第35話 悪魔と魔術師
「……これはまた稀有な悪魔がいたものだ。いや、悪魔と呼ぶのも微妙なところか」
全てが終わったその後、世界から闇が退けられて少し経ったある雨の日。最後の魔法使いは、立ち寄った森の中で、この世で最もおかしな生き物に出会った。見た目は悪魔の翼が3枚生えた少年だ。しかし、彼女の目にはそうは映らなかった。
「こんなイレギュラーは想定していなかったな。オマエ、名前は?」
「…………」
返答はない。しかし、不快に思うようなことはなかった。何故なら慣れているから。
「まあいい。それよりそのままじゃ死ぬぞ」
「…………」
悪魔の翼を生やした少年はどうやら長い間何も食していないようだった。痩せこけている。横になった状態でまるで動く気配がないのを見るに、もはや動くことすらできないのかもしれない。
「この森なら動物はいくらでもいるし、食べれる果実もある。そんな体でも食べることはできたらだろうに。……あぁ、まさか死にたいのか?」
「…………」
「理解に苦しむな。自殺自体も理解できないが、死を選ぶにしても他に方法があるはずだ。何故わざわざ時間の掛かる死に方を選ぶ?」
「…………なんだ、お前は」
ようやく少年が口を開いた。見た目通り弱々しい声を発した。
「ワタシはフォルトゥナ。魔術師だ。次はオマエの名前を教えろ」
「……セミス」
「ふむ。ではセミス。少し移動させてもらうぞ」
パチンと指を鳴らすと2人は木で出来た小屋の中にいた。
「……ぁ? ここ、は」
「移動させてもらった。ちょっと待っていろ。適当に何か食わせてやる。寒かったしスープでも作るか」
「……待て。勝手な、ことを……する、な」
「断る。ワタシはオマエを死なせない」
「……は? なん、で?」
「ワタシを無視しなかっただろう。まだ生きる意思がある者を目の前で見殺しにはしない。気分が悪くなる」
本当に死にたかったのなら無視をし続ければよかった。でも少年は声を出した。だから助けた。それだけの話。
「やめ、ろ。生きた、ところで……俺に、居場所なんて……」
「……それを奪ったのはワタシかもな」
「ぇ……?」
「いや、なんでもない。今は気にするな」
贖罪か。それとも誰かの真似事か。
「オマエに居場所をやる。ワタシと共に来い」
最強の魔術師は少年に手を差し伸べた。
******
「お前たちじゃ届かない」
10階、広間。
そこでは傷だらけの2人の少女と三翼の悪魔が向かい合っていた。
「なんで悪魔が全滅させられたんじゃなくて封印されたか知ってるか? 強いからだ。強くて手に負えないから人間どもは封印という選択肢を選んだ。選ばざるを得なかった」
「だから、悪魔のお前に勝てないって?」
「そゆこと」
今のところ2人は劣勢。攻撃が当たってすらいない。
「舐めんなよ。《インクリース、四重奏(カルテット)》」
脚力を向上させ一気に近づく。
「〈セット・チェイン〉。〈エンチャント・パワー〉」
魔術によって四方から出現した鎖がセミスの体を拘束した。すぐに壊されるのはわかりきっていたが、それでも少しだけ動きを止められれば十分。間合いに入ったティアがフィアによって強化された拳を打ち込む。それだけでもかなりのダメージになるはずだ。加えてダメ押し。
「《インクリース、六重奏(セクステッド)》!!」
強化された殴打の威力はさらに6倍。
人間が相手であれば擦りでもすればその部分を消し飛ばすことができる。
「遅い」
「ぁ……!?」
拳が届くよりも速くセミスがティアの腹部を拳を打ち込んだ。威力は及ばないが、それでも十分。ティアの体は間も無く壁に打ち付けられていた。
「とりあえず1人目。お前は前に出てこないのか?」
「出れるほど強くない。……〈エンチャント・サイレンス〉」
直後、セミスが距離を詰めてフィアに蹴りを繰り出す。ティアにした殴打と同じ速度、常人では捉えることすらできない攻撃だ。それを難なく躱したフィアはその流れでセミスに逆に蹴りを食らわせた。
「……嘘つくなよなぁ。強いじゃねぇか」
フィアの魔力総量はシンとティアと違い100に満たない。しかし、魔力循環効率が最もいいのは彼女だ。継続的な身体能力は3人の中で最も高い。
「これで1発目」
「調子に乗んなよ。お前もぶっ飛ばしてやる」
「調子に乗ってるのはどっち? まだティアはやられてないけど」
「ちっ……! さっきの魔術か!」
フィアの言葉でいつの間にか音なく背後に近づいていたティアの存在に気づいた。だが遅い。
「──《インクリース、四重奏(カルテット)》」
今度行うのは拳による攻撃じゃない。彼女がするのは大量の魔力を持つものだけに許された攻撃、魔力弾の上位互換である魔力放出──魔力砲。
「2発目だ」
「く──」
手を砲口として放たれた魔力の光線は悪魔を包み込み、本館の壁を突き破った。
「大丈夫?」
「何本か……骨折れてるけど、まだ戦える……」
「〈ヒーリング〉、〈リダクション〉。これで我慢して」
「いや、ありがとう」
詠唱の省略をすると魔術の効果は軽減される。誰だけ効果が変わるかは使用者の力量次第ではあるが、少なくともフィアでは完治させることはできない。
「雑魚どもがァ……!!」
魔力砲によって発生した煙が吹き飛び、怒号が広間に響いた。
声の主はボロボロのセミス。魔力砲をまともに食らったためダメージは大きい。
「辛そうね」
「黙れ、クソ。次はない。どっちも深淵で飲み込んでやる」
セミスの体から光を反射しないほど真っ黒な煙のようなものが漏れ出し始めた。
「深淵属性……」
煙の正体は魔力。全てを侵食する深淵の力。それがセミスを覆うほど体から溢れている。
悪魔というのは種族的に元々深淵属性に対して耐性があるが、個体ごとにそれぞれ許容量が存在する。セミスはそれを今越えようとしていた。もう後のことなんて考えていない。今この瞬間のために全てを──
「──オマエは本当に勝手な奴だな」
目元を隠した白髪のエルフがどこからともなく現れ、セミスの肩に手を置いた。
「おま、なんでここに」
「別に私がその場にいなくとも魔法は勝手に動く。それより交代しろ。死ぬ必要のないところで死ぬことほど無意味なことはない」
「体が……」
「ワタシは超越者だぞ。どんな状態だろうと負けることはない」
叡智の超越。現れたのは最強の魔術師。
彼女の言葉を聞いたセミスは深淵属性の魔力の放出を停止した。
「ということでワタシが相手になろう」
「叡智の超越者、フォルトゥナ。それが悪魔だとわかった上で庇うんですか?」
「ああ、そうだ。聖教国の執行者。この悪魔はそもそもワタシがここに連れてきたのだから、この行動も当然のことだろう」
「そうですか」
悪魔とフォルトゥナに何かしらの関係があるのはわかりきっていたことだ。今更驚くことでもない。しかし、フィアとしては会話に出てきた魔法が気になった。あまりいい予感がしない。
「念のため聞いておこう。大人しくこのまま帰ればワタシからは何もしない。ミハイルの組織の子供たちだ。できれば何もしたくはない」
「断る」
即答するティアにフィアはため息をついた。もちろん引き下がるつもりなんてなかったが、相手は超越者だ。準備の時間が欲しかった。
「ふっ、シンと同じだな」
「あ? シンの場所知ってるのか?」
「さっきまでワタシと話していたぞ。すぐに下に転移させたが──バカどもが……」
フォルトゥナが唐突に不機嫌そうな声で言葉を吐き捨てた。
些細な行為だ。別に魔術も魔法も使ったわけじゃない。魔力すら微塵も動かしていない。だが、彼女の発したたった五文字の言葉はこの場にいた3人に絶対的な恐怖を与えていた。「殺される」、そう錯覚してしまうほどの迫力がフォルトゥナにはあった。
「ああ、すまない。オマエたちに向けたものじゃない。でもそうだな、時間があまりなくなった。悪いが手短に済ますぞ」
フォルトゥナが2人に視線を向けた。
まずい、本能的にそう理解した時には既に遅い。まるで時間が止まったように2人は指の先に至るまで体を動かすことができなくなっていた。
「大人しくしていろ。ワタシは……ほう」
しかし、それは数秒だけ。
「舐めんな」
2人は拘束から解放された。
「なるほど。人間を縛ったつもりだったが、混じっているのか。あまり手間をかけさせるな。無駄に傷を負うことになるぞ」
フォルトゥナは指を鳴らした。
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