第37話 あくまで医療行為です(ミナリー視点)

   ◇◇◇


「「――ッ!」」


 聞こえてきた悲鳴に、私と師匠は一目散に大通りへ駆け出しました。


「ミナリー!」


「こっちです」


 大通りから外れて脇道に入ります。建物が密集している王都は大きな通りから少しそれただけで細く暗い裏路地です。魔力灯の光も疎らな路地を悲鳴がした方角へ向かって走ります。


 どこですか……?


 王都の地理に明るくない私に場所の把握は困難でした。師匠もまた王都生まれではありますが、平民として生まれたわけじゃありません。裏路地の細部まで地理に詳しいというわけではないでしょう。


 裏路地は幾つもの分かれ道があるために、自分たちがどこを走っているのかも不明瞭です。このまま走っていても迷子になるだけですね……。


「師匠、掴まってください」


「うんっ!」


 私の意図を瞬時に理解して、師匠はわたしに抱き着くようにして捕まりました。


「〈転移〉」


 直後、周囲の景色が一瞬で移り変わります。眼下に広がるのは王都の街並み。わたしは風魔法で落下速度を抑えながら周囲を見渡します。


「悲鳴の場所わかる?」


「いえ……」


 大通りは明るいのですが、やはり裏路地は魔力灯がないため暗くて見えません。ただ、その暗闇の中で松明を持った一団が移動していました。


「あそこ。ロザリィとニーナです」


 わたしが指をさす先、ロザリィがニーナと数名の衛兵を連れて走っています。向こうも悲鳴が聞こえていたみたいです。


「合流しよう!」


「はい」


 再び〈転移〉を使って、私たちは裏路地に降り立ちます。


「アリスさま!」


「ミナリーさん!」


 と、ちょうど向かいの路地からロザリィとニーナが姿を現しました。合流した私たちは手短に二人に尋ねます。


「ロザリィ様、今の悲鳴は?」


「わかりませんわ!」


「ニーナ、悲鳴の場所はどこですか?」


「たぶんこっちです……!」


 ニーナの先導で悲鳴の出どころへ走ります。しばらく細い路地を進み三差路を左に曲がると、目の前に二つの人影がありました。一人は建物の外壁にもたれかかるようにぺたんと座り込み、もう一人は地面に倒れこんでいます。


 間に合いませんでしたか……。


 人影に近づくと、二人の姿が段々と露になっていきます。座り込んでいるのはどうやら私たちと同い年くらいの少女のようです。そして、倒れているのは私たちと同じ王立魔法学園の制服を着た女子生徒。


 この魔力は――


「アリシアっ!?」


 初めに気づいたのは師匠でした。脇目も振らずにアリシアへと駆け寄った師匠はぐったりとしたアリシアの体を抱きかかえます。


「しっかりして! アリシアっ!」


「ぐ……ぅっ……」


 息はあります。目立った外傷は見当たりません。


 ……けれど、酷く顔色が悪くて体内から魔力をほとんど感じられませんでした。通り魔事件の被害者と同じく、アリシアは魔力を奪われていました。


「あ、あぁ……」


 一方、座り込んでいた少女には意識があるようでした。こちらも外傷はなく、ニーナやロザリィに勝るとも劣らない魔力量を有しています。この魔力量で学園の生徒でないということはまだ15歳にはなっていないのかもしれません。


「何がありましたの!?」


 ロザリィが強い口調で少女に尋ねました。少女はビクッと肩を震わせ、恐る恐るといった様子で言葉を紡ぎます。


「わ、わたし、お父さんからお酒の買い出し、頼まれてっ。近道、しようと思ってここを通ったら、本を持った、黒いローブの人に襲われてっ! そしたら、その人が助けてくれてっ!」


「本を……?」


「魔導書ですわっ!! その下手人はどこへ行きましたの!?」


「あ、あっちです……っ!」


 弾かれたように立ち上がったロザリィは、少女の指し示した路地の奥へ向かって駆け出します。その後を衛兵たちは慌てて追いかけていきました。


「ミナリーっ! アリシアが!」


「うぅ、ぐあぁっ……」


 今にも泣きだしそうな師匠の声。アリシアは顔を歪ませて苦しそうな呻き声を上げています。肌は青白く染まり、一目で良くない状態だとわかりました。


「〈ヒール〉! 〈ヒール〉っ! そ、そんな……。ヒールが効きませんよ!?」


「怪我をしているわけじゃないです。……おそらく魔力切れですね」


「魔力切れっ!? で、でも魔力切れでこんなに苦しそうにするなんて……っ!」


「魔法の使い過ぎや〈魔力開放〉による魔力切れとは程度が違います。外部から何らかの作用で大量の魔力が一度に抜き取られたことにより、必要な魔力が不足している。言うなれば、急性魔力欠乏症を起こしているんです」


「急性魔力欠乏症……?」


「命に別状はないと思います。ただ、どんな後遺症が残るかわかりません。最悪、一生魔力が戻らない可能性も考えられます」


「そんなっ……!」


 そうなれば魔法使いとしてのアリシアの人生は滅茶苦茶になってしまいます。王立魔法学園にも居られなくなり、この国の貴族としても生きづらくなるかもしれません。


「ミナリー、どうしよう……?」


 双眸から涙を流しながら、アリシアを抱えた師匠はわたしに問いかけます。


「……ニーナ、代わってください」


 私はニーナと入れ替わりで、アリシアの傍に膝をつきました。


「応急的な対処としては、アリシアの体内に直接魔力を流し込むしかないです」


「アリシアの体内に魔力を……?」


「魔力の相性があるので上手くいくとも限りませんが……」


 だからと言って、やらない理由はありません。そして、魔力のコントロールに長けている私がこの場において一番の適任です。


 アリシアを仰向けに寝転がらせ、顎を上に向けて気道を確保。鼻をつまんで、口と口で私はアリシアに直接魔力を流し込みます。


「「ちょっ!?」」


 師匠とニーナが息を呑むのが伝わって来ましたが気にしている場合ではないです。


 魔力は人それぞれ違うものです。流し込む量を間違えれば、アリシアの魔力が回復した際に何らかの不都合が起こりかねません。アリシアの魔力回復を促し、魔力欠乏の後遺症が残らないラインを見極める必要があります。


 慎重に魔力を流し続け、おそらく数分が立ちました。ゆっくりと口を離すと、唾液が糸を引きます。何とか上手くいったようで、アリシアは安らかな寝息を立て始めました。かなり体力も落ちているでしょうから、しばらくは目を覚まさないと思います。


「これでひとまず安心です」


 私が顔を上げてそう言うと、


「「「…………っ」」」


 なぜか師匠、ニーナ、そして襲われてアリシアが守った少女までもが顔を真っ赤にして私を見つめていました。


「師匠、どうして顔を真っ赤にしているんですか?」


「な、何でもないっ! 何でもないよ!?」


 師匠がパタパタと手を振って誤魔化します。怪しいです……。


 問い詰めようとしたのですが、そのタイミングで数人の衛兵を引き連れたロザリィが戻ってきました。どうやら犯人の確保には失敗したようですね。


「逃げられてしまいましたわ……っ! アリシアの容態は!?」


「応急処置は済ませました。ですが、すぐに病院に運んだ方がいいです。犯人についても、アリシアの意識が戻ったら尋ねた方が良いですね」


「そうですわね……。お願いしますわ」


 ロザリィの指示で衛兵たちがアリシアを抱きかかえて運びます。担架などがあればいいのですが、まあ外傷があるわけでもないので問題ないでしょう。


「ところで」


 アリシアが運ばれていくのを見送ったロザリィが、振り返って尋ねます。


「アリスさまたちの顔が真っ赤なのですけれど、ミナリーあなたいったい何をしでかしましたの?」

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