第4話 入学試験

 長い冬が終わろうとしている。降り積もった雪がまだ少し残る大森林を後にして、わたしとミナリーは王立魔法学園の入学試験を受けるために王都へと向かっていた。


 王都周辺には転移魔法を妨害する結界が張られていて、それを避けるためにまずは結界のギリギリ外にある町へと〈転移〉する。そこから箒に乗って1時間ほど。ようやく王都が見えてきた。


「ここが王都フィリスティアですか」


 初めて訪れる王都にミナリーが珍しく目を丸くする。それもそのはず、王都はわたしとミナリーが旅で訪れたどの街よりも栄えていて、どの街よりも人の往来が多い。


 5年ぶりだなぁ……。


 王都はわたしにとっては生まれ故郷だ。通りに並ぶ露店の数々も、通りを行きかう人波も、わたしにとっては見慣れた懐かしい風景……なのだけど。


「き、緊張するぅ~」


 今はそんな感傷に浸っている余裕すらないくらいドッキドキだった。


「師匠、緊張しすぎですよ」


「だ、だって王立魔法学園の入学試験だよ!? ミナリーは緊張してないの!?」


「はい、特には」


「さ、さすがミナリー……っ!」


 強心臓な我が弟子はいつもと変わらない澄まし顔だ。


 弟子がさして緊張していないのに、師匠がこんなに狼狽えていちゃ格好がつかない。お、落ち着けわたし……っ!


「よよよよよぅし、さ、ささ早速お、おお王立魔法学園にむむむ、向かおうか!」


「師匠落ち着いてください」


 どうしても緊張が解れないわたしの手を、ミナリーは包み込むように優しく握ってくれた。うぅぅ、緊張しぃな師匠でごめんねぇ……。


 ミナリーと手を繋ぎながら歩いている内に、少しだけ気持ちも落ち着いていく。やがて王立魔法学園が見えてきた。


 レンガ造りの大きな校舎。その荘厳な佇まいからは歴史と伝統がこれでもかと伝わってくる。遠目から見ることは幼い頃から何度もあったけど、ここまで近くに来たのは初めてだった。


 学園の外周をぐるっと囲む堀と外壁。橋を渡って外壁に近づくと、門の前で招待状の確認作業が行われていた。


「招待状をこちらで提示してください。招待状をお持ちでない方、または偽造された招待状をお持ちの方はここから先へお通しすることはできません」


「どうぞ。確認をお願いします」


 ミナリーは確認作業の列に並んで、何食わぬ顔で招待状を係の人に差し出す。


 だ、大丈夫かなぁ……。一抹の不安を感じつつ、わたしは見守ることしかできない。


「ミナリー・ポピンズ様とアリス・オクトーバー様ですね。確認致しますので今しばらくお待ちください」


 招待状を見た係の人はわたしたちの名前を確認すると、青い炎が灯った蝋燭を招待状に近づける。たぶん、偽造を見破るための魔道具だ。


「ふむ……。偽造の形跡はなし。受験者名簿にも名前がありますね。ようこそ、王立魔法学園の入学試験へ。二人そろって合格できるといいですね」


「ありがとうございます。行きましょう、師匠」


「あ、うんっ! ありがとうございますっ!」


 わたしとミナリーは係の人に揃ってお辞儀をして、王立魔法学園の敷地内に足を踏み入れた。


「意外とすんなり入れましたね……」


 ミナリーが拍子抜けした様子で呟く。わたしはその言葉の意味を薄々感じつつ、言及しないことにした。


 王立魔法学園の入学試験は午前と午後に分割されていて、午前は筆記試験、午後は実技試験が予定されている。筆記のほうは受験者の基礎的な魔法知識を問うもので、合否にはあんまり影響しないらしい。


 重要なのは午後の実技試験。極端な話だけど仮に筆記試験で0点をとっても、実技試験で圧倒的な魔法の才覚を示せば合格できると聞いたことがある。


 実際、午前の筆記試験はさして難しい内容じゃなかった。


「基礎的な魔法知識に、王国の地理やモンスターの生態。どれも師匠から習った内容ばかりでしたね」


「受験勉強が役立って何よりだよ」


 王立魔法学園への入学を夢見ていた頃のわたしは、受験対策として家庭教師の先生から筆記試験に出てきそうな内容はミッチリと教え込んで貰っていた。


 そこで得た知識があったから家出をして旅をすることが出来たし、まともな教育を受けていなかったミナリーに様々な事を教えることもできた。当時の家庭教師の先生には感謝してもしきれないなぁ。


「それにしても少し拍子抜けでした」


 午後からの実技試験の会場に向かいながら、ミナリーは少し残念そうな表情をしていた。


 まあ、ミナリーにとっては少し物足りないかもと思わなくもない。かくいうわたし自身も、筆記試験を終えた後の感想は「こんなものかなぁ?」だった。


 いくら筆記試験がさして合否に重要じゃないとはいえ、もう少し難しくしてもいいと思う。特に魔法知識を問う設問では問題文の方に首を傾げてしまう箇所もあったし。


「王立魔法学園といってもこの程度ですか」


「聞き捨てなりませんわね」


 ミナリーの言葉に反応するように、わたしたちの前に一人の女の子が立ちはだかった。


 日の光を浴びてキラキラと輝く二房に結われた金色の髪。煌びやかなドレスを可憐に着こなす少女の顔を見て、わたしは思わず「あっ……」と声を出してしまった。


「随分と調子に乗っているようですけれど、我が国が誇る王立魔法学園を甘く見てもらっては困りますわね。本番はこれから始まる実技試験。驕っていられるのも今の内……って、あら? あなたは……」


 もう最後に会ってから5年以上経っている。だからこうして再会する可能性をすっかり失念していた。ミナリーが王立魔法学園の入学試験を受ける年齢になったように、彼女もまた15歳になって王立魔法学園の入学試験を受験していてもおかしくないのに。


「もしかして、アリスさまですの……?」


「ご、ご無沙汰しております。ロザリィ王女殿下……」


 ロザリィ・マグナ・フィーリス王女殿下。この国を治めるフィーリス王家のご息女であり、わたしの幼馴染。


「ずっと、ずっと探しておりました……。お会いしたかったですわ、アリスさまっ!」


 ロザリィ様は感情を抑えきれない様子で、わたしに飛びつくように抱き着いてきた。

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