第27話 花畑
最後の講義が終わったあと、すぐにアインと合流した。そのまま話の続きに入るのかと思いきや、見せたい場所があるとのことでとりあえず彼女の後を追った。
校舎を出てアインが向かったのは外で実習する際に使う運動場の先。ナルダッドの島でも手のつけられていないエリアだった。滅多に人が来る場所ではないが、道は整備されている。木々に挟まれた身をしばらく歩き、他と比べて明らかに太い大木の前で止まった。行き止まりだ。これ以上はない。
「この木が見せたいもの?」
ここには以前来たことがある。この木を超えた先には海があるだけだ。だからここには誰も来ない。何もないから来る必要がない。
何故アインは俺をこんなところに連れてきたんだろう。
「シン様もわかりませんか。さすがお母様ですね」
「……?」
どういうことか答えを待っているとアインが手を差し出してきた。
「握ってください。何かする気はありません」
言われるがままアインの手を握ると、彼女は笑みを浮かべて反対の手で大木に優しく触れた。するとその瞬間、景色が変わった。
「花……」
目の前の大木を一本残して、周りを囲んでいるのが木ではなく花に変わった。
どこを見ても白い花がある。それ以外にはない。ナルダッドの校舎も見えない。あるのは花だけ。壮観だ。神秘的と言ってもいい。
「ここは?」
「ナルダッドからちょっと離れた場所にある小さな島です」
確かに少し離れたところにナルダッドの壁とそこからはみ出た校舎が見えた。アインの言葉は真実らしい。
「気づかなかった。近くにこんな島があったなんて」
「ここは複数の結界でお母様が隠されていましたから。仕方ありません」
観測できないようになっていたのか。
「どうですか、ここは。綺麗ですよね。昔からとても気に入ってるんです」
「元々ある場所なの?」
「いいえ。お母様が何もなかったこの島を花でいっぱいにしたんです。花の名前はメアルシア。知っていますか?」
「絶滅した花でしょ」
「そうです。この花たちがそれですね」
元々西の大陸に生息していた花で、第二次天魔大戦の折に絶滅したはずだ。けれど、目の前にはとんでもない数ある。
「お母様が第二次天魔大戦後に持っていた種をここに植えたんです。それで頑張ってこの状態に」
「なんでフォルトゥナはこんな場所作ったの?」
観測できないようにしてまで超越者がこんな場所を無意味に作るとは思えない。
「私も具体的に聞いたわけではありませんが、特に魔術的な意図があるとかそういうのじゃなかったですよ。わかりやすく言うと好きな人のため、ですかね」
「ウォレス?」
「だと思います」
となるとフォルトゥナが言っていたのはやっぱり経験だったみたいだ。
「ふふっ。今は叡智の超越か最後の魔法使い、あと昔は無欠の魔術師なんて呼ばれてたりしたらしいですが、結局のところお母様も心を持ったただの女の子なんです。可愛らしいですよね」
ウォレスは超越車の中で唯一死んでいる。故人だ。ならこれは弔いか。
「で、なんで俺をここに連れてきたの?」
「え? 綺麗だからですよ」
「それだけ?」
「まあそうですね。好きな人にも自分の好きなものを見て好きになってほしいって気持ちわからないですか?」
「わからない」
「うーん、残念。シンさんは──」
「でも綺麗だとは思った」
「────」
花に溢れた小さな島。一切の邪がなく、清らかな場所。まるでこの世から遠く離れた場所のようで、不思議と気分がいい。俺がこんな気持ちになるのは珍しい。
「──よかった。あなたが私の運命の人で」
アインは何故満足そうにしていた。
「さて、そろそろお話の続きをしましょう」
ようやく本題か。
「7日後に行われる魔術大会、参加されますよね?」
「知ってるんだ」
「知ってます。できればそうなるように誘導してほしいとお母様に頼んでいたので」
なるほど。あの時フォルトゥナが言っていた間接的なメリットの意味がわかった。
「俺が勝てば俺のことを知ってる理由を話してくれる?」
「ええ。全て説明できるかわかりませんが、可能な限りお教えしますよ」
「わかった。ならアインが勝った場合は?」
「私と一つになってください」
きっぱりとそう言われたがちょっと意味がわからなかった。
「どういうこと? 性行為とかそういう話?」
「ああ、すみません。性行為もとてもとても魅力的ですが違います。抽象的でしたね。私はシン様の魔力核が欲しいんです」
魔力核とは臓器でいうところの心臓のようなもの。位置的にも心臓とほぼ同じ場所にあり、そこで生物の魔力は作られて体内を循環する。つまりは第二の心臓だ。
物理的な干渉はできないが、魔力を用いればそれが可能になる。もし破損するようなことがあれば魔術師でなくとも致命傷になりうるデリケートな箇所だ。
「あげたら死んじゃうんだけど」
「死にますね。でもそれは全てをもらう場合です。そんなことはしません。一部だけ欲しいんです」
「契約するってこと?」
契約は他の種族に対して何かを差し出し、何かを与えてもらう行為。アインはエルフだし最低限の条件はクリアされている。魔力核を一部だけ譲渡することは可能だろう。実際に昔は強大な魔力を求めた者が、悪魔と契約してそんなことをやっていたと聞いている。
「はい。そうです」
「契約ってことはそっちも同等のものを差し出さないといけないよ?」
契約は取引だ。客観的ではなく当事者同士で同等と判断したものを出し合う必要がある。つまり俺の魔力核を一部渡すなら、それと釣り合うものをアインは俺に渡さなければならない。
「もちろんわかってますよ。なので私からも魔力核を渡すつもりです。おそらくシン様の魔力量はかなり上がると思いますよ」
それなら成立はする。けれど、
「アインになんのメリットがあるの?」
アインに利益があるようには感じられない。
「愛する人の魔力が身体中を駆け巡る。これ以上のメリットがありますか?」
怖いから他にメリットがあるといいなと思った。
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