第12話 後悔はしていない

「師匠、何か弁明はありますか?」


「むしゃくしゃしてやりました。後悔はしてないです」


 控室から出て早々、通路でわたしを待ち構えていたミナリーに正座させられた。


「私には手加減するように言っておきながら、自分は相手に見せ場を作ることなく一瞬で勝負を終わらせるなんて。あれではあの人合格できないかもですよ?」


「だってムカついたんだもん。わたし悪くないもーん」


「子供ですか……。というか、お知り合いだったんですか?」


「うーん、まあ、色々とね」


 もう済んだことだからミナリーに喋っても大丈夫かな? ミナリーを出迎える前にドラコくんから言われたことを、ミナリーにも掻い摘んで説明する。


「なるほど、そういう事情があったんですね。わかりました、ちょっと息の根を止めてきます」


「ミナリーすとーぷっ! もう終わったことだから! ほら、ちゃんとコテンパンにやっつけたの見てたでしょ!? あれ以上やると本当に死んじゃうって!」


「ですが、師匠を馬鹿にされたのに弟子として黙っていられません」


「そう思ってくれるのは嬉しいけどね? 貴族社会も色々あるし、さすがに息の根まで止めちゃったら後々面倒なことになりかねないから、ね?」


「……わかりました」


 ミナリーは渋々といった様子で納得してくれた。ミナリーに話す前に自分で片を付けておいて正解だったよ。いやぁ、師匠想いの弟子を持てて幸せ者だなぁ。


「……ごめんなさい、師匠」


「ふぇ? どうしてミナリーが謝るの?」


「私が王立魔法学園の入学試験を受けるなんて言わなければ、師匠に嫌な思いをさせることはありませんでした」


「あー……、そう考えちゃうか。ミナリーは優しいなぁ、まったくもぅ」


 わたしは正座から立ち上がると、ミナリーをギュッと抱きしめる。ミナリーは本当に優しい子だ。優しすぎて、相手よりも自分を責めてしまう所がある。それはミナリーの長所でもあって、短所。自分を責めすぎるあまり卑屈にはなって欲しくない。


「ミナリーのせいじゃないよ。これは貴族の責務から逃げ出したわたしへの罰だから。ミナリーと一緒に王立魔法学園の入学試験を受験するって決めた日から、覚悟していた事でもあるの」


「ですが……」


「ミナリー、わたし今とっても嬉しいんだぁ。ミナリーと一緒に、諦めていた王立魔法学園の入学試験を受けることができて、とっても幸せなの。ミナリーが名前を書き足してくれたおかげだよ?」


「き、気づいてたんですか……?」


「うん。でもまさか、そのまま通されるとは思ってなかったけどね」


 ミナリーの偽造技術が相当高かったのか、それとも偽造を発見する魔道具が壊れていたのか。なんにせよ、こうしてミナリーと一緒に入学試験を受けられている今がとっても幸せだった。


「二人で一緒に合格できるといいね、ミナリー」


「師匠なら、きっと大丈夫ですよ」


「あ、自分はもう合格したつもりで居るでしょ?」


「そんなことないです」


「ホントかなぁ?」


 ミナリーはそっぽを向いてひゅる~ひゅるる~と下手くそな口笛を吹く。唇を尖らせる弟子の可愛らしい表情に、わたしは思わず吹き出してしまった。


「そうだ、ミナリー! 合格者発表までまだまだ時間があるし、ちょっと学園を抜け出して王都を散策しようよ! 師匠こう見えてシティガールだから、王都の色々な所を案内してあげられるよ?」


「それは楽しそうですね。でも、勝手に抜け出して大丈夫でしょうか?」


「試験官の先生に確認してみようよ。行こ、ミナリー!」


 そう言ってミナリーの腕を引いて歩きだした、その直後だった。


「あれ……?」


 視界の隅に何かが映って立ち止まる。


「どうしたんですか、師匠?」


 不思議そうに尋ねてくるミナリーに、わたしは通路の隅を指さした。魔力灯の光も届かない薄暗い通路の隅。資材の陰に隠れるように誰かが座り込んでいる。


「あそこに居るの、さっきの女の子じゃないかな?」


 確か名前は試験官の先生が言ってたような……。そう、ニーナ・アマルフィアちゃん。魔力測定の時に魔力水晶の欠陥で失格になりかけて、ミナリーのアドバイスで逆転合格を勝ち取った女の子だ。


「あんな所で何をしているんでしょうか?」


「話しかけてみよっか」


「そうですね」


 ミナリーと頷き合って、わたしたちは王都散策をひとまず延期にしてニーナちゃんに近づく。


「こんにちは」


「ひゃいっ!?」


 わたしが声をかけると、ニーナちゃんは素っ頓狂な声を出して飛び上がった。


「あ、その、ごめっ、ごめんなさいっ! ちょっと道に迷ってしまって入っちゃいけないところだと思わなくてすみませんすみませんっ!!」


 どうやらわたしたちを注意しに来た試験官の先生と勘違いしちゃったみたい。

「ご、ごめんね。わたしたちは注意しに来たわけじゃないよ」


「こんな所で何をしていたんですか?」


「へっ? あ、あーっ! あなたは、さっきの!」


 ミナリーを黒髪の隙間から覗く茶色の瞳が大きく見開かれる。ニーナちゃんの方もミナリーのことを覚えてくれていた。

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