第14話 闇への誘い
ミナリーの疑問はわたしも思っていたことだ。王立魔法学園の出身者でシスターになった人の話は聞いたことがない。
ニーナちゃんはミナリーの問いにゆっくりと首を横に振る。
「……ふつうは、違います。シスター見習いは修道院で神の教えと光魔法を学び、立派なシスターになった人から大陸各地の教会へ派遣されていきます。でも、光魔法を〈ヒール〉しか使えないわたしは修道院では落ちこぼれで……。そんなときに王立魔法学園の入学試験への招待状が届いたんです。本来なら通例として招待状が届いたとしても入学試験への参加は認められないのですが、修道院のシスター様たちもわたしの現状を憂いておられて、何かのきっかけになればと入学試験への参加を許可してくださったんです。でも、それなのにわたしは……」
ニーナちゃんは膝を抱えたまま俯いてしまう。わたしとミナリーは顔を見合わせた。
魔法は心のコンディションに左右されやすい。彼女の生まれ育った環境が悪かったのか、どうやらニーナちゃんは生まれ持った恵まれた魔力量を存分に発揮できていないようだ。
うーん、どうやったら元気づけられるんだろう……?
「ニーナちゃん、〈ヒール〉が使えるんだよね? 回復魔法を使えるって凄いことだと思うよ?」
回復魔法を使える人は極端に少ない。それこそアルミラ教のシスターさんくらいで、わたしもミナリーから教えて貰って使えるようになるまで随分と苦労した。
どの系統魔法とも違うから、コツを掴むのに時間がかかったんだよねぇ。
「…………あれ?」
「気づきましたか、師匠」
「あ、うん。……ニーナちゃん、もしかして〈ヒール〉を光系統の魔法だと思ってる?」
「へっ?」
わたしの疑問に、ニーナちゃんは不思議そうに首を傾げた。
「〈ヒール〉は光魔法ですよ?」
「あー……、うん。そういうことになってるよね」
……そう、ニーナちゃんの言葉も常識的には間違いじゃない。だけど、魔法の深淵を目指す上での最大の敵は、常識や凝り固まった固定観念。常識が常に正しいとは限らないんだよねぇ……。
「ニーナ、〈ヒール〉はどの系統魔法にも属さない魔法です。便宜上、神聖なる光系統魔法の一つとされていますが、実際は神聖も何もありません。魔力で体内の自然治癒力を一時的に高め、人体が元から持つ自己再生能力を飛躍的に向上させる。それが〈ヒール〉の魔法です」
「しぜんちゆ……? じこさいせーのーりょく?」
何がなんやらチンプンカンプンといった様子のニーナちゃん。わたしもミナリーからその考え方を聞いた時にはすぐに理解することが出来なかった。
「ニーナちゃん、えーっとね……。簡単に言えば、転んでケガをすると瘡蓋が出来るでしょ? それが自然に剥がれると傷が塞がってる。これって魔法を使わなくてもそうなるよね? これがミナリーの言う自然治癒力と自己再生能力で、人間が元々から持っているものなの。〈ヒール〉の魔法はそれをすごーく強化する魔法なんだって」
「簡単に言えば、〈ヒール〉は人体に作用する魔法です。光魔法と言うより、人体魔法やそのまま回復魔法とでも言うべき代物ですね」
だからわたしとミナリーの間では、〈ヒール〉を回復系統魔法という、〈火〉〈水〉〈風〉〈雷〉〈土〉の五大系統と、〈光〉〈闇〉の近代二系統から外れた全く新しい系統として認識している。
ニーナちゃんにはその、言いづらいんだけど……。
「えーっと、……つまり。わたしは〈ヒール〉以外の光魔法が使えないのではなくて……」
「何一つ光魔法が使えないことになりますね」
「おーまいがー……」
ニーナちゃんはうつろな瞳で膝を抱えたまま、後ろにころんとひっくり返ってしまった。
アルミラ教の教えの細部までは知らないけど、ニーナちゃんの話を聞く限りではシスターになるには光魔法が必須な感じだった。何一つ光魔法が使えないと知ったショックは大きいよね……。
「ですが、光魔法が全く使えないというのも妙な話です。ニーナほどの魔力量があれば全ての系統魔法が使えても不思議じゃないはずです。例えば実用性がないとか、実践的でないとか、そういった意味で使える魔法がないというならともかく、光魔法がまったく使えないという点には疑問が残ります」
「そうだね……。ロザリィ様も風魔法が大得意な反面、ほかの系統魔法が苦手だって言ってたけど、それでもまったく使えないってわけじゃなかったし……」
「ニーナ、他の系統の魔法は使えませんか?」
「五大系統魔法は試してみたことはあります。でも、光魔法と同じでどれも使うことができなくて。どーせわたしには魔法の才能なんてないんですぅー……」
ニーナちゃんはすっかりやさぐれて唇を尖らせていた。
「そういうことですか」
光魔法もダメ、五大系統の魔法もダメ。だけど、あれだけの魔力を持ちながら魔法が全く使えないなんてことは考えられない。
となれば、残る可能性は一つに絞られてしまう。
「ニーナ、闇魔法を覚える気はありませんか?」
「…………ふぇ?」
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