第29話 混沌属性

 大会はそのまま続き、予想通りエイデンは勝ち上がった。それから俺とモルティスも勝利して準決勝に駒を進めた。ここまでは予定通りだ。いや、次も正直なところ勝敗は見えているが、そこに至るまでの経過はわからない。俺としてはこの大会で1番気になる試合だ。


 「アインちゃんと目つき悪い人か。どっちの方が強い?」

 「魔力量で言えばアインの方が圧倒的に上」

 「へぇ、ならアインちゃんが勝つか」

 「だと思う。けど、あっさりやられるかはわからない」


 

******

 


 運動場の中央で両者は向かい合っていた。試合の前に話す必要などないが、アインの方からエイデンに声をかける。


 「はじめまして。シン様とこの学院で1番親しい先輩ですよね。お手柔らかに」

 「あ? 誰があいつと仲良いって?」

 「ふふっ、怖いです。そんなに睨まないでください」


 どちらにも余裕がある。片方は魔力量が故に、もう片方は魔力の特性故に。


 「お前、あいつの賭けしてるんだってな」

 「ええ」

 「お前がここで負けたらそもそも賭けは成立しねぇな」

 「確かにそうですね」

 「あいつにムカついてんだ。ちょうどいい。負かして邪魔してやるよ」

 「楽しみにしてますね」


 その言葉を最後に距離を取った。

 試合が始まる。


 鐘が鳴った。


 「さっそくか」


 まず動いたのはアイン。先ほどの試合と同じように大量の魔法陣を展開した。

 規格外だ。エイデンの展開上限は12。それも無理しての数なので相手いさせるとなれば10が限界だ。あまりにも世界が違う。

 何故このように展開数に差が生まれるのか。その要因というのは2つ。1つは魔力操作。魔術を使わないもので例えるのなら手先の器用さだ。こちらに関しては慣れの部分もあるので訓練すれば上達はする。しかし、問題は2つ目。魔力回路の太さと数だ。魔力回路というのはその名の通り身体を流れる魔力の通り道のことで、これは魔力の属性同様基本的に生得的なものであり変化することはない。だからどれだけ魔力操作が上達しようが、魔力回路の質によっては魔法陣の展開上限が上昇しない。

 アインは超越者であるフォルトゥナに匹敵する最上位の魔力量を保有しながら、同時に最高の魔力回路を持って生まれている。20程度の魔法陣ならたやすく展開できる。


 「先輩も降参しますか?」

 「しねぇよ。あとお前の負けだ。確認してる間に詰んでるぞ」

 「これは……」


 アインの足に赤黒い杭のようなものが刺さっていた。それから間も無くしてアインの展開していた魔法陣が全て砕け散る。


 「魔術を使わせないのはあいつだけじゃねぇんだよ」

 「……魔力の流れを制限……乱しているんですね。なるほど、通りで魔力の操作がうまくいかない」

 「終わりだ」


 魔術師にとって命といえるのは魔力だ。魔力を用いるが故に魔術師なのだ。魔力が自由に扱えなくなった時点で魔術師としては死んでいる。詰みだ。


 「普通の魔術師ならば、ですよね?」

 「ああ。でもどうせお前も普通じゃないんだろ」

 「え?」


 そんな言葉が返ってくるとは思っていなかったアインは間の抜けた声を出していた。


 「ほら、やってみろよ。どうやってその状態から抜け出すんだ?」


 何を考えている? 思考を読もうとしてもエイデンの考えはわからない。ならとりあえず状況を動かす。その選択肢しかアインにはなかった。

 魔力操作がうまくできない理由は杭によって魔力の流れが堰き止められているからである。ならば引き抜けばいいという話なのだが、物理的に引き抜けるものじゃない。それをアインは直感的に理解した。

 ならばと発想を変えた。引き抜くんのではなく押し出す。


 「……マジか」


 アインから放出される膨大な魔力。それは魔力循環をした時に漏れ出たもの。

 彼女は尋常じゃない量の魔力を高速で循環させることによって、杭を無理やり体から押し出すことに成功した。魔力保有量が200弱ある者であれば可能であろう荒技だ。


 「これがダメなら分解しようとしていたんですが、出来ましたね」

 「とんでもない魔力だな。聞いてたのと実物見るのじゃやっぱり違う」

 「では降参します?」

 「バカ言え。あんま舐めてんなよ、ガキが。杭は1本だけじゃねぇ」

 「その魔術、いつ発動したのかわかりませんでしたがおそらくオリジナルなんでしょう。強力だとは思います。でも私にとっては1本も2本も3本も変わりませんよ。私の魔力循環は止められない」


 圧倒的な魔力、そこから生まれた自信からの言葉。実際数を増やしたところで今のような雑に杭を打ち込んでいては何の意味もない。

 そんなこと、エイデンは当然理解していた。だから笑った。


 「なにかおかしかったですか?」

 「ああ、おかしいね。お前は2つ勘違いしてる」

 「勘違い?」

 「そもそも杭は魔術じゃねぇよ」

 「っ……!?」


 エイデンがバカにするように言葉を口した次の瞬間、突如地面から射出された数本の赤黒い杭がアインに突き刺さった。


 「感知できなかったろ。俺の魔力は特別性でな。ただ魔力を固めただけの状態じゃ感知しにくいし、他の属性の魔力と反発する」

 「……混沌属性」

 「よく知ってるな」


 それは数百年前にこの世界に訪れたとされる転移者が持っていた魔力の属性。時代と共にその魔力は薄まり、存在はないものとなった筈だった。

 だが長い時を経て、その魔力は蘇っている。エイデン・フィルト=ヴォルドゴアは、現在この世界で唯一混沌属性の魔力を持つ者だ。


 「確かに勘違いをしていたようです。何故そんな魔力を持っているのか気になるところですが、あまり状況は変わってませんよ?」

 「ほら、もう一つ勘違いだ」


 そう言って笑うはエイデンは魔法陣を4つ展開した。それらは全てニコラスが使っていたのと同じ衝撃波を生み出す魔法陣だ。


 「……! 魔力が──」

 「ぶっ飛べよ」


 発動した魔術は言葉通りふっ飛ばした。そのままぶつかるかに思えたが、寸前のところで踏みとどまる。


 (これは、そもそも体内の魔力を動かせない。的確に魔力回路を堰き止められてる。無理やり動かそうとしたら魔力核が破裂しかねないな……)


 魔術師を完全に封殺する技。とても魔術を学ぶ若人たちが集う場所で使われていい技じゃない。そこはエイデンも弁えていた。知識と実力のない魔術師であれば魔力核を破裂させ死ぬ可能性がある。だからそこは信頼だ。アインが魔術師として格上であることはわかりきっていた。でなければそんな危険のある技を使っていない。


 「耐えたか」

 「ええ。危なかったです」

 「……?」


 焦っていない。そのことを疑問に思うが、それを考えるより時間を与える方が危険だと判断して即座に再度魔法陣を展開した。が、


 「なに!?」


 同時にそれを妨害するように正面に青みがかった巨大な透明の壁が形成された。魔力壁だ。それはわかる。しかし、おかしい。杭は身体に打たれたままであり、魔力操作はできないはずなのだ。


 「魔力はどこにでもあるんですよ」

 「まはか空気中の魔力をそのまま……!」


 魔力操作には2種類ある。体内の魔力を操作するもの、そして体外の魔力を操作するものの2つだ。難易度は後者の方が圧倒的に高いが、現代の魔術師はこれを最低限できなければならない。何故なら今現在主流である魔法陣型の魔術の魔法陣というのは、自分の魔力と自然の中にある魔力を混ぜ合わせて生成するものだからである。これが詠唱型よりも魔法陣型の方が高度な魔術であるとされている理由の一つだ。

 では何故そもそも体内より体外の魔力操作の方が難易度が高いのか。それは単純に表すと距離の話になる。

 魔力を粘土と例えるとしよう。体内の魔力の場合、粘土は手元にあり自由に形を変えられる。が、体外の場合はそうじゃない。それがある場所は手元ではなく、過半数が手がギリギリ届くかぐらい遠くだ。つまり体外の魔力を操作している状況というのは、限界まで手を伸ばした状態を保ちつつ、指先で粘土の形を変えているようなものだ。

 だから魔力弾や魔力壁のようなものは体内の魔力で構成されている。体外の魔力を使ってそれらを作るなんてことはできないのだ。できてしまえばそれは、常軌を逸している。


 「な、バカ! 待て待て待て!!」


 魔力の壁が迫ってくる。これは魔術師からすれば訳の分からない光景だった。魔力壁というのは本来その場に固定するものなのだ。動かそうとすれば普通は形が崩れる。

 いくら魔力操作が得意だとしても、巨大な魔力壁を綺麗に維持したまま動かしてくるのはエイデンから見ても明らかにどうかしていた。そんなもの常識の範疇にない。


 「おまっ、ふざけんな……っ!」


 逃げ場がない。なので同じく魔力壁を展開してなんとか壁の進行を止めようとしたが、止まらない。壁は砕かれ、無慈悲にジリジリと押し込まれていく。


 「くそがっ……!」


 それからも抵抗は諦めなかったが、健闘虚しくエイデンはそのまま結界に背中がつくまで押され続けた。

 エイデンとアインの勝負。勝者はアインだった。

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