第19話 精神干渉

 シンさんが通った穴が閉じる。あっという間の出来事で目を奪われてしまったが、そんな場合じゃない。すぐに視線を兄さんに戻した。

 今も苦しんでいる。けど、黒が肌を侵食するペースが遅くなっていた。兄さんは抗ってるのかもしれない。


 「どうするんだ?」


 横にいるティアさんからの質問。どうするかと聞かれても正直深淵の力についてよく知らない。母から禁忌の一つであり、触れてはいけないものだと聞いたことがある程度だ。調べてるのも良くないと言われていたのでそれ以上の情報がない。でも、やるしかない。せっかくシンさんがチャンスをくれたんだ。無駄にしたくない。


 「私が魔術で兄さんの精神に干渉して深淵の汚染を取り除きます。手を突っ込んで引っ張り出すみたいなイメージです。精神の核に到達してなければまだ助けられる」


 もちろん確証があるわけじゃないけど私にできることはこれしかない。


 「それ、もし成功しても結局お前に移るだけだろ」

 「…………」

 「おい」

 「……まあ多分そうなんですけど、なんとかしてみます」

 「なんとかって、お前な」

 「もう見たくないんです。家族が目の前で苦しむ姿は」


 私は兄さんに助かってほしい。それだけ。私が助かる必要性はそんなにない。


 「……まともじゃないな、お前も」


 その言葉を聞き流し、私は兄さんの前に屈んだ。時間がない。始める。


 「待て」


 今度は背後からの声。ドロシー先生だ。研究室に入ってから全く話してなかったし、この人も私と似たような外の立場の人なんだろうか。


 「先生?」

 「私の魔力を送る。それを自分の魔力に混ぜろ」

 「どうしてですか?」

 「あんまり言いたくないんだけど私の魔力は特殊なんだよ。深淵に侵食されない」

 「……!」


 これ以上ない助け舟だ。


 「魔力の相性が悪くて拒否反応が出た場合はそこで終わりだ」

 「引っ張り出した後、深淵の力だけを物理的に隔離できるか?」

 「やったことないからわかるわけないだろ。一応結果としては持っているけど触れてないって状態ができるはずだけど、それを隔離と言えるのかはよくわからない」

 「とりあえずやりましょう。時間がない」


 取り出した後の話は取り出した時に考えればいい。苦しんでる兄さんを救う方が先だ。


 「先生お願いします」

 「ああ。触るぞ」


 先生の手が私の背中に触れた。温かいものが体に流れ込んでくる。他人の魔力を感じたのは久々だ。これで2回目になる。1回目はお母さんに魔力操作について教えてもらった時だ。懐かしい。お母さんの顔が思い浮かんだ。


 (……私に力を貸してください)


 亡き母に願いながら、私は兄さんの胸に手を当てた。魔術を発動する。ここから兄さんの内側に手を伸ばして深淵の力に──


 『キエロ』


 「いっ……!」


 憎悪、明確な敵対心。これまでの人生で感じたことのない吐きたくなるようなドロドロとした感情が私の中に流れ込んできたのと同時に、弾き出された。


 「どうした?」

 「入れない……」


 深淵の力を引っ張り出せるのか、私が気にしていたのはそこだったけど、それ以前の問題だ。兄さんの内側に入ろうとした瞬間に弾き出される。そもそも干渉ができない。


 「なんで?」


 私にもわからない。こんなの初めてだ。

 考えろ。時間がないんだ。

 精神に抵抗力というものはある。けどそれは干渉をし辛くさせるものであって、させないものじゃない。抵抗力が機能するのは干渉している最中だ。となると弾き出された要因は別のところにある。着眼点を変える。つまり干渉という行為を妨害されたわけじゃなくて、干渉するための魔術を妨害されたという可能性がある。なら弾かれた原因は……


 「……魔力」

 「は?」

 「魔力です。兄の中の流れが激しすぎて干渉が拒絶されます」


 膨大な量の魔力を循環しようとすると許容量を超え、その結果、体に光る青い筋が浮かび上がるらしい。それが今回は見えていない。もしかしたらまだ兄の体では許容範囲内なのかもしれないが、おかげで気付くのが遅れてしまった。


 「激し過ぎるって、どうしてだ?」

 「深淵の侵食に抗うために魔力循環を速めてるかもしれないです」

 「どうする? 魔力循環は本人以外がいじれるものじゃないぞ」

 「…………」


 どうにかして魔力循環を止めないと内側に介入できないけど、その方法がわからない。もしできたとしても私の仮説通りなら魔力循環を止めると深淵の力の侵食が進んでしまう。ダメだ。これは、詰んでいる。突破口が見つからない。考えても考えても何も浮かんでこない。侵食は遅くなっているだけで今も進んでるんだ。これじゃ先に兄さんの限界が来るてしまう。


 「──退け。手伝ってやる」

 「副寮長?」


 いつからいたのか、副寮長のエイデンさんが入口の方から歩いてきた。


 「お前なんでいるんだ?」

 「大きな揺れと変な魔力を感じ取ったから流石に見に来た。状況はよくわからねぇけど、そいつの魔力循環を抑えればいいんだな?」

 「そうですけど……できるんですか?」

 「ああ。魔力で作った楔を何箇所かに打ち込む。完全には止められないが、勢いは弱まる筈だ。それでもいいか?」

 「問題ないです! むしろ求めてました!」

 「ならやるぞ」


 すぐさま副寮長は4つの目の前に赤黒い杭が出現し、兄さんの体に突き刺さる。


 「体を傷つけてるわけじゃないから安心しろ。お前はさっさとやりたいことをやれ」

 「はい」


 再び兄さんの胸に手を当てる。干渉開始。

 今回は弾かれることはなかった。副寮長のおかげだ。ここからは兄さんを侵食している深淵の力を探る。いつものと勝手が違うので手探りでなんとか見つけるしかない。

 ……もっと深くまで潜らないとダメか。

 今の状態としては片腕を川の中に突っ込んで中の状態を確認してる感じだ。船酔いを治すのであればそのままで問題はない。何故ならどこをいじればいいのかわかっているから。でも今回は完全に未知なモノであるためどこを触ればいいのかはわからない。予測はついているけど、取り除くとなるとより正確な情報が必要になる。危険だろうし、そもそもやったことなんてないけど、もっと深く……手だけじゃなくて私自身が兄さんの内側に入るしかない。


 「深くまで潜ります。死んだように見えるかもしれないけど、死んでいないので安心してください。それじゃ」


 伝えることを早口で伝え、私は兄さんの中へと潜った。


 

******

 


 「えぇ、なに?! 大丈夫なの、これ!?」


 兄に手を当てた状態のまま寄りかかってきたルイを慌てて支えながら、ドロシーが騒ぐ。説明は受けとはいえ、あまりにも突然な出来事だ。彼女が冷静でいられるわけがない。


 「落ち着いて。誰にも知識がないんです。とりあえずそのまま彼女が離れないように支えてください」

 「あ、ああ。頑張る」

 「あとこの時間に確認しておきたいことがあります。先生の魔力について──」


 フィアはドロシーに深淵の力に侵食されないという魔力について尋ね始めた。ただの興味というわけじゃないだろう。この状況を解決するためには情報が多く必要だ。そのための質問だろう。もちろん異端と戦う執行者として、対抗できる力を知るための情報収集でもあるだろうが。

 2人がそんな話をしている一方で、残りの2人も会話を始めた。


 「どういう風の吹きましだ。私たちに協力的じゃなかったろ」

 「気まぐれだ」

 「なんかあの2人について知ってたりするのか?」

 「知らねぇよ。妹に関してはさっき初めて見たしな。だから別にあいつらと俺に関係はない。いくら探ろうとしても無駄だ」

 「別に探ろうとしてねぇよ。捻くれてんな、『王子様』」

 「…………」


 それに対してエイデンから返す言葉はない。代わりに視線をとあるものへ向けた。


 「あれは?」

 「モルティス・リュディールが死んだ母を蘇らせようとして出来上がった何かだ」


 視線の先にはもう動かなくなった真っ黒な人型があった。


 「なるほど。クソ寮長がやろうとしてたのは死者の復活か。で、妹がナルダッドに来た理由はなんなんだ?」

 「禁忌を犯そうとする兄を止めるため、ってところだろ。直接あいつに話を聞いてないからわかんないけど、これまでの会話を聞いた限りじゃそれでほぼ間違いなさそうだ」

 「そうか。にしても母親、ね」


 そう言ってじっとモルティスとルイを見つめる彼の目は、まるで過去の何かを見ているようで、憐れみと呼べる感情が宿っていた。

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