第38話 ここでするんですか!?
◇◇◇
アリシアが目を覚ましたのは翌日の昼前のことだった。知らせを受けたわたしたちはアリシアが入院する病院へ駆けつけた。
病室の扉を開くと病院着姿のアリシアは既に体を起こしていて、何ならベッドから立ち上がって部屋の中でストレッチをしている。
「あら、姉さま。それにみんなも。お見舞いに来てくれたの?」
わたしたちに気づいたアリシアが振り返る。その顔色は血色もよくて健康そのものだった。昨日の、死んじゃったみたいに真っ青だったアリシアの顔が脳裏にフラッシュバックする。
ぺたんと、思わずその場に座り込んでしまったわたしは涙が溢れ出てくるのを抑えきれなかった。
「うぇぇ~んっ!」
「ちょっ、姉さま!? どうしていきなり泣き出すのよ!?」
「だっでぇ~っ、アリシア、無事でよがっだよぉ~!」
「あー、もう。他の患者さんの迷惑になっちゃうでしょ! とにかく部屋の中に入って!」
入り口で泣いていたわたしはアリシアとミナリーに抱きかかえられて、そのままベッドに座らされる。一方のアリシアは本当に元気そうで、立ったままみんなと話し始めた。
「元気そうで何よりですわ、アリシア。というより元気すぎますわよ?」
「自分でも不思議なのよね。魔力を奪われたはずなんだけど、今は体の奥底から魔力が溢れ出てくるっていうか。とにかく調子だけなら襲われる前より良いくらいなのよ」
本当にどうしてかしら? と首を捻るアリシア。わたしにはその理由に思い当たるところがあって、思わずミナリーに視線を向けてしまう。
「アリシア、体に異常はないですか?」
「異常? 特に何もないけど、もしかしてミナリー。あんたまさかあたしのこと心配してくれてたの? へぇ~、あんたにしては殊勝な心掛けね?」
「別に、そういうわけではないです。少しばかり魔力を入れすぎてしまったようなので、経過を確認しておきたかっただけです」
「魔力を入れすぎてしまったって……、そういえばお医者さんが魔力の回復を不思議がってたわね。どんな応急処置をしたのか想像もつかないとかって……。ミナリーが応急処置をしてくれたの?」
「はい。あのままではアリシアから完全に魔力が失われる可能性があったので」
……ギュッと心臓が締め付けられる。魔力が失われるということは、魔法が一切使えなくなるということだ。そうなったら魔法使いとしては生きていけない。学園での居場所は失われて、貴族としても……。
「……そう。ありがとう、ミナリー。今回ばかりは、素直に感謝するわ。あなたは命の恩人よ」
「大袈裟ですね。放っておいても死にはしませんでしたよ」
「それでも助けてくれたんでしょ? あたしのことを考えて。こういう時くらい素直になりなさいよね?」
アリシアはツンツンとミナリーの頬をつつく。ミナリーは煩わしそうにアリシアの手を払いのけた。入学式初日と比べたら、二人はとっても仲良くなった。距離が随分と縮まったように見える。
それは師匠として、お姉ちゃんとして、嬉しいことのはずなんだけど……。
どうして胸のあたりがモヤモヤして息苦しさを感じちゃうんだろう……?
「ところで、応急処置ってどうやったのよ? お医者さんも検討がつかないって言ってたし、後学のために実践してほしいんだけど」
「えっ!?」
アリシアがとんでもないことを言い出す。ニーナちゃんも「ここでするんですか!?」と口元を手で覆っていた。応急処置が、その……ちゅーだってことを知っているのは、わたしのニーナちゃんとミナリーだけだ。
「実践って、普通に嫌ですが。アリシアに出来るとも思いません」
「はぁ!? そんなのやってみなくちゃわからないでしょ。あんたに出来てあたしに出来ない道理がないわ。ほら、さっさとやってみせなさいよ」
「…………はぁ。一度だけですよ」
ミナリーは溜息を吐いて、アリシアに近づいていく。待ち受けていたアリシアだけど、その距離がどんどん縮まっていくにつれて後ずさった。
「逃げられたら出来ませんが」
「いや、ちょっと、近くないかしら……? そんなに近づく必要があるの?」
「当然です」
だって口から口へ魔力を流し込む必要があるから。そこまで詳細に説明するのが面倒くさいのか、ミナリーは何も言わずにアリシアを壁際まで追い詰める。逃げ道を失ったアリシアの顔の横にミナリーはドンっと手を置いて、ゆっくりと顔を近づけていく。
「み、ミナリー? な、何を……」
「実践しろと言ったのはアリシアですよ」
「み、ミナ――」
「すとぉおおおおおおっぷぅっっっ!!!!」
ミナリーとアリシアの唇が触れ合いそうになる寸前、わたしはミナリーを羽交い絞めにしてアリシアから引き剥がした。
「二人ともそんなことしてる場合じゃないでしょっ! それよりも魔導書! アリシアを襲った相手が魔導書を持ってたか確認しないとっ!」
「そ、そうです! それが肝心です! 師匠さんの言う通りです!」
固唾を飲んで見守っていたニーナちゃんも同意してくれた。アリシアは頬を赤く染めながら「そ、そうだったわね」と病院着の襟元を正す。ミナリーは普段と変わらない表情で「それもそうですね」と頷いていた。
ど、どこまで本気だったんだろう……?
「それで、アリシア。昨晩いったい何があったんですの?」
ロザリィ様の質問に、アリシアは気持ちを切り替えるように息を吐いてから答える。
「みんなと別れた後、あたしはこれまでの通り魔事件が発生した裏路地を中心に聞き込みをして回ってたわ。と言っても通り魔事件を受けてかほとんど人が出歩いてなかったから、たいした情報も得られなかったんだけどね。それからしばらく裏路地をうろうろしていたら同い年くらいの女の子を見かけて。声をかけようとしたら、通り魔に襲われたのよ」
「彼女が言っていましたわね。本を持った黒いローブの人に襲われたと」
「ええ、その通りよ。奴は黒いローブで顔を隠して、手には分厚い本を持っていたわ。その本が赤黒く光ったかと思うと、本から植物の蔓のようなものが飛び出してきた。とっさにあの子を庇ったんだけど、その蔓が腕に巻き付いたの。そしたら……」
「魔力を奪われたのですわね……」
アリシアは悔しそうに唇を噛みながら頷く。
「せめて顔だけでも見てやろうって思ったけど、暗いうえにローブに隠れて何も見えなかった。情けないわ……」
「そんなことないよ、アリシア。アリシアはやるべきことをちゃんとやったよ」
「そうですよ、アリシアさん! アリシアさんが助けた女の子、アリシアさんにとても感謝してました! 彼女にケガはありませんでしたし、魔力を奪われた様子もなかったです。彼女を守り切ったアリシアさんは立派です!」
「……ありがと、ニーナ。姉さまも。そう言ってくれると気が楽になるわ」
「それで、件の襲撃者が持っていた本というのはやはり魔導書でしたか?」
ミナリーの問いに、アリシアは頷く。
「まず間違いなく魔導書よ。それも、冒険者向けに売られているちゃちな魔導書なんかじゃない。やっぱり学園の書庫から魔導書は盗まれていたんだわ」
それが実際に通り魔で使用されている。それは、この一件が学園だけの問題じゃなくなったことを意味していた。
「姉さま、悪いんだけど〈転移〉であたしの部屋から便箋とペンを持ってきてくれないかしら? 母様に手紙を出すわ。近衛魔法師団に動いてもらうわよ」
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