第25話 放課後
戦闘によって魔術師の腕を競う魔術大会。これはナルダッドで昔から行われている伝統行事のようで、今年も行われる。予定ではあと11日後。まあなんとかなるだろう。
「去年は30人ほど参加していたな。年々減ったいると聞くし、今年はもっと少ないかもしれないな」
「モルティスも参加したの?」
「ああ。参加するつもりはなかったが、寮長副寮長は強制参加だったからな」
「優勝した?」
「いいや。してない」
「え? そうなの?」
予想外の答えが返ってきた。モルティスは強い。あの時戦ってみてわかった。俺が出会ってきた魔術師の中でも上位に入るし、同年代じゃ敵になるような魔術師はいないと思っていたけど、まだ上がいる?
「モルティスより強い人がいるの?」
「さあ。俺は一回戦で誰とも戦わずに棄権したからわからない」
「えー、兄さん強いのに勿体無い」
「強さ比べにあまり興味ない」
そもそも戦ってないのか。それなら優勝できてなくても納得できる。
「──おい、テメェら」
3人で会話をしていたところに4つ目の声が入り込んできた。とても不機嫌そうだ。
「どうしたの?」
「どうしたの、じゃねぇ。ここは俺の研究室だ。なのにあれから毎日毎日当然のように入り浸りやがって……」
「でもそう言って入れてくれるじゃ無いですか、副寮長」
「勝手に入ってきてるんだろうが。結界が機能してないおかげでどうしようもねぇ」
あの日結界が壊れたのはモルティスの研究室だけじゃなかった。同時にエイデンの研究室の結界も同時に消え去った。
「別にいいでしょ。どうせエイデンが寝てるだけなんだし」
「俺のところである必要があるか?」
「本館から一番近い」
「本当にぶっ飛ばすぞ、テメェ」
位置的にここが一番近いし広い。事情も知られているし躊躇う理由があまりない。
「帰ったぞー」
「また増えた……」
新たに仮面を被った2人の少女が扉から入ってきた。ティアとフィアだ。
ナルダッドは島に校舎だけがあるわけじゃなくて、港にちょっとした町がある。用務員が暮らすための住居やお店がいくつがあって、お店は生徒も利用することがで許されている。買いたいものがあったらしく2人は今日はそこに寄っていた。紙袋を抱えていたので受け取って机の上に置いた。
「果物も買ってきたけど今食うか?」
「食べる」
「ほら、私だけじゃないって言ったろ、フィア」
「わかった。切るから待ってて。副寮長、ナイフどこ?」
「……部屋に色々置きやがって。ここだ」
以前はなかった棚からナイフを取り出して、フィアに手渡した。エイデンはなんやかんや言って協力的だ。フィアが俺もよくわからないエイデンの弱みを握ってるかもしれないけど。
「そういえばエイデンはどうだったの?」
「2位だった」
「へぇ」
エイデンより上はいるということか。
「なんの話だ?」
「魔術大会の話」
「ああ、そういえばそろそろか。ようやくだな。それが終わればここともおさらばだ」
「え? 皆さんいなくなっちゃうんですか?」
「残る理由がないからね。俺たち魔術を学びにきたわけじゃないし、魔術大会が終わったら聖教国に戻るよ」
「お前らこそどうなんだ? 別に魔術を学ぶためにここに来たわけじゃないでしょ」
「あー、私たちせっかく外に出たんだからしばらくはここで色々学ぼうかと。きっとお母さんも緑神様も許してくれます。でも流石に卒業までいるかはわかりませんね」
「ふーん」
母親を蘇らせる知識を得るために学院に来たモルティスは今はその気はないようだし、ルイも連れ戻すために追ってきただけでナルダッドにいる理由は大してないだろう。しかし、一応ここは世界最高峰の魔術の学校。残って色々と学ぼうとするのも納得できる。
「で、話戻すけど、エイデンは誰に負けたの?」
「シルワの前寮長だ」
「前ってことはもういないの?」
「ああ、去年で3年目だったからな。あいつがいないなら、腹立つけどお前に勝てそうなのは今年はいないぞ」
「そっか。でも怖いのが1人だけいるな」
反転魔法陣による相殺を行えば俺は学院にいるほとんどの魔術師に勝てる自信がある。が、唯一勝てると断言できない人物が今のところ1人だけいる。
「あ? 誰だ?」
「アイン・ジュラメント。魔力計測器を壊した人」
「噂のバケモンか。まだ見たことねぇな。強いのか?」
「一回会ったけどまだわからない。弱くはないはず」
アインは異質だった。不気味と言ってもいい。ミハイルやノレア、フォルトゥナのような超越者ほどじゃないけれど、明らかに普通ではない。
「はい。りんご」
机の上に皿に乗った切られたりんごが置かれた。みんなで食べながら話を続ける。
「ティアは出るの?」
「大会にか? 出るわけないだろ。めんどくさい。観戦してるよ」
ここ最近体を動かせていないのでストレスが溜まっているかと思ったけど、意外とそうじゃないのかもしれない。
「それじゃここにいる中で参加するのはモルティスとエイデンだけか」
「そうだな」
「テメェ、今回は棄権すんなよ。今度こそどっちが上か教えてやる」
「ああ、勿論だ。俺もまだあの時の決着をつけたいからな」
視線は俺に向けられた。
「確かに決着ついてなかった」
モルティスとの戦いは悪魔が現れて中断された。終わっていない。まだモルティスなら俺の知らないものを見せてくれるかもしれないし少し楽しみだ。
******
エイデンの研究室から解散したあと、地下からの階段を上がった広間でモルティスに呼び止められた。なにやら2人きりで話したいようだったので、みんなを先に帰らせた。
「先に俺から。フォルトゥナにありがとうって伝えた。気にするなだってさ」
「そうか。助かったよ。けど、気にするなか。優しい人だな」
あれが優しさからの言葉だったかは定かではないが。
「あとフォルトゥナに聞いてもわからなかったもうもう一回確認。悪魔がどこから来たのかはやっぱりわからない?」
「わからない。この塔で夜たまたま出くわした。何故魔大陸から出てこれているのか聞いたことはあったが、答えてくれなかったな」
「そっか。ありがとう」
やっぱりあの悪魔についてはわからないままか。あとは任せるしかないな、これは。
「それで話って?」
「母が死んだ時の話で聞きたいことがある」
何故俺に聞くのか。首を傾げた。
「確か変な奴が家に入ってきて襲われたんだよね?」
「そうだ。そいつについてちょっと気になってな。仮面をしてたんだ」
「仮面? ティアたちと同じの?」
「いや、違う」
「あ、違うんだ」
あの仮面はノレアからもらったものの筈だ。モルティスたちの家を襲ったのがあの仮面を被った人物だったとは考えにくいと思ったけど、やっぱり違うみたいだ。
「確かに仮面つけてる奴は珍しいけど君たちを疑ってるわけじゃない。まあでも聞きたいのはその仮面をつけた奴についてだ。そいつがしてた仮面には歯車の模様が刻まれていたんだけど、心当たりはあるか?」
「ない」
歯車の刻まれた仮面なんて見たことも聞いたこともない。
「修道服を着てたから聖教国の組織の人間かと思ったんだが、違うか……」
「見たことないね」
修道服を着た仮面の女、か。やはり知らない。俺がいる間にアンゲルスにそんな情報が回ってきたことはない。
「でも急にどうしたの? 仮面の人がどこにいるか知りたいの?」
「あの女はもう死んでる。だから居場所じゃなくてどこから来たのかぐらいは知りたかった。けど、そういうのに詳しそうな君に聞いてもわからないなら無理そうだな」
「──おーい! 君たちー!」
本館に続く通路から手を振って走ってくる人物がいた。20代ぐらいだと思われる若い男だ。制服を着てないから生徒ではないのはすぐにわかったが、教師というわけでもなさそうだった。そう思った理由は、男の腰。そこには剣が携帯されていた。……それもおそらくただの剣じゃない。
「お話ししてる最中にごめんな! 学院長室ってどこかわかる?」
「来た道を戻ったところの最上階ですね」
「え?! マジかぁ。やっぱりみんなの後ろついてくるべきだったなぁ。怒られるのやだなぁ──ま、いいや! 教えてありがとう! ばいばーい!」
男は踵を返して走り出した。あっという間に消えてしまった。
「なんだったんだ?」
残された俺とモルティスはただ困惑していた。
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