第68話 添い寝(アリシア視点)

   ◇


 久しぶりに入ったロザリィの部屋は、子供の頃の記憶にある彼女の部屋とほとんど変わっていなかった。必要最低限の家具や物しか置かれていない殺風景な部屋。その中央にある天蓋で覆われたベッドに、ロザリィはゴローンと寝転がっている。


 枕を抱えたあたしは、そんな彼女の隣に腰かけた。


「ねぇ、さすがにこのベッドに二人は狭すぎない?」


「そうかしら? わたくしはそう思いませんけれど……。 あ、もしかしてアリシア、太りましたわね?」


「ぶん殴ってやろうかしら」


 あたしが拳を作って見せると、ロザリィは「きゃーっ」と楽し気に悲鳴を上げながら枕を頭の上にかぶる。


 ……まったくもぅ。


「大事な話があるって言うからわざわざ来たのに、ふざけてるなら帰るわよ」


「それは駄目ですわ。王女命令ですわよ。大人しくわたくしの隣で添い寝なさい」


「……ったく。はいはい、甘えん坊なお姫様だこと。今日だけ仕方がなく付き合ってあげるわよ」


 抱えていた枕を置いて、ロザリィの横に寝転がる。母様の仕事の都合で王城に来たときは、よくロザリィと一緒にこのベッドで眠ったものだ。


 まさか、この年になってまた同じベッドで眠ることになるとは思わなかったけど。


「これで満足かしら?」


「ええ、とっても」


 なんて言いながら、ロザリィはあたしに背を向ける。あたしもロザリィに背中を向けて、お互いの背中をぴったりとくっつける。このベッドで寝るときはいつも、こうしてお互いの温もりを背中で感じあう。


「アルバス先生のこと、ショックでしたわね」


「……そうね」


 アルバス先生は姉さまの家庭教師だったけど、あたしもロザリィも姉さまにべったりだったから、一緒にアルバス先生から魔法を教えてもらったことが何度もある。


 あたしたちを孫のように可愛がってくれるおじいちゃん先生。アルバス・メイが王立魔法学園の学園長に就任するまでのあたしのイメージはそんな感じだった。


「アリシアは学園でもアルバス先生と会っていたのでしたわよね? その時に何か、違和感のようなものはありませんでしたの?」


「違和感、ねぇ……。そうは言っても、アルバス先生からあたしたちが魔法を教わっていたのなんて、もう7年以上も前の話でしょ? 8歳だか9歳だかの頃の記憶なんてほとんど残ってないし、学園では学園長と生徒会長って間柄だもの。そりゃ、他の生徒よりは接する機会も多かったけど、昔話に花を咲かせるなんて事もなかったわ」


 それに、


「入学してすぐに、言われたのよ。王立魔法学園の学園長とオクトーバー家出身の生徒が親しくするのは、学園の規律を乱す原因になりかねないって」


「それ、釘を刺されていますわよ」


「今にして思えば、そういう意味だったんでしょうね」


 言われた時はバカ真面目に納得したものだけど、よくよく考えれば変なことを言われている。


 親しくするも何も、アルバス・メイはオクトーバー家の長女の家庭教師を務めるほど、どっぷりオクトーバー派閥に浸っていた。それはセプテンバー派も知る公然の事実なわけで、今更あたしとアルバス学園長が親しくした所で何かがあるわけじゃない。


 オクトーバー家とセプテンバー家の対立を利用して、事が露見しないようにあたしを遠ざけようとしていた。そう考えるのが妥当な所かしら。


「何にせよ、あたしたちが考え込んだって仕方のないことだわ。ミナリーや姉さまのように魔人と戦えるほどの実力があるわけでもないし、ニーナみたいに傷ついた人を癒せるわけでもないんだから」


「随分と卑屈なことを言いますわね。しかもわたくしをさらっと巻き込んで」


「現実が見えているって言って欲しいわね。自分の実力は、あたしが一番よく知ってるわ。あんただって同じでしょ?」


「…………」


 ロザリィは少し考えこむように沈黙して、それからポツリと呟く。


「……だとしても、少しくらいは夢を見てみたいものですわ」


「…………っ」


 あたしは皮肉でも言ってやろうとして、声を咽喉に詰まらせる。自分が間違ったことを言ったとは思わない。だけど、ロザリィの願いを否定することもできなくて……。


 深く深く、考え込んでしまう。


 そんな折、


「――アリシア、付き合って欲しいんですの」


「…………うん。うんんっ!?」


 唐突なロザリィの告白に頭が真っ白になった。


 え、今、なんて言われた!?


 思わず振り返ると、ロザリィも振り返ってこっちを真剣な眼差しで見ていた。


「じょ、冗談よね……? いま、あたしに付き合って欲しいって」


「ええ。付き合って欲しいのですわ」


「な、ななっ、なんであたしなのよ!? あたしたち、そんな関係じゃないでしょ!?」


「……いいえ、アリシア。あなたでないとダメなんですのよ」


「そ、そんな急に言われたって!」


 だって、あたしとロザリィはただの幼馴染だ。それも王族と公爵令嬢。身分こそ近しいけれど大きな差があるし、何より女の子同士なんて、当人同士がどれだけ愛し合ってもそんなの周囲が絶対に認めない。


「アリシア。お願いしますわ」


「そ、そんなっ。急に言われたって心の準備が追い付かないわよ……っ!」


 ロザリィが嫌いかと聞かれれば、そんなわけない。むしろロザリィのことは、姉さまの次に大切で、好ましく思っている。だけどこの好感は恋愛感情のそれとはきっと違うもので。けれど、その違いをあたしはまだ知らないから……。


「わからないわよ、そんなこと急に言われても……。なんて答えたらいいのか……」


「アリシア。これはわたくしにとって、大切なことなのですわ」


「大切なこと……」


「だから付き合って欲しいんですの。明日の朝、ドラコ・セプテンバーの居る牢屋まで」


「…………………………は?」

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