第36話 親切なおじさまたち
放課後。わたしたちは夕暮れと共に学園の外へ出た。明日はお休みの日だから、外泊申請はすんなり通った。全寮制の王立魔法学園だけど、休みの日を実家で過ごす生徒も少なくないみたい。
「手分けして探すわよ。ロザリィとニーナは衛兵の詰め所で話を聞いてきて。姉さまとミナリーは大通りで聞き込み。あたしは昨晩事件があった場所の近くで聞き込みするわ」
「アリシア、一人で大丈夫?」
分担を聞いてアリシアに訊ねる。
「聞き込みなら三人ですればいいと思うけど……」
「それだと効率が悪くなっちゃうでしょ。心配しなくても、いざって時は逃げるわよ。ほら、こうしてる間にも次の被害者が出ちゃうかもしれないわ」
「う、うん」
アリシアに促されたわたしたちはそれぞれ手分けして通り魔事件に関する情報を集め始める。アリシアはちょっと心配だけど、アリシアもこの五年で見違えるほど強くなってたし大丈夫だよね……?
わたしとミナリーは西地区の大通りを歩きながら、道行く人たちを観察する。西地区は職人地区とも呼ばれていて様々な製品を作る工房やそれを販売するお店が多く立ち並んでいる。
日暮れのこの時間は仕事帰りの職人さんや店員さんが多い印象だった。酒場や飲食店を中心に人だかりができている。軒先でお酒を片手に談笑している人たちに声をかけたほうがいいのかな?
「師匠、あの人たちに話しかけてみませんか?」
そう言ってミナリーが視線を向けたのは、酒場の軒先でジョッキを傾けている二人組の中年男性だった。服装から察するに仕事帰りの職人さんで、串焼きにされたお肉を食べながら楽しそうに談笑している。
さっそく声をかけようと近づこうとするミナリーの手を掴んで止める。
「すとーっぷぅ!」
「どうしたんですか、師匠?」
「ミナリー、あの人たちになんて聞くつもりか師匠に言ってごらんなさい」
「通り魔事件について何か知りませんか、と」
「それだと怪しまれちゃうよ」
わたしたちは新聞記者でもなければ衛兵でもない。王立魔法学園の制服を着ている以上は身分も学生だから、そんな聞き方をしても取り合って貰えないか、子供がふざけて事件に首を突っ込もうとしているとしか受け取ってもらえない。
「ここは師匠に任せなさい」
わたしは自信満々に自分の胸を叩いて「げほっ」と咽てから、ミナリーが話しかけようとしていた二人に声をかけに行く。
「あの、すみません。お尋ねしたいことがあって、少しお時間いいですか?」
「んあ? どーしたんだ、ねーちゃん?」
二人組の内の一人が問い返してくれる。感触としては悪くないかな。それほど酔っている様子もなさそうだし、質問を続けても大丈夫そう。
「実は人を探してるんです。わたしと同じ髪色で、後ろを縛った女の子なんですが……」
「ねーちゃんたち、王立魔法学園の生徒さんだろ? おい、ここらで王立魔法学園の女の子って見たかよ?」
「いんや、見てねぇな」
「そうですか……。ここのところこの辺りも色々と物騒だと聞いているので、ご存じだったらと思ったんですが……」
二人組のおじさまたちは顔を見合わせて、手に持っていたジョッキをテーブルの上に置いた。
「ねーちゃん。悪いことは言わねぇから、今日は隣の友達を連れて帰りな。ねーちゃんが言ったように、ここらも最近は物騒だからよ」
「それって、新聞に出ていた通り魔ですか……?」
「ああ……。新聞は買ってねぇからわからねぇが、この間から立て続けに人が襲われてんだ。何でも魔力を吸い取る悪魔の仕業だとか何とかってもっぱらの噂だぜ。魔力が多い奴が襲われやすいってんで、俺らみたいな魔力無し以外は日が暮れるとほとんど家に引きこもってんだ」
「ねーちゃんたち王立魔法学園の生徒さんは狙われやすいかもしれねぇ。その探している嬢ちゃんのことなら俺らで衛兵に伝えておいてやるから、な?」
「……わかりました。ありがとうございます」
わたしは一礼して、ミナリーと一緒におじさまたちから距離をとった。少し行った路地に入って小さく息を吐く。優しいおじさまたちでよかったぁ。
「有益な情報を得られましたね」
「うん。通り魔は魔力が多い人を襲ってるって話だったね」
「つまりは無差別に人を襲っていない。明確な意図を感じます」
これでモンスターという可能性はかなり低くなった気がする。もちろん本能的に魔力量の多い人間を狙っているかもしれないけど、それなら被害者は一人二人じゃ済まないはず。
「私たちが街中に居ることで犯人をおびき寄せることができるかもしれません」
「そうだね。でも、危なくないかな?」
「私と師匠なら問題ないです」
当たり前のように言い切るミナリーが心強い。確かにわたしとミナリーなら並大抵の相手なら何とか出来る自信がある。……でも、相手の魔力を奪うような通り魔って並大抵の相手なのかな?
「ミナリー、いったんアリシアたちと――」
合流しようと言いかけた、その時だった。
「――きゃぁあああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!」
夜の帳が下りた王都に、甲高い悲鳴が響き渡ったのは。
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