第36話 黒い剣

 「全員、殺したの?」

 「喰らったさ、全員」


 歩いて近づいてくる。それだけのなんの変哲もない行為で悟った。これは、ダメだ。さっきの比じゃない。絶対に勝てない。直感的に感じ取れる。


 「僕としても予想外だった。まさかラディクスが勝手に動き出すなんてさ。おかげで仲間もこの建物にいた人たちもほとんどみんな殺しちゃったよ」

 「テメェ、無関係の奴まで、殺したのか」

 「僕の意思じゃないよ。仕方なかった」


 生徒たちは魔術大会だからという名目で今日は強制的に運動場に出されているから大丈夫だろうが、まさか建物にいた人たちというのは俺たちよりも先に入った教師たちのことか? いや、それだけじゃないか。彼らが入る以前に本館が無人だったとは考えにくいし、あの木の根による被害者は想像以上に大きいのかもしれない。


 「あぁ、悲しいなぁ。ここに来た帝国の人たちの中にはさ、一緒にお酒を飲んだ男の人もいたし、セックスしたりした女の子もいたんだ。殺したくなかったなぁ」

 「……声が笑っているぞ」


 顔ごと隠すヘルムの下の表情は全く見えない。しかし、彼の声は笑っていた。これ以上ないほどに上機嫌だった。


 「ははっ! 当たり前だろ。嬉しいからね。こんな気持ちのいいこと他にないよ。もちろんマフィちゃんとかみんなには申し訳なかったけど、僕は彼らのおかげでここに至れた。僕に勝てる者はもういない! 神器を2つ手にした僕に敗北はない!」


 鎧を突き破ってアーマーを突き抜けて、彼の背から木の根が複数本生え始めた。戦闘の準備に入っているようだ。


 「僕が最強だ! 勝利者だ! これならあいつにだって負けない! 僕が……僕が、新たな超越者! 第八の超越者だ!」


 逃げないといけない。けどこれは絶対に逃げられない。


 「俺が時間を稼ぐから2人ともはやく逃げて」

 「何を馬鹿な──」

 「はやく逃げろ!!」


 勝ちはない。絶対に死ぬ。だがそれが全員かはわからない。1人でも生き残ればそれは最悪な状況ではない。


 「逃すわけないだろ」


 剣を構えた。斬撃を飛ばすつもりだ。

 防御は無意味。なら躱せるか? いや、できたとしてなんだ。俺が躱せたところで意味がない。2人が死ぬ。それどころか俺の背後には運動場がある。どれだけ斬撃が強化されてるのかわからないけど、最悪の場合運動場にいる生徒たちにまで被害が及ぶ可能性がある。

 止めないと。でも、どうやって?


 「吐き出せ、ラディクス」


 何も浮かばない。浮かばないまま、剣が振るわれた。


 「あ?」


 死んだ。そう思った瞬間、俺たちとビクターの空間を遮るように白みがかった半透明の壁が出現した。


 「防がれた? そんなバカな」


 結果として壁はすぐに割られたが、斬撃が俺たちのところまで届くことはなかった。


 「アイン……」

 「手を貸します」

 「いいの?」

 「あれはお母様とは関係のない部外者なので」


 壁を張ったのはアインだったようだ。事情を知ってそうな彼女は協力してくれないと思っていたが助けられた。


 「ですが今ので私の魔力の4分の1を使いました。同じ攻撃を止められるのはあと2回が限度です」


 膨大なアインの魔力をもってしても2回か。斬撃を2回止められるのは大きい。けれどそれだけだ。3回目が飛んできて終わる。


 「あー! わかったぞ!」


 場違いな喜びの声があがった。と同時にこの場に立ち込める空気が真冬かと思うほど寒くなったように感じた。空気中の魔力が震えている。


 「もっと出せるんだ!」


 ビクターの放つ力が増した。


 「訂正します。止められるのは1発までです」

 「むしろ1発止められるんだ……」


 膨大な力を感じる。あれが放った一撃を1発止められるだけでもとんでもないことだと思う。


 「でも防御はしなくていい」

 「ではどうします?」

 「逆に攻撃しよう。それしかない」


 ビクターの攻撃が止められないなら、攻撃を放つビクター自体を仕留める他ない。


 「あいつが攻撃しようとした瞬間にできる限りの魔力を使って魔力砲を撃ってほしい。そのタイミングなら避けれない」

 「でも正面から力比べになりますよ? できて相殺がいいところだと思います」

 「俺が強化して、それで何とか押し勝つ。勝てるかどうかはわからないけど、いい?」

 「ええ、愚問です。私はあなたのものですから」


 即答。この状況でなければ訳がわからないし不気味で怖かったけど、今は頼もしい。


 「あれぇ、もしかして僕と力比べするつもり?」

 「相手になってくれる? こっちは2人がかりだけど」

 「いいよぉ! やろう!! 完膚なきまでに叩き潰す!」


 ビクターがハイテンションでこちらとして助かる。わざわざタイミングを合わせる必要がなくなった。


 「やるよ、アイン」

 「はい。初めての共同作業ですね」

 「うん」


 もうそういうことでいいと諦めて適当に返事をする。

 満足そうに微笑んだアインが右手をビクターに向けた。魔力砲の準備だ。膨大な魔力がそこに集中していく。


 「大丈夫ですか?」


 大量の魔力は生物にとって毒になり得る。アインの持つ大量の魔力は攻撃に使用しなくとも、一箇所に溜め込んでそこに近づけさせるだけで誰かを殺せるだろう。今はまさにその状況に近い。アインは俺をそれを心配してくれているようだ。


 「大丈夫。このままいこう。準備ができたら教えて」

 「はい。撃った直後に魔力の出し過ぎで倒れると思うので支えておいてくださると助かります」

 「わかった」


 アインの右腕を掴み、体が倒れないように後ろから支える。


 「──できました。いけます」


 大した時間も掛からずに準備が完了した。それを察知したビクターが再び剣を構える。勝敗を決める時だ。


 「《インクリース、二重奏(デュオ)》」

 「魔力砲」


 2倍の威力にした魔力砲が放たれる。


 「吐き出せ、ラディクス!」


 対するは神器による斬撃。

 間も無くして2つはぶつかり合った。

 一生物の魔力と神の残した武器。どちらが強いのか。文字だけで見れば後者だろう。けど、アインはただの生物じゃない。彼女の持つ魔力は常識はずれの量を誇る。


 「押されている、だと……?」


 ビクターはアインの魔力を切断できていない。それどころこちらが押している。


 「バカな……!!」


 叫んだところで変わらない。魔力の塊は徐々にビクターに近づきつつあった。


 「ぼ、僕は超越者だぞ!! ふざ、けるな!!」

 「残念ながらあなたじゃお母様の足元にも及びませんよ」

 「く、そ────」


 膨大な魔力は斬撃を打ち消した。ビクター剣で何とか防ごうとしたが、小さな剣城一本でどうにかなる訳がなく、アインの魔力砲は彼を飲み込んでそのまま本館に大きな穴を空けた。


 「勝ちました、ね」


 アインの体から力が抜けていくのがわかる。支えていた俺に体を預けてきた。


 「体は無事?」

 「はい。でもこんなに魔力を出したのは初めてなので流石に疲れました」

 「ゆっくり休んで。モルティス、アインの治療をお願い」


 魔力砲にビクターは飲み込まれた。あんな魔力を正面から食らって無事な訳がない。できればそのまま魔力によって蒸発していてほしいが、神器の鎧を身につけているからかろうじて生きている可能性も十分にある。近くの柱の近くにアインを座らせてモルティスに任せたあと俺は魔力砲の先へと向かった。

 途中で地面に転がる黒い鎧と、枯れたようにやせ細ったマフィの死体を確認した。本当に死んだらしい。後で他の犠牲者についても確認しておかないといけない。


 「……いた」

 「あ、ぅ、が、ぁぃ……」


 本館を出て少し歩いたところで、ビクターは生きていた。しかしその体悲惨なもので、右半身がほとんどない上に頭部も一部欠如している。出している声がもはや言語ではないものになっているのはそのため。もう死んでいるような状態だ。放置していれば息絶えるだろう。けどそれはダメだ。この手で殺す。でなければ万が一がある。万に一つでも可能性を潰しておきたい。


 「死んで」


 騎士の死体から拾ってきた剣を振り上げた。首を切り落として本当におしまいだ。

 

 「なっ……!?」


 地面から突出したあの木の根が俺の体を突き刺した。


 「……狂えるほどの痛みだけが、この体を強くする」


 ビクターの声だ。でもおかしい。何故流暢に喋れている。それに喋り方も……


 「あ、がっ……!」


 突き刺さったままの状態で体を持ち上げられる。激しい痛みが全身に走った。これは相当まずい。内臓が傷ついている。抜け出したいが力が何故か入らない。


 「あ……ぁ、戻っ、た? 治った、なぁ!」


 欠損していたビクターの体を、赤銅色の鎧が補っていく。再生している訳じゃない。鎧が人体に成り代わっている。


 「あははははは!! これが神器テッラの力! 俺は死なない!! 素晴らしい!! やっぱり僕が最強だ! シン、君もそう思わない?」

 「……俺たちに、負けたでしょ」

 「負けてない。何かの間違いだ。超越者である僕が負ける訳がない。そう、間違いだ。あれは間違っていた!!」

 「いっ……!」


 体の中にある木の根が動いた。おかげでさらに痛みが走る。


 「シン、君も喰らわせてもらうよ。そして僕はさらに次の段階に至る」


 勝てなかった。いや、勝ちはした。けれど殺せなかった。もう元通りだ。全てが無意味になってしまった。もう勝てるビジョンが見えない。

 唯一俺に残された選択肢は断罪の力だけ。果たして意味があるだろうか。あれは異端にだけ効く力だ。ビクターに効くとは思えない。


 「…………それでも……意味を、知るんだ」


 まだ知れていない。何もわかっていない。

 だから、まだ終われない。終わりたくない。

 やれることをやろう。ここで終わるとしても、全力で。

 生きるために。


 「《断──────」







 「────それでいい」


 突然、黒い何かが木の根を切断した。


 「なんだと……?」


 それは黒い剣だった。

 とても人が持てる代物ではない大剣だ。俺は、これを知っていた。見たことがある。


 「その意志は、お前を辿り着くべき場所に導く。オレはその意志を守ろう」


 黒い剣を振るったのは、同じく黒い色の衣に身を包んだ男。

 俺に選択肢を与えてくれた人物。


 「イナニス……?」

 「ああ。あとは任せろ」


 黒い背中が目の前にあった。

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