第23話 アイン

 悪魔を殺してから17日が経過した。学院に来てからはもう1ヶ月以上経っている。アンゲルスに報告したのが15日前、返事はその日のうちに来ていたがまだノレアは現れていない。手続きをする必要があるらしく最短でも1週間という話だったけど、時間がかかりすぎている気はする。何か問題があったのかもしれない。

 まあでも俺たちとしてはそれでも別によかった。というのも、まだナルダッドにはいるつもりなのでノレアの到着が遅れても不都合があまりない。強いて言えば深淵の力を封じてるためフィアの亜空間が使えないことぐらいだ。


 「今日はこれで終わりとする。あと来週はいつも通り自習だ。この教室に来る必要はない。それと最後に、シン・エルドフォール。学院長が呼んでいた。学院長室に向かえ」

 「はい」

 「では以上。また再来週に会おう」


 魔術社会学の講義を担当する老人──バートが退室した。バートはこの学院の副学院長。ドロシーにチラッと聞いた話では、本来フォルトゥナがやるべきなナルダッドの管理に関する重要な仕事などを押し付けられている苦労人らしい。あとはこれはドロシーからの情報じゃなく事前の調べでわかっていたことだが、バートはフォルトゥナの一番弟子のようだ。第二次天魔大戦の最前線で戦い生き残ったとされるその実力は確かなもののらしく、超越者であるフォルトゥナを除けば現代の魔術師の中で最強だと言われている。確かに威厳がある。けどまだ一回も魔術を使っているところを見たことがない。バートが隔週で受け持っている講義は学院で唯一魔術を使うものじゃないからだ。だから実際のところの強さを目にしたことがない。まあ敵対するようなことはないだろうからどうでもいいことだけど。


 「シンさん。何したんですか?」


 横に座るルイが声量を小さくして心配そうに尋ねてきた。

 副学院長が直々に、学院長の部屋に来るように言ってきた。この事実だけ羅列して見るとルイの反応も当然なのかもしれない。周りの生徒たちからも一体何したんだという視線が向けられてしまっている。


 「あの悪魔の件で話を聞くだけ」

 「あー、なるほど」


 悪魔を倒してすぐにドロシー経由でフォルトゥナと話をさせてほしいとお願いをしたのだが、忙しいらしく中々会うことができなかった。ようやく今日時間を取れたようだ。


 「……やっぱり学院長は悪魔のことを把握してたんでしょうか?」

 「してたと思う」


 していないわけがない。モルティスのやっていたことまで把握していてもおかしくない。今日はそれらのことについて詳しく聞く。


 「気をつけてくださいね」

 「うん」


 教室を出て廊下でルイと別れた。

 現在地は全ての塔に繋がる本館。大半の講義はここで行われる。それは他の寮も同じで、講義自体は別々だがアウィスだけでなくシルワ、マラキアの寮生たちも本館にいる。姿も見る。けど何か関わりがあるわけではない。まだ歪な魔力の原因がわかっていなかった時ならいざ知らず、今は他の寮生と知り合う必要性が皆無だ。なのでコミュニケーションを取ることがない。


 「……?」


 フォルトゥナの部屋は最上階。今はゲートも使えないので歩くしかない。というわけで向かおうとしたところ、進行方向で妙な動きがあった。

 廊下にいた生徒たちが、まるで王族でも通るかのように道を開け始めた。教師でもああなるのはバートかフォルトゥナぐらいだと思う。どちやかがこちらに来ているのかと思って見ていると、歩いてきたのは予想とは全く別の人物だった。

 生徒だ。尖った耳の少女が歩いていた。エルフのようだが、それが理由で他の生徒たちがあんな反応をしているわけじゃない。何故ならここには人間以外の種族も結構いる。例えば獣人やリザードマン、ドワーフなど。確かにエルフは希少な存在で数は少ないけれど、少女があんな対応をされる理由は別にある。

 実物を初めて見たが、その理由を俺は知っている。


 「あら」


 自分のために開けられた道を歩くその姿は、本当に王族なのかと思わせるほど堂々としていた。まるでそれが当然のようだった。

 そんな少女が俺の姿を視界に捉えるとくすりと笑った。


 「こんにちは」


 俺の前で止まった。そして挨拶。

 初対面だ。だというのに旧知の仲であるかのように微笑んで話しかけてきた。何も言わないわけにもいかないのでこちらも「こんにちは」と言っておく。


 「ようやく会えました」

 「俺のこと、知ってるの?」

 「ええ。もちろん知っています。シン・エルドフォール。あなたに会うためにわざわざこんな学校に入ったんですから」

 「…………」


 予想外だ。島に来る前に彼女について調べているので俺が彼女のことを知っているのは当然だが、彼女が俺を知っているのは理由がわからない。俺は別に有名人ではない。どうなってるんだ?


 「私のことは知っていますか?」

 「……アイン・ジュラメント」

 「ふふ、嬉しい。やっぱり知ってるんですね」


 この少女の名前はアイン・ジュラメント。事前の調べによるとフォルトゥナの義子だそうだ。ミハイルにも聞いているので間違いないはない。

 何故彼女について調べたのかというと入学試験の際に保有する魔力量が多すぎて、魔力計測器を破壊した者が現れたという話を耳にしたからだ。未知の場所に行くのだから、当然自分達に危険を及ぼす可能性のある存在は把握しておく必要があった。なので調べてみたところそんなおかしな魔力を持っていたのはフォルトゥナの義子であるアインだったというわけだ。

 ちなみに魔力計測器というのは手をかざすとその人物の魔力量が数値となって現れる魔道具のことだ。上限はおそらく999とのことでアインの魔力量はそれ以上ということになる。最低でも俺の10倍以上はあるということだ。


 「なんで俺のことを知ってるの?」

 「聞いたんです」

 「誰に?」

 「秘密、です」


 教えてくれる気はなさそうだ。質問を変えよう。


 「なんで俺に会いたかったの?」

 「わかりませんか?」

 「うん。わからない」

 「そうですか……。少し口にするのは恥ずかしいですが……運命、ですかね」

 「答えになってる?」

 「なっていますよ。あなたは私にとって運命の人なんです。なので会いに来ました」

 「…………」


 よくわからない。アインは変な人なのかもしれない。


 「会えたということはここで行う用事は片付いたみたいですね。これからよろしくお願いします。仲良くしましょう」

 「……どこまで知ってる?」

 「さあ、どこまででしょう。それよりもお母様のところに行くのですよね? どうぞ行ってください。引き留めてしまって申し訳ありませんでした。それでは」


 アインは言いたいことだけ言って一礼するとまたさっきまでと同じように歩き出した。俺は呼び止めることなくその背中を見送った。

 不思議な少女だ。事前の情報でも魔力量とフォルトゥナの義子ということ以外わからなかったのに、さらに謎が深まった。フォルトゥナに彼女のことについても聞いてみよう。

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