第33話 ヴァント
本館10階。最上階へと繋がる階段のある通路。その手前の広間に佇む悪魔がいた。そしてそこに辿り着いたのはフィアとティアの2人。ドロシーは運動場にいる生徒たちを守らせるために置いてきた。
「ん、2人だけ。あのガキがいないってことは兵士に足止めでもくらってんのか。ま、楽で良いが、念のため見に行くかぁ」
「途中で教師たちが倒れてたけど、あれをやったのはあなた?」
「教師〜? 俺じゃないなぁ」
「は? なら誰がやるんだよ」
「殺されてないなら弟子だろうなぁ。そういやいないな、あいつ。……あー、下に行ったのか。流石、有能。で? お前たちは何?」
前回はまるで遊びに来ているような態度というのが2人からから見た悪魔の印象だったが、今回は全く違うものに見えていた。本気……まるでこの時のためにこれまで生きていたとでもいうような目をしている。
「お前を殺しに来たんだよ」
「殺しに来た。殺しに来ただぁ? ハハハ! ……笑わせるな」
3枚の翼が広げられた。
「半端者仲間だ。ちょうどいい。教えてやるよ、悪魔って奴を」
「別に教えてもらわなくていい。私たちは悪魔じゃないから」
二対一。人数的には不利。しかし、悪魔には余裕がある。ティアたちもそれを感じ取っていた。とはいえやることは変わらない。シンがいなくとも執行者だ。役目を果たす。
「ああ、だからとっとと殺されろ」
******
「ほれ、ほれ、ほれー」
1、2、3。立て続けに繰り出される斬撃。声はふざけているが剣筋には殺意しかない。少しでもタイミングを間違えれば首が飛ぶ。
「ビクターさん。やるならしっかりと。一応ヴァントの一員なんですから」
「一応って、ボク序列4位なんだけど……」
「4位の任務態度ではないです」
「厳しい、な!」
刃が目前を通過した。
ダメだ。躱すことしかできない。かといって下手に距離を詰めたくもない。あの剣型の神器、能力はわからないけれど掠るのすら危険な気がする。
「やるぅ。やっぱり強いなぁ。しかも慣れてる」
「そうでもない」
「謙遜しないでよ」
困ったな。今は亜空間が開けないせいで武器を取り出せない。
「次、行くよ」
流体のような滑らかな動きで近づいてきたビクターは次々と斬りつけてくる。
「ぐぇ……!」
隙を見つけて蹴り飛ばした。
戦い方は決めた。仕切り直す。
ひたすら消耗していくし、実践で使ったことはない戦法だけど仕方ない。
「お、やっとやる気になってくれた」
魔力を最大限循環させ、さらに体にも纏う。
準備は完了した。
地面を蹴るのと同時に、魔力弾を6つ放つ。これは剣で容易く弾かれたが別に良い。ただの起点だ。即座に懐に入り、拳を2発と蹴りを1発くらわせた。
「ははっ! なんだこれ、変な感、じっ……!?」
俺と接触した瞬間にビクターの体に魔力が流れる。エイデンのような効果はないが、俺の魔力も特殊ではある。思ったように魔力循環ができないはずだ。おかげで殴りやすい。
「速いなぁ。しかも痛い」
「まだ」
まだ足りない。もっと追い詰めないと。
「──私も参加します」
追撃をしようとしたところに赤銅色の鎧が割り込んできた。構わず魔力を込めて殴ったが、びくともしない。
「効きませんよ」
声は赤銅色の籠手の女性のもの。しかし、異様な雰囲気のフルプレートアーマーを纏っている。あの状態から着替えたには早すぎるな。女性の方の神器の力の一つと見て間違いないなさそうだ。
それにしても硬い。魔力も体に伝わってなさそうだ。距離を取らないとまずい。
「ちょっとマフィちゃん。せっかく一対一でやってたのに」
「時間をかけすぎです。ヴァント、それも私よりも上の第4位ならもっとスマートに任務を遂行してください」
「うーん。でもこの子最近僕しか食べてないからやる気出してくんないんだよねぇ。あ、そうだ。いいこと思いついた。おーい誰か1人こっち来てー」
20人のうちの1人がすぐに駆けつけた。それからすぐにビクターはその騎士の腹部を剣で突き刺した。その行動にはなんの躊躇いもなく、まるで息を吸うような自然さだった。
「あ、が、あぁぁ……っ!」
「ははは。いいねいいね。なかなか美味しいみたいだよ」
騎士の上げる苦痛の声はどんどん小さくなっていき、やがて何も言わなくなった。速度からして出血死というわけではなさそうだ。神器の能力だろう。
「ちょっと、当然のように部下を殺さないでください」
マフィと呼ばれていたおそらくヴァントの1人であろう女性が、ビクターの行動に対して苦言を呈したが、したのはそれだけ。騎士たちも怯えているような様子はない。ビクターが部下を刺し殺したことに対してなんのリアクションもない。異様な光景だ。
「ごめんごめん。でもこれで起きてくれた。僕だけで十分だよ」
「本当ですか?」
「もちろん」
「ではお任せします」
マフィが下がってビクターが前に出た。結局一対一だ。こっちとしてはこの方が楽でいいが、嫌な予感がする。
「──吐き出せ、『ラディクス』」
どう見ても間合いじゃない離れた場所で、ビクターは剣を振るった。無意味にそんなことをするわけがない。
纏っていた魔力を全て変換して分厚い魔力壁を正面に張った。これで大抵の──
「が、はっ……!?」
気づけば壁に叩きつけられていた。
「ありゃ、斬れなかった。鋭さが足りなかったかな。でも人1人分の栄養は補給したんだ。まだまだやれるよ〜」
「く……」
斬撃が飛んできた? それが能力? いや、本質は多分そこじゃない。ビクターは今栄養を補給と言った。さっきの騎士が殺されたところを見る限りでは何かを吸収するような能力もありそうだ。
近寄れば吸収され、離れればよくわからない強力な遠距離攻撃が飛んでくる。防御できなかったことを考えると近接に持ち込んだ方がいいし、そもそも大した遠距離攻撃がないので俺は近づくしかない。
「何考えてるの?」
「っ……?!」
声の直後、視界が黒に埋め尽くされた。そらから顔に衝撃と痛み、わずかに遅れて背中にも衝撃と痛みが走った。視界が元に戻ってようやく状態を理解する。俺はビクターに殴られて、壁を突き抜けていた。
「速い……」
目で追えなかった。さっきの速さとは全くの別物だ。
「生きてる〜? お、生きてる生きてる」
俺が通ってきた穴からビクターの姿がゆっくりと現れた。
「能力が何かって考えてる? 僕とシンの仲だし、知ったところで意味ないから教えてあげるよ。神器ラディクスの能力は吸収、放出、循環。触れたものから生命エネルギーを吸収し、それを放つかあるいは持ち主の体に循環させることができる。魔力みたいにね。循環に関しては魔力循環に上乗せしたらすごいことになる。見えなかったでしょ」
なるほど。今言ったのが能力の全てなのかは定かではないけれど、全てだとしても確かに知ったところで意味がない。
「僕は負けないよ。強者であり勝者だから」
「……でも、勝たないと……いけないから」
「ふふっ、ふははは! いいねぇ。いいよ。君は強いから喰べたら僕はさらにさらに強くなれそうだ!」
これが神器、これが神器使いか。力の差を感じる。正直勝てる気がしない。
そう思いつつ、俺は立ち上がって体に魔力を循環させる。逃げられなさそうだからやる。それ以外の選択肢がない。
「──なんだ、苦戦してんじゃねぇか。いい気味だな、おい。先輩に生意気言ってるからそうなんだよ」
背後から知ってる男の声がした。
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