第3話 15歳の誕生日
「ミナリー、お誕生日おめでとう!」
「今日はやけに鍛錬を早めに切り上げたと思ったら、このためでしたか」
ミナリーの15歳の誕生日。魔法の探求から戻ってきたミナリーを、わたしは飾り付けられた内装と食卓に並ぶ豪勢な料理とともに出迎えた。
15歳。この国に生まれた子供にとって大きな意味を持つ歳だ。フィーリス王国では15歳から成人として扱われるから、子供から大人への節目でもある。
「えへへ。どう? ミナリー驚いた?」
「ええ、驚きました。師匠、料理できたんですね」
「そっち!? わ、わたしだって出来るよ! …………も、盛り付けくらい」
身の丈に合わない嘘はつけないから、正直に〈転移〉で近くの町へ行って出来合いのものを買ってきたと白状する。料理は一人旅をしているときに大失敗して下痢と脱水で死にかけてから、二度としないと誓ったのだ。
「高かったんじゃありませんか?」
「これくらいへーきへーき! それに、愛弟子の一生に一度の15歳の誕生日なんだから、ヘソクリ全ツッパしてでも祝わなきゃ! さ、座って座って!」
ミナリーの手を引いて食卓へ誘う。ミナリーの好きなミートパイやコーンのシチュー、ミルクたっぷりのクリームケーキ。そして初めてお酒を飲むミナリーでも飲みやすいよう蜂蜜の甘いお酒を買ってきた。
食卓に並ぶそれらを見下ろしたミナリーは、口元を綻ばせる。
「気合い入れすぎですよ。15歳になった所で今までと変わるわけじゃないんですから」
「ううん。そんなことないんだよ、ミナリー。15歳はね、やっぱり特別なの」
「特別、ですか?」
「そう、特別」
ミナリーはいまいちピンと来てない様子で首をかしげている。この様子だとやっぱり知らないのかな。
「さ、乾杯しよ。あ、後で話があるから今はジュースね。お酒は寝る前にシッポリと飲む感じで」
「よくわかりませんが、わかりました」
「15歳のお誕生日おめでとう、ミナリー。乾杯っ!」
「乾杯」
カンッと、オレンジジュースを注いだグラスが小気味よい音を立てる。わたしたちは普段と変わらない魔法や他愛のない話をしながら楽しく食事を進めた。お腹がいっぱいになった頃、わたしは棚の奥に隠していた物をミナリーに手渡す。
「じゃーん、誕生日プレゼントだよ!」
「これは……、杖ですか?」
まず初めにわたしがミナリーに渡したのは、少し前から用意していた魔法用の小さな杖。大森林の奥に自生している魔力を帯びた桜の木の枝を、わたしが削って作ったオリジナルの杖だ。
「道理で、最近指先を怪我していることが多いと思っていました」
「えへへ、不器用な師匠でごめんね? あ、市販品より不格好になっちゃったけど、性能は保証するよ! まあ、ミナリーにはあんまり意味ないかもだけど」
杖には魔力を魔法に変換する作用がある。だから普通の魔法使いは、まず杖がないと魔法を使うことができない。
でも例外的に、歴史に名を遺すような優れた魔法使いは杖がなくても魔法を使うことができる。体内で魔力を魔法に変換して、そのまま放ってしまえるのだ。
我が優秀で天才な愛弟子は、既にその域に達している。というか、出会った時から杖なしで〈転移〉を使えるレベルだった。だからミナリーは杖をそもそも持っていなくて、だから悩んだ末にプレゼントすることにした。
ミナリーのこれからを考えると、きっと必要になるはずだから。
「ありがとうございます、師匠」
「うん。……それから、これも」
わたしは少しの逡巡の後に、今朝届いた真っ黒な封書をミナリーに手渡す。
宛名はミナリー・ポピンズ。フクロウが刻まれた赤蝋のシーリングスタンプが押されていて、送り主は書かれていない。
だけど、この封書がどこから送られて来たのかをわたしは知っていた。5年前のわたしの誕生日、わたしはこの封書を日付が変わった瞬間から玄関先で待ち続けて、ついぞ日付が変わるまで来なかった。
「師匠、これは……?」
「王立魔法学園の、入学試験への招待状だよ」
フィーリス王国における、魔法分野の最高学府。大魔法王マグナ・フィーリスによって創立された王立魔法学園は、魔法分野において他国を圧倒するフィーリス王国の屋台骨を支える教育機関だ。
高い魔法の素質を持つ者の所には、フィーリス王国で15歳を迎えたその日の内に王立魔法学園からの入学試験への招待状が届く。そういう仕組みの魔法を大魔法王マグナ・フィーリス様が作ったらしい。
わたしの所にはついぞ届かなかったけど、ミナリーの所にはきっと届くと思っていた。だから王国の領内にログハウスを作って定住したのも、このためだ。
「王立魔法学園、ですか」
「うん。そこならきっと、ミナリーも今よりずっとたくさんのことを学べると思う。設備も整っているし、先生たちも優秀だし、何よりミナリーと同い年の子たちがたくさん居るから、きっと友達もいっぱいできるんじゃないかな」
ミナリーの才能を伸ばす場所として、王立魔法学園より優れたところはきっとない。森の奥でわたしと二人きりで過ごすよりもずっと魔法の探求が出来るし、何より同年代の子たちと触れ合って人間的にも成長できるはずだ。
「……師匠は、私に王立魔法学園に入学して欲しいですか?」
「そりゃもちろん! ……もちろん、して欲しいって思ってるよ」
ミナリーは真っ赤な澄んだ瞳でわたしを覗き込む。まるで心の奥底まで見透かすような視線から、わたしは思わず逃げるように視線をそらした。
……ごめんね、ミナリー。
本当はミナリーに、王立魔法学園に入学して欲しくない。王立魔法学園は全寮制で、最低でも3年間はミナリーと離れ離れになってしまう。それはすっごく寂しくて、怖い。
3年が過ぎてもミナリーが帰って来なかったらとか、わたしよりも優秀な師匠に弟子入りしちゃったらとか、嫌な妄想ばっかりしちゃう。だから本音では行かないで欲しい。
だけど、わたしはミナリーの師匠だから。師匠らしいことぜんぜん出来てないけど、せめて弟子の将来にとって最適な選択くらいはしてあげたいから。
「…………わかりました」
ミナリーは小さく息を吐いて頷いた。
「師匠がそう言うなら入学試験を受けることにします。師匠も一緒に、合格目指して頑張りましょうね」
「うん…………うん? わたしも一緒に?」
「はい。師匠の名前も書いてありますよ」
ミナリーは封書から取り出した書面をわたしに見せてくれる。そこには王立魔法学園の入学試験に参加する資格がある旨を示す文面と、その該当者の名前が記入されていた。
・ ミナリー・ポピンズ
・ アリス・オクトーバー
「うそっ!? どうしてっ!?」
「きっと、師匠の努力が認められたんです」
「で、でもっ! 15歳の時には招待状が届かなくて! 20歳になって招待状が届いたなんて話聞いたことないよ!?」
「魔法の素質で入学試験の参加資格を限定するのだとしたら、年齢制限があるのって不自然じゃないですか。きっと、これまで後天的に魔法の素質を伸ばした人が居なかっただけか、招待状が届いた事が表沙汰にならなかっただけですよ」
「じゃ、じゃあ、わたしも入学試験を受けられるの!?」
「そうなりますね」
「ミナリーと、離れ離れにならなくていいの!?」
「はい、そうなります」
「うぇ~んっ! ミナリーが居なくなると思って寂しかったよぉ~っ!」
「……師匠、やっぱり寂しいと思ってくれていたんですね」
「だっでぇ~っあだりまえだよぉ~っ」
感情が抑えきれなくなって泣きながら抱き着いたわたしの頭を、ミナリーはよしよしと撫でてくれる。
「師匠、私に言ってくれたじゃないですか。一緒に魔法の深淵を目指しましょう、って。師匠が私を弟子にしてくれたから、今の私があるんです。だから、私一人で師匠を置いてどこかに行くなんてしませんよ」
「うっぅっ、なざげないじじょうでごべんねぇ! じじょうもっじょがんびゃるからねぇ!」
「泣くか喋るかどっちかにしてください」
「うぇ~んっ!」
ひとしきり泣き続けた後、落ち着いたわたしとミナリーは蜂蜜のお酒で乾杯をした。
その後の記憶がほとんどない。
「師匠と離れたくなくて勢いで師匠の名前を付け足したけど、大丈夫かな……」
そんなミナリーの独り言を聞いた気がするけど、きっと気のせいだよね、うん!
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