第35話 百代さんは只者じゃないです

 海端と校門をでると、春先ではあったのだが既に辺りは薄暗くなり始めている。

 周りに生徒の姿はあまり見られなく、これは俺にとっては好都合だった。誰かに見られようものなら、余計な勘違いされる可能性がある。

 けれどもさ、それを理由に海端との下校を断ることもないし、断りたくもなかったという本音もある訳だ。

 横を歩く海端に目を配ると彼女は整然とした表情で歩みを進めている。

 ……俺が考えているような甘い考えは毛頭にないのだろうか。少しはないのだろうか。

「うん……、寂しいな」

 思わず心の声が漏れてしまったが、その後は努めて平静を装った。

「もう遅いですからね」

 海端は、俺が発した言葉は人が少ないことを表したものと勘違いしてくれたようだ。

 とりあえず俺の気持ちを悟られないように適切な相槌を返しておこう。

「今日は良い天気ですね」


                   ※


 学校の敷地内から出るとしばらく下り坂が続く。

 元来通学路ということもあり車通りは少ない。車道側には気を付けなければならないとか、こういう場合どうすればよいのか自分の頭にある知識を活用してみるがあまり浮かばない。

 そんな見栄を張る事ばかりを考えていると坂道の終わりにある横断歩道が目の前にある。信号にはちょうど赤ランプが点灯した。

 二人で立ち止まる形になると、海端がこちらに向き直る。薄明りと信号の灯りだけだと彼女のはっきりとした表情は分からないが、何故だか楽しい雰囲気で話をしようとしていないことは分かった。

「先ほどの話ですけど……」

 話す内容について少し躊躇っているのか、彼女の中でも言葉を選んでいるようだ。

「小綬さんは百代さんとは昔からの友達なんですか?」

「うーん、いや、この学校で始めて会ったはずだけどな」

 なんで百代のことを聞くのだろうと疑問には思いつつ、もしかしてやきもちを焼いているのかと、淡い期待が少しだけ膨らんだ。

 最近あったばかりで好かれる要素は思い当たらなく——もしかして一目惚れなのかとか、自分の容姿に自信を持ってもいいかもしれないとか、自身の良い

「そうですか……」

 心の声を遮るような海端の言葉には俺の返答に対する喜びの感情は全く読み取れなかった。

「たしか、両親の都合でこの辺りに越してきたとは聞いたけどな」

 信号の方を見ながらショックを極力顔に出さないように話を続ける。

「……小綬さん」

「なんだ?」

「百代さんは只者じゃないです」

 海端から意外な言葉が発せられ面をくらう。

 彼女の表情を正面から捉えても、百代にたいする悪意は読み取れなく、むしろ単純に俺を心配している表情しか伺えない。

「……まあ、そうだろうな」

 海端の言う「普通じゃない」が、俺自身あまりにも心当たりがあったものだから、思わずそう答えた。ただ俺の反応が予想外だったのか、海端は意外そうに口を開いている。

「なんせあいつは自分があそこから来たとほざくような奴だからな」

 俺は薄暗闇の空を指さした。

 その言葉を聞いて海端は驚きで目を見開いていた。まあそうだろう。そんなことを言っているのは、今時の年齢ではなかなかお目にかかれないだろう。

 彼女は言葉に対して何か言いたそうな、横にかぶりを振り否定の言葉を上げたいような表情をしている。

 ふと前を見ると先ほどまで目の前を通過していた車が横断歩道前で止まり出し、信号機が青に変わった。

「小綬さん」

 前に足を踏み出そうとした際、声を掛けられた。

海端を見るとうつむき加減にこちらを伺っていた。

「もし私が百代さんと同じような生い立ちだと言ったらどう思いますか」

「……」

「あ……、その、忘れてください! それに私帰りはこちらなので!」

「あ、ああ、また明日な」

 海端はそそくさとお辞儀をすると、俯きながら足早に薄明りのなかを帰って行った。

 ふと足元の違和感から地面を確認すると俺たちの立っていた場所は水たまりだった。


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月日は百代の祝賀にて「中学生編」 羽織 絹 @silkmoth

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