第24話 質問
「すまなかったな。ずいぶん待たせてしまった」
部屋に入ってまずフォルトゥナが口にしたのは謝罪だった。とりあえずソファに座る。
「いいよ。急いでるわけじゃなかったから」
もう片付いた後だ。焦る必要は特にない。
「それで、ワタシに話とはなんだ?」
「確認しておきたいことがあった。あの悪魔のこと、知ってたでしょ?」
超越者が自分のテリトリーに悪魔なんて存在がいることを把握してないわけがない。いること自体は気づいていたはずだ。
「その聞き方からしてオマエの中ではそう確定しているのだろう? ならわざわざ聞く必要はない。そう思っておけ。ワタシは知らなかったと言っておく」
「悪魔について話すは気ない?」
「知らないからな。話しようがない」
困るな。どう報告すればいいのか。
「なんで悪魔がいたのかは心当たりある?」
「ない。そもそもの話、今更悪魔と関わるメリットがワタシにはないんだ。どうでもいい。興味がない。その件に関していくら聞いたところで無駄だ」
言葉通り無駄そうだ。どう聞いても同じような結果になるだろう。ならやめだ。
「モルティスについては?」
「……リュディールとは、過去に話したことがある」
間をおいて、話し始めた。
「リュディールはワタシに会って早々に死者を蘇らせる方法を教えてほしいと言ってきた。できるかどうかじゃない。どうすればいいのかを聞いてきた。死者は蘇らせることができると確信があったんだろうな。あるいはそう思い込もうとしていただけかもしれないが」
「質問されて、なんて答えたの?」
「教えた」
「え?」
「方法を教えたと言っている」
予想外だった。
「ワタシはどうすれば死者を蘇らせられるか教えた。だが、それはリュディールにとって不可能な方法だ。故に再び聞かれた。他に方法はないのか、と。それに対しての答えはノー。知らないと言った。が、方法がないとは言わなかった。何事にも抜け道はあるからな。それ以降のことでワタシがリュディールについて知っているのは、ずっと方法を探していたということだけだ。まあでもリュディールは優秀で、終着点は示していたからいずれは自分にできる方法を見つけ出すとは思っていたがな」
「なんで止めなかったの?」
「…………」
無言。返答はなかった。これに対してもまともに答える気はないんだろう。聞いてるだけ無駄そうだ。
「……そういえばリュディールの容体はどうなった?」
「もう治って復帰してる。深淵の力に侵食された後遺症とかはないみたい」
「そうか」
「あともし自分よりも先に会えたら伝えてくれって言われたから伝えておく。処遇に関してありがとうだって」
悪魔と契約して死者を蘇らせるという禁忌を犯そうとしたモルティスだったが、罰は与えられなかった。フォルトゥナの判断らしい。悪魔の存在を見逃していたり、死者を蘇らせることを禁忌だと思っていないようなのでそれが理由かもしれない。
「律儀な奴だ。罪はないというのに。ワタシからも気にするなと伝えておいてくれ。で、他に聞きたいことは?」
「執行者として聞きたいことはないかな。意味なさそうだし」
フォルトゥナに聞きたかったのは悪魔がここにいた理由だけ。執行者として聞きたかったことは早々になくなってしまった。けれど、聞きたいこと自体はまだある。
「……あ、そうだ。アインに会ったよ、さっき」
「ん? 逆に今まで会ってなかったのか?」
「? なんで?」
「いや、あの子はオマエに会いたがっていたからな。もうとっくに会っているものかと思っていた。で、どうだった?」
「変だった」
「ふふっ、そうだろうな。あの子は変わっている」
さっきまでの話とは打って変わって、アインについて話すフォルトゥナは楽しそうだった。親だからだろうか。
「俺のこと知ってたけど、フォルトゥナが話したの?」
「いいや、話してない。話す前からあの子はオマエのことを知っていた。あれは2年ほど前か。ある日突然言い出したんだよ。シンという名前とその名前の人物が運命の人だと」
「原因はわからない?」
「わからないな。あの子もそれ以上話してくれなかった。だから驚いたよ。入学希望者の名簿を見た時に本当にシンという名前の人間がいて、しかもミハイルと同じ姓なのだから」
わからない、か。そうなるとすごく怖い。俺は出会った人の顔は全て覚えているが、その中にアインはいなかった。完全に初対面だ。声も聞いたことはないと思う。
「まあ変わっているが悪い子ではない。そこは保証しよう。容姿もいいだろう。どうだ? あの子を嫁に貰わないか?」
「そんなこと言われても困る」
「だろうな。言ってみただけだ。結婚を強要する気は微塵もない。けど、ずっとぼーっと生きてるだけだったあの子が、初めて執着したのがオマエだ。ワタシもよくわからないし、オマエからしてもよくわからんだろうが、できれば構ってやってくれ」
「わかった」
「頼んだぞ。あぁ、一応言っておくと、オマエも悪い人間ではなさそうだし、もしあの子のことを好きになったらいつでも結婚はして構わない」
「多分ないと思う。俺そういうのわからない」
「誰かを愛したことがないか?」
「ない」
いわゆる恋愛というのがわからない。女性を見て綺麗だとは思う。ノレアなんかは特に。でも恋愛感情を抱いているかと言われればそんなことはない。もちろん嫌いではないが、そういう愛し合う男女の関係になりたいとは思わない。
「ワタシもそれは理解できる。最初はそうそうだった。だが、関わり続ければ抱く感情というのは変わっていく。心とはそういうものだ」
「経験?」
「そうだな。経験だ」
フォルトゥナと斬撃の超越は共に旅をしていたという話を聞いている。もしかしたらその時のことかもしれない。と、そう考えると一つ疑問が浮かんできた。
「ねぇ、アインって本当に義子なの?」
「? 何故だ?」
「ウォレスとの子供なのかなって。旅してたんでしょ?」
「ミハイルからどこまで聞いている?」
「フォルトゥナとウォレスが一緒に旅をしてたってことだけ」
「ふむ……。結論だけ言うとアインは本当に実子じゃない。第二次天魔大戦でほとんどのエルフは死んだ。あの子はその時の生き残りで、ワタシがたまたま拾った」
第二次天魔大戦の影響でいくつかの種族、特に西の大陸に住んでいた種族は相当な数が減った。基本的に生まれた森から出ることのないエルフもその一つであり、記録によるほとんどのエルフが住処であった森ごと滅んだとされている。生き残ったのは森を出ていた変わり者だけらしいが、どうやら1人だけ例外がいたようだ。
「もしかしてドロシーも?」
「ん? いやアイツは違うぞ。アイツは森を出たエルフと人間の間でできた子供だ。第二次天魔大戦の後、色々と縁があってワタシの弟子になった」
「へぇ」
エルフと人間の子、つまりハーフエルフか。珍しい存在だ。でもそれよりもドロシーには特異な点がある。
「先に言っておくが、ドロシーの魔力については聞かれても答えられない。詳しいことはワタシも知らん」
聞こうと思ってたのに先に釘を刺された。
「なら歌は? 校舎の外で歌ってるのを聞いたんだけど、この大陸の言語じゃなかった」
「……それも答えられないな。他人であるワタシが話すようなことじゃない。聞きたければ本人に聞け」
「わかった」
歌自体に興味はない。ドロシーにも特に興味はなかったけど、深淵の力に侵食されないあの魔力を見てしまったため話が変わった。あんなの聞いたことがない。調べる必要があるだろう。
「ありがとう。もう聞きたいことはない」
ここに用はなくなった。
「そうか。では次は魔術大会の後になるな。約束した通り優勝したら黒の異形についての話をしてやる」
「うん。それじゃ」
俺は部屋を後にした。
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