第2話 声

 遺跡の中は薄暗かったが、所々窓のように空いた、一メートル四方ほどの空間から強い光が差し込み、内部の構造自体はなんとか確認できた。

 建造されてからは相当年月が経過しているであろうか、石材の間には苔が生い茂っていたり、隙間から蔦が上部に向けて伸びたりしている。入口正面にはさらに上部に通じていると思われる階段がある。

 階段を昇りながら、時折開けた壁窓から外を見ているとあることに気付いた。何の変哲もない青空が広がっていたが、それは普段見る空より、青さが濃く際立って見える。

 理由はすぐに分かった。

 階段を昇りきると遺跡の屋上であろう、開けた最上階に到達した。そこから眼下の景色を確認すると数キロほど離れた場所に人の姿が確認できた。このあたりに住んでいる住民だろうか——などと考えを巡らしたのは一瞬だった。

 そのさらに向こう、最初は地平線かと思ったが、あり得ないものがそこにはあった。雲だった。地平線に雲が重なっていた。もう一度遠くに目を凝らしてみると大小さまざまな形をした雲が俺と同じ高さを漂っていた。

 この状況を信じるならここはもしかして——と、幻想的想像を頭の中でしばらく膨らませていた——が、目の端に白い靄のようなものを捉えて、再度辺りを確認しようと思った際には白い霧で足元すら隠れるほどであった。

 それに何やら奇妙な浮遊感を感じる。

 数メートル先の視界も確保できず、さらり上下左右の感覚が曖昧になる。少し冷や汗をかいていることに気が付いた際、ようやく白い靄が徐々に晴れてきた。


           *


 今度は先程の幻想的に感じた風景とは正反対のものが俺の目に映っていた。

 俺はいま小高い丘のようなところに立っていた。

 夜なのだろうか、今いる場所は薄暗く、足元が何とか見える程度だった。ただ今いる丘のふもと、そこにはきらびやかなネオンのような光が雑多に輝いている。

海外ドラマにある中規模な街のように見える。とりあえずそこまで足を運ぼうと思う。このまま暗所にとどまる程の度胸はない。

 麓までは数キロ程距離があると思ったが、足を運ばせて気付いたのは、一歩一歩踏み出す足取りが非常に軽く感じる。小走りに走っているつもりなのだが全力疾走するようにぐんぐん前へと進んでいく。

 あっという間に丘の麓まで到着すると、目の前にはネオンの光を掲げた建造物が所狭く並び立っていた。暗闇に映えるネオンの光をより強く感じて目がチカチカする。目をそらすと建物の入り口近くに掲げられた看板が目に入った。

 近寄って看板を眺めてみると……まあ、予想通り書かれた文字を読むことはできなかった。それに、そこに書かれた文字には見覚えがなく、単に俺の知識不足とも思った。日本語のひらがなを崩したような文字にしか見えなかったが——どこかで見た覚えがあるような気もした。

 周りを見渡し、すれ違う人にここはどこか尋ねようと思った。けれど誰に声を掛けても俺に全く気付かないように通り過ぎてしまう。

 途方に暮れるなか何気なく俺の足から延びる影をみると、もう一つ誰かの影が重なっていた。

「ねえ、あなた」

 すぐ真後ろから声を掛けられた。若い女性——というか同い年程の幼い印象を受ける。見ず知らずの地で心細く感じていた為、その声は一筋の光明だった。俺はよろこび勇んで声の主に振り返った——。

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