第26話 昼食

 一本の剣があった。

 それは全てを斬り裂き、滅する刃。持てるのは選ばれた者のみ。それ以外の者には触れることはできても、武器として使うことはできない。

 選ばれる使用者の基準は心のあり方。清い心の者だけが剣の主人として認められた。しかし、汚れのない心など存在するはずがない。していいはずがない。世界はそうなるようにできている。そうなるように作られた。

 だが、例外がある。何事にも絶対はない。

 そう、いたのだ。1人だけ。汚れのない清い心を持った人間が。


 

******

 


 魔術大会まであと1週間。参加の応募が締め切られた。噂に聞いた話では今年はこれまでで最も参加人数が少ないらしい。今時戦うために魔術を学ぶ者がいないのが理由だろう。時代の流れというやつだ。


 「シンさん。今日も部屋でご飯ですか?」

 「うん。食堂じゃフィアたちが食べれないから」


 これから昼休み。昼食を食べる訳だが、食堂はどこを見ても生徒がいてフィアたちは仮面を外すことができない。なので俺たちは昼だけでもなく、朝も夜もご飯は部屋で食べていた。今日もその例に埋もれずに俺の部屋で昼食を──


 「シン様」


 教室の扉の方から俺を呼ぶ声。アンゲルスじゃ何故かたまに呼ばれてたけど、ここで俺を様付けして呼ぶ人物は1人だけ。

 アイン・ジュラメント。初めてあったあの日以降、アインは俺によく話しかけてくるようになった上に、名前に様を付けて呼び始めた。正直困ってる。

 視線を向けると、ニコッと子供らしく微笑んだ。


 「ま、また来ましたね……」

 「うん。行ってくる。また後で」


 呼ばれたからには応じないわけにはいかない。アインの方へと向かった。


 「様付けやめない?」

 「嫌です。あなたは私の人生の全てなんです。様と付けさせてください」

 「…………」


 怖い。


 「それで今日はどうしたの? 昼休みに来るの珍しいけど」


 アインが俺のところに来るのは大抵講義が全て終わった後だ。昼休みに来たのは初めてだ。


 「はい。一緒に食堂で昼食でもどうかと」

 「あー、ごめんね。今日はティアとフィアと食べるつもりだから……あ」


 ちょうどよく話に出した2人が歩いてきた。


 「おい、シン……て、うげ。アイン・ジュラメント」


 研究室にいる3人に対しては珍しく嫌悪感を出さないティアだが、やはりそこだけが例外なようで、アインを見るたびに嫌そうな声を出している。


 「あら、ティアさんとフィアさん。よろしければ皆さんも一緒にどうですか?」

 「何を?」

 「食堂でお食事です」

 「嫌だ」

 「その仮面を外したくないからですか? ふふっ、それなら気になります。その下には一体どんな顔があるんですか?」

 「言わねぇよ。近寄ってくるな」


 2人の体のことを知らない。つまりアインが知っているのは俺の情報だけか。余計に意味不明だ。何故俺に会う前から俺のことを知っていたんだ? 未だにわからない。


 「残念です。まあ正直あまり興味ないのでどうでもいいんですけど」

 「なぁ、シン。殴っていいか、こいつ」

 「ダメ」

 「はい、ダメです。ふふふ」


 俺に続いて同じ言葉を口にしたアインに対して、ティアは拳を握りしめた。すごい。今にも殴りかかりそうなのに殴らない。頑張って耐えてる。


 「それで、シンはこの人と食べるの?」


 ティアとは対照的に冷静なフィアが確認してきた。


 「いや、ちょうど断ったところだけど」

 「そうなんだ。でも別に断る必要ないんじゃない?」

 「はぁ? 私はシンとこんな奴が一緒にご飯食べるとか嫌なんだけど」

 「情報を得られるかもしれないでしょ? そっちの方が優先するべきだと思うけど」

 「そうですね。もしかしたら楽しくなって私がシンさんのことを知ってる理由をうっかり話しちゃうかもしれませんよ?」


 フィアの意見は正論だ。情報を引き出したい本人の目の前で言うことではないけれど。


 「なら今日は食堂に行ってくる。また後でね、2人とも」


 新しい情報を得れるとは思えないけど、今日はアインと一緒に昼食を取ることにした。


 

******

 


 食堂にて。俺たちはテーブルを挟んで向かい合って座っていた。魔力計測器を壊した新入生、副寮長を入学初日で打ち負かした新入生。そんな2人が目立たないわけがなく、周囲からの目がいくつも感じられた。こうなっては仕方ない。そこはもう諦めた。

 いざ食事となったわけだけど、その最中に会話はなかった。俺たちは無言で昼食を取っていた。でもアインはそんな時でもとても楽しそうだった。フォルトゥナの言う通りアインはとても変だ。

 食事を大方食べ終わったところで、俺は話を切り出す。


 「で、なんで俺のことを知ってるか教えてくれる?」

 「食事が終わって早々に、ですね。そんなに気になりますか?」

 「うん。気になる」

 「では、そうですね。賭けをしましょうか」


 まるでこの会話の流れが決まっていたのかのように、アインはスムーズにそんな提案をしてきた。


 「賭け?」

 「はい。7日後に────おや……」


 周囲に誰が来ようが気にしなさそうなアインが入口の方を見て話を中断した。まさかフォルトゥナでも来たのかと思って視線の先を追うと、いたのはフォルトゥナではなかったが意外な人物だった。


 「前に見た男……」


 先日俺とモルティスが話していた時に現れた男だ。何故食堂にいるんだ?


 「知っている方ですか?」

 「いいや、知らない。そっちこそ知らないの?」

 「残念ながら。この時間に制服を着ていないならば生徒ではないでしょうし、教師でもあのような方は見たことがありません」


 やっぱり教師じゃないのか。


 「そしてなにより、あの剣。どう見えます?」

 「神器」

 「ですよね。初めて見ました。シンさんは見たことありますか?」

 「一応あるよ」


 見たことがある神器は十二神器の一つ、聖剣レオ。あの男が携帯している剣からはそれと似たものを感じる。けれど似ているだけだ。あの男の剣とレンの剣は根本的なところが違っている気がする。


 「お、少年! やっほー!」


 俺のことを見つけると子どものように元気に手を振って近寄ってきた。周囲の目など全くもって気にする様子ない。


 「おーっと、可愛い女の子と一緒じゃんか! 彼女? もしかしてお邪魔しちゃった?」

 「ふふふ。残念ながらまだ彼女ではないので大丈夫ですよ」

 「そりゃよかった」


 まだ、とは。


 「見たところこの学院の方じゃありませんよね? 何者ですか?」

 「僕? 僕はね、帝国から来た騎士だよー」


 帝国。意外なところ……ではない。この世界で神器を持たせた国外に送るなんてことをするのは聖教国か帝国ぐらいだ。なので予想はついていた。


 「もしかして噂に聞く『ヴァント』のお一人ですか?」

 「え? なんでわかったの?」

 「神器を持っているようなので」

 「はえぇ、すごいなぁ。これ見ただけで神器ってわかるんだ」


 特に帝国について詳しい知識を持っているわけじゃないが、ヴァントという名については流石に知っている。帝国を守る帝国騎士の中でも強大な力を持った者たちであり、帝国の最高戦力。聖教国でいうところの聖騎士だ。全員が神器を一つ持っているところも共通している。この男はそのうちに1人なのだという。


 「なんでこんなところにいるの?」

 「んー、ここの学院長……叡智の超越に用事があってきたんだ。流石に詳しいことは言えないけど、まあ面倒なことになってねぇ。しばらく滞在することになっちゃったんだ。で、暇だから許可もらって校舎の中をぶらぶらしてる」


 やっぱりおかしい。報告からかなり時間が経っている。だというのに来ているのは帝国の騎士。聖教国の人間は一向に現れない。何があったんだ?


 「お、どうしたそんな難しい顔して。悩み事か? 道教えてもらった借りもあるし僕でよかったら相談乗るぞぉ?」

 「いや、大丈夫。それよりそろそろ時間」


 鐘が鳴った。


 「ん、これあれか。勉強の時間が始まるって合図か?」

 「そう。俺たちはもう行くね」

 「そっかー。それなら仕方ない……と、そうだ。その前に2人とも名前教えてくれる? 聞くの忘れてたよ」

 「……シン」

 「アインです」

 「シンとアインね。僕はビクター。よろしく。まだしばらくはいるからまた今度話そう」


 またも元気に手を振るビクターに背を向けて俺たちは食堂を出た。


 「困ったことになってますか?」

 「俺は別に。俺の知り合いたちが困ってるかもしれないけど」


 帝国の人間がいたところで俺が困ることはない。どうでもいい話だ。けれどおかしな話でもある。

 まあ国同士の話は興味ないからもう考えるのはやめよう。


 「それよりさっきの話」

 「ああ、それは時間もないですし放課後にしましょう」

 「わかった」


 俺たちは一旦別れて講義に向かった。

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