第69話 届いたからこそ (アリシア視点)
◇
翌朝、あたしとロザリィは王城の地下にある牢屋へ続く階段を二人きりで降りていた。陽が昇ってすぐ、朝食にはもう少し時間がある。お姉さまとミナリーはまだ眠ってるんじゃないかしら。
「こんな朝っぱらからどうしてこんなジメジメした辛気臭い場所に行かなきゃいけないのよ……」
「あら、昨日は付き合うって言ってくれたじゃありませんの」
「それは、そうだけど……」
変な勘違いをしちゃったから断るのも何だかおかしい気がして、結局あたしはロザリィのお願いに首を縦に振っていた。
杖の先に光系統の魔法で明かりを灯して、暗い螺旋階段を下りていく。
「ドラコに会いに行くのよね?」
「ええ、そうですわ」
会ってどうするつもりよと聞きたいところだけど、やめておく。聞いたところで止める道理はないし、ロザリィだって今更会うのを辞める気なんてないだろうから。
階段を下っている内に、最下層へと辿り着いた。杖の先に灯した光魔法の明かりが、あたしたち二人の影をカビが生えたレンガの壁に映し出す。薄暗くじめっとした環境はお世辞にも快適とは言えない。
看守に扉を開けてもらい、牢獄の中へ足を踏み入れる。通路に沿って両脇に鉄格子が並ぶ光景は、見ていてあまり心地のいいものじゃないわね……。
通路を進むロザリィは、やがてとある牢屋の前で立ち止まった。鉄格子の向こうには、人影が壁にもたれかかりながら座り込んでいる。
そいつはあたしたちに気づいて顔を上げると、口角を上げて顔を歪ませた。
「くひひっ、僕を笑いに来たのかぁ?」
ドラコ・セプテンバーはあたしたちにそう問いかけながら、手足に填められた鎖をジャラジャラ鳴らして立ち上がる。
ドラコの四肢に繋がれた鎖は、たぶん彼の体から魔力を奪い続ける魔道具の一種だ。今のドラコは常に魔力切れの頭痛と吐き気に襲われながら、魔法を何一つ使うことができない状態。……嫌な奴だったけど、さすがに同情しちゃうわ。
そんなあたしの心情を察してか、ドラコは卑屈に笑いながら言う。
「笑いたければ笑えばいいさ。滑稽だろう? 王立魔法学園にも入学できず、家を追い出され、罪人になった僕の姿は! 笑えよ、ロザリィ! アリシア・オクトーバー! さあ、笑え!」
「……笑えませんわよ、今のあなたは」
ロザリィはただただ悲痛な面持ちでドラコを見つめる。
あたしも、笑えなかった。
ドラコもまた、アルバス・メイやクロウィエルに人生を狂わされた被害者だ。
王立魔法学園入学に入学できなかったのはまあ、運が悪かったとしか言えないけど……。仮にアルバス・メイやクロウィエルの暗躍がなければ、少なくともこうして、鉄格子を境にあたしたちとドラコが向かいあうことにはならなかったはず。
ロザリィはちらりとあたしに視線を向けてから、意を決した様子でドラコに語りかける。
「ドラコ・セプテンバー、あなたには十分に情状酌量の余地があるとわたくしは思っていますわ。少なくとも死刑にはならないでしょう。ここから出られるのも、そう遠い話ではないはずです」
「……何が言いたい?」
「…………それは」
ロザリィは胸の前で手を重ね、逡巡するかのような様子を見せる。けれどそれも一瞬のことで、小さく頷いてから口を開く。
「もしここから出られたら、わたくしがお母様を説得しますわ。あなたの王立魔法学園への編入を認めるようにと! ……わたくしは、ずっと後悔していました。あの時、一緒に行きましょうとあなたに手を差し伸べなかったことを。だから、今度こそ! やり直しましょう、ドラコ・セプテンバー! わたくしと共に!」
ロザリィは恐る恐る、鉄格子の向こうに居るドラコへと手を伸ばす。
本当に、バカ。
何をするためにここまで来たのかと思えば、まさかドラコに救いの手を差し伸べようとするなんて、さすがのあたしも予想すらしていなかった。
あれだけの騒動を起こした主犯の一人を庇うことは、いくらドラコが政治的に無視できないポジションに居るからって、ロザリィの立場すら危うくしかねない。そのリスクがわからないロザリィじゃないはずよ。
その上で、姉さまを散々馬鹿にしたこんなクズまで救おうとするだなんて……。
お人よし過ぎるわよ、馬鹿ロザリィ。
ドラコは目を見開いて、しばらくの間ロザリィが差し伸べた手を見つめていた。
やがて、
――パシンッと乾いた音が牢獄に響き渡る。
「帰れ。もう二度と、僕の目の前に姿を見せるな!!」
「……っ! ドラコ、わたしくしは……っ!」
「お前に憐れまれるくらいなら僕は死んだ方がマシだっ!! お前は僕のことを、僕の気持ちを何一つ理解していない! 自己満足のために僕を利用するなぁっ!!」
「……っ。ちが、わたくしは……っ」
「ああああああああああああああッッッ!!!!」
ドラコは鬼のような形相でガッと鉄格子に掴みかかる。鉄格子のすぐ近くに居たロザリィが「きゃっ」と後ろによろめいて、あたしは彼女の肩を抱えて受け止めた。
「何をしている!」
看守が騒ぎを聞きつけてこちらに向かって走ってくる。看守はそのまま鉄格子にかぶりつくドラコを蹴り飛ばし、彼は地面に倒れで酷く咳き込んだ。
「ドラコ・セプテンバー……!」
「……行くわよ、ロザリィ」
「でもっ」
「……いいから」
あたしは強引にロザリィを引っ張って地下牢獄から連れ出した。このまま留まっていても埒が明かない。どれだけ言葉を重ねても、今のドラコにロザリィの言葉は届かないだろうから。
……ううん。
届いたからこそ、かもしれないわね。
それから数日後、ドラコ・セプテンバーと共謀者一名の国外追放処分が決まった。あたしたちがその事を知った時には既に、ドラコはフィーリス王国を出た後だったらしい。
その後のドラコ・セプテンバーの消息は、誰にもわからない。
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