第一章 わたしと弟子の王立魔法学園入学試験

第2話 師匠と弟子の日常

「……師匠、起きてください。朝ですよ」


「んぅー。あとちょっとぉ……」


「朝ごはん出来てます。とっとと起きてください」


 蜂蜜のように甘い声と共に肩を揺り動かされて、わたしは懐かしい夢から目を醒ます。ゆっくりと瞼を開くと、銀色の髪を垂れ下げた端正な顔立ちの美少女がわたしの顔を覗き込んでいた。


「おはよー、ミナリー」


「おはようございます、師匠」


 わたしは愛おしい弟子の名前を呼んでにっこりと微笑む。ミナリーは普段と変わらないクールな表情で返事をすると、わたしから布団を引っぺがした。


「寒っ!?」


 季節はもう11月。そろそろ本格的な冬の時期で、冷え込む朝は布団がなかなか手放せない。それを知っている親愛なる有能で美少女な我が弟子は、毎朝わたしから強引に布団を奪うのだ。


「うぅ~、寒いよぉ。死んじゃうよぉ」


「この程度で死にはしませんよ」


「ミナリーの人肌であっためて~」


 ベッドからのそのそ起き上がり、弟子の体に抱き着く。出会った頃は見下ろせるくらい小さかったのに、いつしか身長はほとんど同じ。というかちょっと抜かされちゃっていた。


 ぎゅっと抱き着くと、ミナリーは心底嫌そうに溜息を吐く。


「毎晩毎朝抱き着かれるこっちの身にもなってくれませんか?」


「だって寒いんだもん。それに、こうして抱き着いてるとミナリーの匂いに落ち着くしぃ~」


「きっしょ」


「シンプルな罵倒は師匠泣いちゃうよ……?」


 弟子がゴミムシを見るような目で見下ろしてきたので、大人しくミナリーから離れて顔を洗いに行く。桶にためた水でパシャパシャしながら、さっきまで見ていた夢の内容を思い出していた。


「懐かしいなぁ。もう五年かなぁ」


 スークスの神童ちゃん。ミナリーと出会ってもうそれだけの月日が経っていた。


 あの後ミナリーの家に乗り込んだわたしは、奴隷のような扱いを受けていたあの子をほとんど強引に旅へと連れ出したんだっけ。


 それから二年くらい大陸各地を巡って、今は生まれ育ったフィーリス王国の辺境にある大森林の中に、魔法でログハウスを作って落ち着いている。そんな生活も、そろそろ三年目だった。


 タオルで顔を拭いて食卓に向かうと、ミナリーが作ってくれた朝食が並んでいた。近くの町で買ったパンに、家庭菜園で育てた野菜のサラダとスープ、そして森で取れる野鳥の卵と豚のモンスターのベーコンエッグ。


 ミナリーはいつも早起きして、手の込んだ朝食を作ってくれる。


「わぁ、美味しそう! いつもありがと、ミナリー!」


「別に、これくらい大した手間じゃないですよ」


 ミナリーは澄ました顔をしながらそっぽを向いて、綺麗な銀色の髪の毛先を人差し指でくるくると弄る。それが照れ隠しの癖だってことくらい、五年も一緒に居るんだからお見通しだよ? 今日も可愛いなぁ、わたしの弟子は!


「なにニヤニヤしてるんですか。さっさと食べてください」


「うんっ! いただきます!」


 ミナリーの料理の腕は一流で、実家のシェフの料理よりずっと美味しい。優しい味付けの野菜スープはパンとの相性も抜群だし、半熟卵が好きなわたしの好みに合わせてベーコンエッグの黄身はトロトロ。焼き加減はもう完璧だった。


「料理上手な弟子を持ててわたしは幸せな師匠だよ」


「そうですか」


「そういえば今日ね、ミナリーと初めて出会った日の夢を見たんだぁ。ミナリーったらこんなに背が小さくて、目もくりっくりで可愛かったなぁ。あ、もちろん今でも可愛いけどね?」


「別にそんなフォロー求めてないです。……でも、そうですね。師匠と出会ってそろそろ5年ですか」


「うん。大きくなったねぇ、ミナリー」


「当然です。わたしももう15歳ですから」


「15歳かぁ……」


 15歳と言えば、わたしがミナリーと出会った歳だ。……そして、フィーリス王国では15歳になると――


「師匠? 急に黙り込んでどうしたんですか?」


「あ、ううんっ! 何でもないよっ! それよりこの後どうしよっか? 昨日の氷魔法の続きする?」


「そうですね……。昨日でおおよその手応えは掴んだので、今日は風魔法を合わせた応用にチャレンジしてみたいです。手伝って貰えますか?」


「もちろんっ!」


 ログハウスでの生活を始めてから、わたしたちは日夜魔法の探求に勤しんでいた。


 ミナリーの魔法の才能は本物で、一度見た魔法はすぐに覚えて使えるようになるだけじゃなく、最近は覚えた魔法を応用してオリジナル魔法の作成にも挑戦している。


 わたしはそんな彼女を手伝ったり応援したりしつつ、ミナリーに教えて貰いながら魔法の腕を磨く日々だ。最近はどっちが師匠でどっちが弟子かわからないけど、ミナリーは今も変わらず師匠と呼んでくれている。それがたまらなく嬉しいから、ミナリーを失望させないためにも魔法の鍛錬により熱が入る。


 今日も朝食を食べ終えたら魔法漬けの一日が始まって、気が付けば日が暮れていた。こんな毎日だから月日が過ぎるのを早く感じて仕方がない。


 お風呂で一日の汗を流して、ミナリーが作ってくれた手料理に舌鼓を打って、歯磨きして就寝の時間。


「おやすみ、ミナリー」


「おやすみなさい、師匠」


 同じベッドでわたしはミナリーの方を向いて、ミナリーはわたしに背を向けて壁の方を向いて眠る。だけどしばらくしたらミナリーはごそごそと寝返りを打って、わたしの胸にぎゅっと顔を埋めてくるのだ。


 そんな彼女を優しく抱きしめる。二人で旅をし始めた時から、眠るときの姿勢はだいたいこんな感じ。クールで天才で甘えん坊な愛おしい我が弟子は、今日も今日とて可愛いなぁ。

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