第30話 再戦
「凄まじかったな、アイン・ジュラメントは」
「うん。想像以上だった」
「俺には全く勝てるビジョンが浮かばないが、お前は勝てるのか?」
「勝つよ。知りたいことがあるから」
まさか空気中に存在する魔力まであんな自由に扱えるとは思っていなかったが、勝つ以外の選択肢はない。
「……前回戦ってから1ヶ月ほど経ったか」
「うん」
「正直な話をすると、俺は別に戦いが好きじゃない。それに君のように優勝しなければいけない理由はないし、エイデンのように相手に勝ちたいという欲もない」
「やめたいの?」
「ん? いや違う違う。やめないさ。ルイに頑張れって言われたからやるだけやるよ。それに、今言ったように大会にやる気はないが君とは戦いたかった。決着をつけよう」
会話はそれで終わり、距離を取る。
俺もモルティスとは戦いたかった。おそらく彼の魔術師としての才能はこの学院内でもずば抜けている。だからまだ見せてくれるかもしれない。前回のように俺の知らないものを。
鐘がなった。
「〈スピア〉」
俺から動く。
詠唱型魔術というのは言葉で発動させる魔術な訳だが、省略することが可能だ。省略すると発動が早まる。しかし、それは他者に状況を伝える時に結果だけを口にするようなもので詠唱に詳細がないという状態になる。詳細がないとどうなるかというと、攻撃魔術の場合は単純に威力が落ちてしまう。
特に俺のような実力のない者が省略を行うと威力の低下は著しい。が、ここは戦場じゃない。殺す場ではないのでむしろそれがちょうどよかった。
使ったのは魔法陣型でも一層で作れる簡単な攻撃魔術だが、無視はしてこないはずだ。
「様子見か?」
案の定魔力壁で防御された。
まあ様子見だ。魔力壁の厚みを知りたかった。
「さっそく……」
モルティスは4つ魔法陣を展開した。あの変化する魔法陣だ。最初の時とは違って今は反転相殺を行えるが、やはり通常のものよりも意識を割かなければならない。
「流石だ」
賞賛の声を聞きながらモルティスに接近する。魔術師が戦闘において最もやられたくないことは近づかれることだ。対して俺は近づかなきゃ大したことができないのでとりあえずモルティスの懐に入らなければならない。
「〈シャドーウォール〉」
使ってきた。詠唱型だ。
黒い壁が俺とモルティスを分断した。
しかし、好都合。俺はモルティスの魔力を感知できているため場所を把握している。向こうもある程度の魔力感知はできるだろうから適当に魔力弾でダミーを生成し、どこからくるかわからないようにしてから拳に一瞬だけ魔力を纏わせ壁をぶち破った。奇襲だ。
「……!」
しかし、俺がモルティスがいると思っていた場所にあったのは高密度の魔力弾だった。
直前にモルティスの他にもう一つ小さな魔力が発生していたから、おそらくそっちが本体だったんだ。なんらかの魔術かあるいは魔力壁だと思っていたため気づけなかった。すぐにモルティスを視界に捉えようとしたが、その前に魔力弾が破裂し雪のように拡散した。
「魔力が……」
俺が戦闘の際に最も頼っているのは魔力感知だ。これが周囲の状況を把握するのに1番適している。しかし、この場にモルティスも魔力が降り注いでいるせいで魔力感知がまともに機能しない。
俺はここで次の選択肢を考えた。考えてしまった。おそらく2ヶ月近くこんな平和な場所にいた弊害だ。思考にわずかな間を生み出してしまった。おかげ次に行動を起こそうとした瞬間には俺の四方は黒い壁に囲まれていた。
こちらからはあちらの位置がわからないが、あちらからはこちらの位置がわかっている。今はそんな状況だ。劣勢だ。そう判断していい。おそらくすぐにどこかの方向から攻撃が飛んでくるだろう。
こんなことになるとは思っていなかった。魔術の才能だけじゃなくてモルティスには戦闘の才能もあるのかもしれない。
が、場数は俺の方が踏んでいる。
身動きを封じてきた時の対処法はアンゲルスで1番戦うのが好きな人に教えてもらっているし経験もある。
ではどうするか。こういう時は力でごり押すに限る。
「君も大概だな……」
魔力を全身から最大限放出した。
俺を中心にして爆発を起こしたようなものだ。黒い壁は消し飛び、舞っていたモルティスの魔力も吹き飛ばした。
次は攻撃に転じて──
「──降参だ」
「え?」
予想外の言葉だったためすぐに意味を破棄することができなかった。両手を上げているモルティスの姿を見て、ようやくもう戦う意志がないんだということを理解する。
「どうしたの?」
「いや、今のを一瞬で突破されたとなると流石に勝ち目が見えない。おそらくここから俺が何をしたところで無駄だ。君の勝ちだよ」
「……そっか」
準決勝、モルティスと俺との試合は俺の勝ちで終わった。
******
「もうそろそろ終わるか」
本館最上階、学院長室。
学院内で日に最も近いというのに、一切の日の光のないそこに1人の魔術師の姿があった。この学院の学院長、フォルトゥナという名で呼ばれ、歴史に刻まれた英雄の1人である。
「それはどっちが?」
「…………」
客人用の椅子に堂々と腰を下ろす悪魔の言葉を彼女は完全に無視する。これは昔からよくあることだった。だから別に悪魔の方も何も不快には思わない。何も感情を抱くことがない。いつもならば。
「別に待つ必要なんてなくないかぁ? それこそ時間がないんだから」
「ワタシは、一応親だ。あの子の願いは叶えてやりたい」
「願い……願いねぇ。明らかにイカれてるけどなぁ、あれ。そんなに可愛い?」
「変わっているだけだ。あの子はいい子だよ。とても」
実の子じゃない。それでももう長い間自分の子どもとして育ててきた。超越者といえどフォルトゥナにも感情はあるのだ。愛情も当然生まれる。
「そうかぁ? 話しててもただただ不気味だったけどなぁ。ま、いいや。俺はそろそろ下に行った方がいいかね」
これからここには人が来る。悪魔の姿を見られるわけにはいかないので移動する必要があるのだが……応答がない。
「おい」
「……ん、どうかしたか?」
「…………」
フォルトゥナは目を布で覆っているため悪魔の姿が見えていない。なので彼の表情はわからなかった。わかったのは彼の沈黙から伝わってきた不快そうな感情だけ。
「下に行く」
「ん、そうだな。そろそろした方がいいか。転移させる。下で大人しく待っていろ。時が来たら……言うまでもないか」
「──ああ、叶えてやるよ」
机を指でトンと軽く叩くと、悪魔の姿が部屋から消えた。転移完了だ。
残ったのはフォルトゥナ1人。
「……あと半日ほど、か。ふっ、驚くほど正確だな」
心臓の辺りを手を当てながら、独りごちる。誰もいない空間で言葉を漏らすなんて最近はあまりなかったが、昔はよくしていた。しなくなったのは彼に会ってからだ。懐かしい記憶だった。もう100年以上前だ。普通のエルフからすれば大した時間ではないのだろうが、彼女からすればあまりにも長い時間だった。
「……会えるのだろうか」
湧き出てきたのは不安。誰にも吐露できない感情。思えば誰かに感情を全て曝け出したこともこの100年間なかった。
「まぁ、いいか。会えなくても」
もうすぐ終わって、そして始まる。
終わりの後に始まりがあるのだ。だからきっと会えない。それが世界の理だ。けれど別にいい。それでいいんだ。
これはワガママ。合理的じゃなくていい。理解なんてされなくていい。
救われたんだ。彼女はその恩返す。それだけのこと。
「なぁ、ウォレス。やっぱり……変わらなかったよ」
もうすぐ世界に穴が開く。
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