第71話 ミナリー(仮) (アリシア視点)
「再来週はいよいよ
あたしの呼びかけに、生徒会室に集まった役員の面々が頷いて席を立つ。
今日の生徒会はこれでひとまず解散。あたしは壁にかかった時計を見て小さく息を吐く。姉さまたち、もう帰っちゃったかしら……。
「今年の飛箒祭、会長は出場されるんですか?」
筆記用具をカバンに片付けながら、役員の一人が訊ねてくる。
あたしは作り笑いを浮かべた。
「ええ、もちろん。前年度優勝者として今年も優勝を狙うつもりでいるわ」
本当は面倒くさいし勉強も忙しいしで出たくないけど! なんて本音は胸の内にしまっておく。
「さすがです会長!」
「会長なら連覇間違いなしですよ!」
なんて帰り際に口々におだててくれる役員たちを、あたしは愛想笑いで見送る。最後の一人が生徒会室を出て行って、ようやくあたしは椅子に深く座り込んで息を吐いた。
「飛箒祭、ねぇ……」
毎年この時期に行われる、王立魔法学園の恒例行事。飛箒祭の内容をざっくりと説明すれば、大人数で行う魔法使いのレースだ。
箒に乗ってスタート地点から一斉に飛び、一番早くゴールに辿り着いた人の勝ち。
これだけならただの箒のレース。
だから、コース全体の3分の1を超えた地点から魔法の使用が許可される。
飛び交う色とりどりの魔法が王都の空を染め上げる光景は、この時期の王都の風物詩で、それを見るためだけに王国中や他国からも観光客がやってくる。
「けど、去年ほどのモチベーションはわかないのよねぇ」
飛箒祭の優勝者は女王陛下から直々に表彰される。その栄誉は姉さまの件で傷ついていたオクトーバー家の名誉を挽回するにはピッタリで、あたしは死に物狂いで飛箒祭に挑んだ。
結果は努力の甲斐あって優勝。そこで得た知名度で王立魔法学園の生徒会長になることもできた。
だからこれ以上、飛箒祭に出ても得られるものがない。
それに今年は、
「去年とはレベルが違いすぎるわ……」
アルバス学園長の暗躍もあって、王立魔法学園の生徒のレベルは年々落ち続けていた。去年の飛箒祭であたしが優勝できたのも、これと言った有力な生徒が居なかったからだ。
だけど今年は違う。一個下の学年がとにかく強い。ミナリーと姉さま、ロザリィとニーナだって出場すれば即優勝候補に名を連ねる。彼女たちはそれくらいの実力者だ。
あたしだって負けるつもりはないけど……、ミナリーに関してはちょっと弱気にもなってしまう。あいつは母様や姉さまを圧倒した魔人クロウィエルを倒したわけだし……。
前年度優勝者の肩書は、負けを許してくれない。求められる結果は連覇だけ。2位でも3位でも評判が落ちるって、出るだけ損だわこれ。
「さっきは優勝を狙うなんて言ったけど、何かと理由つけて辞退しちゃおうかしら」
もしくはミナリーたちが出場しないように仕向けるか。
なんて考えていた矢先、生徒会室の扉がノックされた。
「アリシア、居る?」
「姉さま? ええ、どうぞ」
あたしが呼び込むと、扉が開いて姉さまが中に入って――来なかった。
「あれっ?」
入ってきたのは姉さま……じゃなくてミナリー。
でも今の声、確かに姉さまだったはず……?
「お疲れさま! ……です、アリシア」
「あ、うん。ミナリー、あんた一人?」
「うん、そうですよ。わたし一人……ですっ」
「んんん?」
なんかちょっと、違くないかしら? 気のせい? 普段のミナリーよりテンションが高いっていうか、そもそも声が姉さまに似ているような?
「アリシア、みんなが教室で待ってるよです」
「あ、うん。……待ってるよです?」
「待ってるです」
ぜんぜん言い直せてない。
どうしちゃったのかしら、ミナリー。
「あんたちょっと変よ? まさか熱でもあるんじゃないわよね?」
「ふぇっ!? ちょっ、アリシア!?」
あたしは椅子から立ってミナリーに近づいて、頭に手を添えて優しく抱き寄せる。そのままおでことおでこをくっつけてみた。
「うーん、ちょっと熱いわね。それに顔も赤いし、やっぱり熱でもあるんじゃないかしら」
「こここ、これは急にアリシアが抱き着いてくるからぁ!」
「ほら、テンションもおかしいわよ。なんだか姉さまみたいだし」
「そ、そそそんなことないよですよ!?」
「んー?」
そっと目を逸らすミナリーをあたしは間近で観察する。うーん、どこからどう見てもミナリー……よね? だけど普段より少し背が低くて、あと胸が大きくなっているような気がしなくもない。
「あんた本当にミナリー?」
「も、もちろん! ど、どこからどう見ても正真正銘のミナリー……です」
「ふぅーん。姉さまたち、教室で待ってくれてるのよね?」
「う、うん。そうですよ」
「わかったわ。荷物をまとめるからちょっと待ってて」
あたしはミナリー(仮)にそう言って、帰り支度を始める。
ぱぱっと筆記用具やノートをカバンに入れて、あたしは待ってくれていたミナリー(仮)に呼びかけた。
「それじゃ行きましょうか。呼びに来てくれてありがとう、姉さま」
「うんっ! ………………あっ」
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