のほとんどが元王国魔法師団の熟練の魔法使いや、現役の魔法使いたち。つまりお母様の関係者で構成されている。


 これまでのぬるま湯のような学園生活に慣れていた生徒たちは、唐突な学園の方針変更に戸惑い、ほとんどの生徒が四苦八苦していた。教室に残っているのはわたしたちだけだけど、きっとみんな自室に帰って課題の山と格闘しているに違いない。


 とはいえ、課題は七倍くらいになったけど元の量がそもそも少なかったから、わたしとミナリーは早々に課題を終わらせる。続いてロザリィ様も課題を終わらせて、最後にニーナちゃんも三人でフォローして何とか日暮れまでに課題を終わらせることができた。


「や、やっと終わりましたぁ~……」


 ぐでーんと机に突っ伏すニーナちゃん。


「お疲れさま、ニーナちゃん。よく頑張ったね、えらいえらい」


「えへへ……っ。ありがとうございます、師匠さんっ」


 頭を撫でてあげると、ニーナちゃんは気持ちよさそうに目を細めた。すると隣で、何やらミナリーが頬を膨らませている。


「師匠、私も頑張って課題を終わらせました」


「えっ? あ、うん。ミナリーもよく頑張ったね。えらいえらい」


「べ、別に頭を撫でてほしいとまでは言ってないです」


 なんて言いつつ満更でもなさそうに頬を緩める。


 まったくもぅ、わたしの弟子は今日も今日とて可愛いなぁ。


「…………」


 ふと、ロザリィ様が見せた憂いに沈んだ表情。もうかれこれ三週間、ロザリィ様は時々こんな顔を見せることがある。心配になって直接聞いてみたけど「なんでもありませんわ」の一点張りで、何があったのかをわたしたちに教えてくれない。


 アリシアは何か知っている様子だったけど、「放っておけばその内元気になるわよ」なんて言われちゃった。


 アリシアも授業と生徒会の仕事の両立で忙しそうだし、今月と来月には二つの大きな学園行事が控えていて、ロザリィ様と同じかそれ以上に元気がなかったりする。

何とかして二人を元気づけてあげたいんだけどなぁ……。


「あ、えーっとぉ……。な、何か甘いものでも食べに行きませんか?」


 なんて提案をしたのはニーナちゃんだった。


「甘いもの、ですか?」


「そうです! 疲れた時には甘いものを食べて元気になるのが一番です! せっかくですから、次のお休みの日に王都で色々食べて回りませんか?」


「うんっ! ナイスアイデアだよ、ニーナちゃん!」


「確かに、私も甘いものを食べたくなってきました」


 わたしもミナリーもニーナちゃんの意見には大賛成だった。最近は勉強に追われてなかなかリフレッシュも出来てなかったし、休みの日に王都でめいっぱい羽を伸ばすのも悪くないと思う。


「ロザリィ様も、一緒に行きませんか……?」


「わ、わたくしは……」


 ニーナちゃんの誘いにロザリィ様は逡巡した様子を見せる。


「きっと楽しいです」


 すかさずそう言ったのはミナリーだった。


 ミナリーも、ロザリィ様が元気ないの気にしてたもんね。


「うん、ミナリーの言う通り! みんなと一緒なら……ううん、一緒だから楽しいよ。一緒に行こう、ロザリィ様!」


「アリスさままで…………もぅ、仕方がありませんわね。ですが、わたくしがおいそれと王都へ出てしまうと騒ぎになってしまいかねませんわよ?」


「あっ! 確かにそれはちょっと大変かも……!」


 いつも近い距離で接しているからついつい感覚が麻痺しちゃいがちだけど、ロザリィ様はれっきとしたこの国のお姫様なわけで、王都に出たら大きな騒ぎになりかねない。


 通り魔事件の捜査の時は日が暮れてからで、事件のせいで人通りも少なかったから大丈夫だったけど……。さすがに王都の甘いものを食べて回るのに、夜の人通りの少ない時間帯は難しいよね……。お店も閉まっちゃうだろうし……。


「……やはり、わたくしはお留守番のほうがいいかもしれませんわね」


「いえ、その心配は不要です」


 ミナリーはそう言っておもむろに杖を取り出す。


「こういう時に使えそうな魔法を今研究中なんです。まだ師匠にも見せていない試作段階ですが、実験台になってもらえますか?」


「一国の王女を捕まえて実験台になれなんて、とんでもないことを言い出しますわね……。危険はありませんの……?」


「はい。光系統の魔法を使うので害はないはずです」


「ミナリー、それってどんな魔法なの?」


「クロウィエルの変身能力から着想を得ました。簡単に説明すると、他人から見える姿を変える魔法です」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る