第32話 最強の魔術師

 「話の途中だったない。すまない」

 「いや、いいよ。話したかった」


 思考を切り替える。向こうは俺の指示がなくても動いてくれる。俺は俺で今やれることをやるしかない。


 「そうか。ならいい。少しだけ時間を取ることにしたんだ。黒い異形について話そう」

 「いいの?」

 「そもそも試合ができなかったのではあまりにも理不尽だからな。ただしワタシの話の中にオマエが理解できない単語とかがあっても、それをいちいち解説するつもりはない。いいな?」


 黙って頷くとフォルトゥナは話し始めた。


 「まずは最初から話すか。奴が初めて現れたのは100年ほど前、第二次天魔大戦が終結した後だ。なんの前触れもなく地下から這い出てきた。十中八九あの異形はこの世界が、その意志で、生み出したものだ。吐き出したの方が正確か。要するにアイツはゴミだよ。排泄物のようなものだ」


 あまりピンとくる説明ではなかった。具体的な正体については口にしていない。


 「なんで人を襲うの?」

 「それはそういうものだからだ。何番目なのかまでは知らないし興味もないが、あの異形を構成する核にはまず間違いなくそういう要素が含まれている」


 これについては全くわからない。多分俺の知らない概念の話だ。


 「俺だけ襲われなかった理由はわかる?」

 「ワタシは別に内側まで詳しく覗けるわけではないからわからない。しかし、他の者たちが襲われて、オマエだけが襲われなかったのなら、オマエは襲う必要がない相手だったのだろうな」


 襲う必要がない、か。


 「あの異形についてはこんなところだ。ワタシはアイツにあまり興味がない。ただのイレギュラーだからな。だからくれてやる答えはない。オマエに答えを与えるのは他の奴の役目だ」

 「誰が?」

 「知らん。それは自分で探せ」


 面倒で投げただけだろうか。でも超越者だ。ちゃんと先が見えている可能性もある。


 「さて、ここから今の状況について話そう。聞きたいことは?」


 切り替えが早い。でも執行者という立場から考えると重要なのはあの悪魔についてだ。こっちも切り替えよう。


 「あの悪魔、セミスはフォルトゥナが連れてきたって聞いたけど」

 「あの子から聞いたか。そうだな。ワタシは嘘をついていた。アイツについてはよく知っている。連れてきたのは確かにワタシだ」

 「どうして?」

 「ただの成り行きだ。今にも死にそうだったから拾っただけで深い理由は特にない」


 ちょっと気になる話ではあるけど、話を進める。あの悪魔が何をしようとしているのかを聞かなければならない。


 「セミスは何をしようとしてるの?」

 「勘違いしているな。アイツは何もしようしてない」

 「……? じゃあさっきの何?」

 「時間稼ぎをしようとしているだけだ。ワタシの魔法が起動し終わるまでのな」


 確かに勘違いしていた。そもそもセミスは駒の方なのか。ミハイルの評価から選択肢として考えないようにしていたが、思い返せばセミス以外の力が働いていたと思われる場面は多々ある。断罪の一撃は転移してくらっていなかったんだろう。追尾がその後なかったのは、俺が感知できなくなっていたからだ。


 「どんな魔法?」


 魔法は簡単に言ってしまえば魔術の上位互換。今じゃ使える者がフォルトゥナしかいないとされる失われた力だ。


 「世界に穴を空ける魔法だ」

 「どうして穴を空けるの?」

 「終着点に接続するためだ」

 「接続して、どうするの?」

 「……ウォレスを蘇らせる」


 死者の蘇生。禁忌だ。


 「止めるか?」

 「立場的に見逃すわけにはいかない。それに、止めた方が多分ミハイルが喜ぶ」

 「ふっ、確かにな。だがもう止まれない。この時のために何十年も準備してきた。例えオマエがミハイルの義子であろうとも、邪魔は許さん。世界にはアイツが必要だ」

 「どうして?」

 「アイツが英雄だから、だな」


 パチンと指が鳴った。それが聞こえたと同時に、俺の膝は地面についていた。


 「っ……?!」


 重い。まるで上から押さえつけられているみたいで立ち上がれない。


 「魔法、か……」


 詠唱をしていなければ、魔法陣の展開もなかった。しかし魔力の動きは感知できていたが、どちらもないままあんな一瞬で発動する魔術を俺は知らない。


 「違う。魔術だ。詠唱型のな」

 「え……」


 その言葉を聞いて耳を疑った。ありえない。省略以前にそもそも詠唱がなかった。


 「魔術というのはつまるところ『伝える』という行為だ。文字を用いて文として伝えるのが魔法陣型の魔術、声を用いて言葉として伝えるのが詠唱型。そして詠唱型をさらに突き詰めると音になる。こんな感じにな」


 またパチンと指が鳴る。


 「なっ……!」


 俺を押さえつける力が増した。まさかあの指の音だけで詠唱型を成立させてるのか? 詠唱の文を変換するという技術は確かにある。現に俺も魔術名だけに変換して魔術を発動しているが、音への変換なんて聞いたことがない。そもそも無理だ。ありえない。


 「最終的には伝わるのならなんだっていい。目線でもな」

 「ぐ、ぁ……っ!」


 壁に叩きつけられた。今度は音すら発していないというのに。


 「これが魔術。わかってみればあまりにも簡単で大したことのない技術だ。ワタシからすれば剣術の方が奥深い」


 魔法陣を相殺できるから少しぐらいなら戦えると思っていた。でも違う。違った。思い違いだった。次元が違う。戦いにすらなっていない。全く相手にならない。


 「まあそんな雑談はさておき、諦めろ。邪魔をしなければ傷つけない」

 「いや、だ……」


 押さえつけてくる力に争いながらなんとか声を出す。これ以上強くなったら内臓が潰れるかもしれない。なんとか脱出しないと。


 「ふっ、正直だな。嘘でも諦めたと言えばいいものを。良い心を持ってる。オマエもいい子だ。あの子を任せても問題なさそうでよかった」

 「…………」


 なんだ。変だ。殺意を感じないどころか、まるでこれから──


 「──できればあの子のことをよろしく頼む」


 3度目の指を鳴らした音が聞こえた瞬間、景色が再び変わった。


 「ここは、1階の広間か」


 広間は1階と5階と10階にある。ここは1階だ。転移させられたらしい。目の前にある大きな螺旋階段を登っていけばフォルトゥナのところに戻ることができる。

 しかし先に確認しなければいけないことがある。ティアたちだ。上に行ったのだろうか。感知をして……なんだこの数。


 「よっ! シン!」


 気さくに名前を呼ばれた。ビクターだ。

 さらにビクターの後ろには右手に神器らしき赤銅色の籠手をつけた女性と黒い鎧に身を包んだ20人の騎士がいる。穏やかな感じではない。


 「どうしたのこんなところで」


 歩いて近づいてくる。


 「別に」


 敵意や悪意、殺意は感じない。これまでのような優しい笑みを浮かべたままだ。


 「んー? 冷たいな。何かあった?」


 けれど警鐘が鳴っている。この男は、危険だ。


 「話聞かせてよ」


 いつの間にか抜かれていた剣は俺めがけて振るわれていた。寸前で躱して距離を取る。

 今のは危なかった。判断が遅れていたら首が飛んでいた。


 「流石。やっぱり只者じゃない」

 「どういうつもり?」


 元から信じてなんていなかったが、思っていた以上にこの男は不気味だ。


 「どうもこうもないよ。叡智の超越者と取引してね。ちょっと今回の大魔法を手伝うことになったんだ。邪魔は入らないようにして欲しいって話だから悪いけどここで死んで」


 転移させられてすぐだというのに今度は帝国の騎士だ。時間が惜しいが仕方ない。なるべく早く無力化する。神器使いではあるけれど、超越者と戦うよりはマシだ。


 「死ねないから抵抗する」

 「いいね。君は美味しそうだ。この剣に喰らわれてくれ」

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