第13話 師匠と弟子の人生相談

「あ、あのあのっ! わたしっ、ニーナ・アマルフィアっていいます! わたし、もう一度お礼が言いたくて、そのっ! お名前はなんて言うんですか!?」


「ミナリー・ポピンズです」


「み、ミナリーさん! 先ほどはありがとうございました!」


「別に気にしないでください。大したことはしていません。それよりどうしてこんな暗い所に座り込んでいたんですか?」


「えっ? あ、えーっと……。せ、精神統一を少し……」


 ニーナちゃんは黒髪の向こうで視線を逸らしながらそう言った。


 すると、その目がわたしとばっちり合う。


「あ、あの。こ、こちらの方は……?」


「私の師匠です」


「し、師匠さん……?」


「初めまして。わたしはアリス・オクトーバーだよ。よろしくね、ニーナちゃん」


「は、はいっ! よろしくお願いしますっ!」


 ニーナちゃんはわたしに向かってペコペコと何度もお辞儀をしてくれた。礼儀正しい女の子だなぁ、ちょっとかしこまり過ぎな気もするけど。


「もしかして、模擬魔法戦の準備の邪魔をしてしまいましたか?」


 ミナリーが不意にニーナちゃんへ問いかける。あ、そういえば今さっき精神統一って! もしかして模擬魔法戦に向けて神経を集中させてる所だったのかな……?


「気が付かなくてごめんね、ニーナちゃん!」


「い、いいえいいえ違うんです! そういうわけではなくって……、単にその、暗いところって落ち着くので……」


「あ、それはちょっとわかるかも」


「そうですね」


「わかってくれるんですか!?」


 わたしとミナリーが同意を示すと、ニーナちゃんの表情がパぁッと明るくなった。前髪が瞳にかかっていて俯きがちで暗い印象だったけど、顔を上げるとすっごく可愛い女の子だ。思わずもっとお話をしてみたくなっちゃう。


「隣に座ってもいい?」


「は、はい! どうぞどうぞ!」


 まるで同志を見つけたぞと言いたげにニーナちゃんはウキウキした様子でスペースを空けてくれる。


 ミナリーとわたしでニーナちゃんを囲むように腰を下ろしたものの、廊下の隅っこは木箱やら何やらが置かれていて、決して広々とはしていない。さすがに三人が並んで座るには狭かったようで、ニーナちゃんの二の腕や太ももが薄い布越しにわたしの肌と密着することになった。


 だけど、この窮屈感もなかなか悪くないんだよねぇ。


「暗くて狭いところって落ち着きますよね……」


「わかる気がするよ~」


 わたしも子供の頃、ベッドの下や机の下に入って妹と遊んでたりしたっけ。それでいっつも埃だらけになっちゃうから、お母様やメイドさんに怒られてた。


「でもみんな、わたしが暗くて狭いところに居ると明るいところに引っ張り出そうとするんです。わたしは好きでここに居るのに……」


「やっぱり邪魔しちゃった?」


「い、いえいえ! そんなことないですっ! むしろその、嬉しかったです。暗くて狭い場所の良さを理解してもらえて。えへへ」


 ニーナちゃんは照れ臭そうにはにかむと、すぐに表情を曇らせる。彼女は両膝を抱いて、こつんと額を膝にくっつけた。


「それに、その……。不安、だったんです。だから、えっと。誰かとお話もしたくって」


「不安?」


「わたし、自信がないんです……」


「自信がないってどういう意味ですか?」


「あ、えっと……。模擬魔法戦、上手くできる自信がなくて。わたし、昔からダメダメなんです。魔力測定でもミナリーさんに助けてもらえなければ失格でしたし、そんなわたしがちゃんと戦えるのかなって」


「ニーナには才能があると思います。不安になる必要なんてないです」


「うんうん、ミナリーの言う通りだよ。魔力量なんて受験生の中で一番多かったんだし!」


 ロザリィ様をも凌ぐ魔力量があれば、大抵の相手には勝てちゃうと思う。それこそ、ミナリーやロザリィ様と戦うわけじゃないんだし、そんなに不安がらないで良いと思うんだけどなぁ。


「お二人とも優しいですね……。お世辞でもそう言ってもらえると嬉しいです」


 ありゃ、素直に答えたつもりだったのにお世辞として受け取られてしまった。


「魔力水晶で自分の魔力を測った時、一回目は120しかありませんでした。それが二回目は99000なんて、きっと魔力水晶が壊れてたんです。ミナリーさんに助けてもらってこういうのはあれなんですが、きっと一回目の数値が正しかったんだと思います」


「そ、そんなことはないと思うよ……?」


「どうして、一回目の数値が正しいと思うんですか?」


「……自分でも、魔法の才能が無いってわかっているんです。わたしに使える光系統の魔法は〈ヒール〉だけ。でも、教会の皆さんはわたしなんかよりもっと凄い光魔法をたくさん使えて……」


「教会、ですか?」


「はい。えへへ、わたしこう見えて、アルミラ教のシスター見習いなんですよ?」


 アルミラ教。このアルミラ大陸のほぼ全域で信仰されている、女神アルミラを主神として信仰する宗教のことだ。このフィーリス王国の国教にも指定されているし、わたしも小さい頃に礼拝堂でお祈りを捧げたことがある。


 あれ? でも確かアルミラ教のシスターって……。


「シスター見習いでも王立魔法学園には入学するものなんですか?」

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