第15話 三翼

 「やっぱりモルティスが契約者か」


 ここで出て来たということはそういうことだろう。


 「さて、まずは報告。いい感じに染み込んでたぞ。多分もう十分」

 「思いの外早かったな」

 「だなー。そんなわけだからここからは俺がやる。お前はママを起こしてこい」

 「……戦う必要がなくなった。中断だ」

 「待って兄さん!!」


 呼び止めようとするルイをもはや見ることなく完全に無視し、モルティスは地下への階段を下っていった。


 「止めなくていいのかぁ?」

 「止めさせてくれるの?」

 「いいや、させない。面倒だけど大切なお仕事なんでね」


 ギアスで交わしたのは戦闘が決着した後の話、つまりは決着する以前の段階では何も強制効果は働かない。

 フィアに視線を送る。正直この悪魔がここを通せんぼしていてもこっちにはあまり関係がない。何故なら点と点の移動が可能なフィアがいる。


 「え?」


 予想外なことにフィアが首を横に振った。まさかと思い俺も確かめてみたが、ゲートを開くことが出来ない。何故だ?


 「ズルはダメだぞぉ」


 理由を知ってそうな悪魔がいた。


 「何した?」

 「なんのことだ? 俺はなーんにもしてないぞ?」

 「白々しい」

 「心外だなぁ。で、それはともかく、やるの、やらないの? できればやらないでいてくれた方がありがたいんだけど。戦うの疲れるし」

 「やるに決まってる。フィア、ティア」

 「お、いいのか」

 「うん。なんか嫌な予感がするからさっさと終わらせよう」


 立場的に死者を蘇生させるなんて行為は止めないといけない。それに、何か妙だ。このままだと何か良くないことが起きる気がしてならない。


 「えー、一対一じゃないのかよ」

 「あまり余裕がないから」

 「めんどくさ。ま、いいけど。とりあえずこの先行きたいなら俺を倒してくれ」


 黒い翼が広げられた。これは知っている。前に見た。


 「深淵属性の魔力弾が来る。避けて」

 「「了解」」

 「ネタバレすんなって」


 黒い弾が俺たちを襲う。ドロシーは自分の身は守れるだろうから心配する必要はないだろう。であれば、俺たちは距離を詰める。ティアと俺は弾を避けつつ前に出た。


 「いやぁ、困る困る」

 「そういうのは本当に困ってから言えよ、な!」


 瞬く間に至近距離へと迫ったティアは悪魔の頭めがけて蹴りを飛ばす。常人であれば殺せる威力だ。しかし、悪魔はそれを腕で難なく受け止めた。腕が折れている様子もない。


 「ちっ」

 「イラつくなよ」

 「うるせぇ」


 ティアはその声とともに、受け止められた足を支点として器用に体を捻り、反対の足で再び蹴りを繰り出した。受け止められなかったのか、これを悪魔は躱す。

 ちょうどいい隙ができた。攻撃のチャンスだ。とはいってもゲートが開けないため武器がない。殴る。もちろんただの拳ではないが。


 「〈インパクト〉」

 「〈エンチャント・ホーリー〉」

 「《インクリース、二重奏(デュエット)》」


 短縮化した詠唱型魔術を行使し、さらにティアと後方にいるフィアによる支援を受けた拳で悪魔を殴った。結果、悪魔は吹き飛び壁に衝突する。かに思えたが、直前で誰かに止められたかのような不自然な形で停止した。


 「うん。痛いな、普通に」


 何事もなかったかのように俺たちの方に歩き始めた。不気味だ。


 「にしても驚いた。まさか同族がいるなんてな」


 そう言って悪魔が目をやったのはティア、そして次にフィアだった。ティアがそれに対して露骨に嫌そうな声を出す。


 「あぁ? 誰がテメェと同族だ。気持ち悪い」

 「そんな嫌がる? でも確かに半分だけみたいだしお前らを同族って呼ぶのは他の奴らに失礼か? クソほどどうでもいいけど」


 何か変わった。そう判断して一旦引く。ティアもそれに合わせて後退した。


 「3人、いや、そいつもどうせ絡んでくるだろうから4人か」

 「ひっ」


 ドロシーの怯える声が聞こえた。俺としては戦わせる気はないけど、どうせ教師だからと言って介入してくるだろう。となると悪魔が相手するのは4人になる。


 「流石に骨が折れるなぁ、これ。てなわけで、ちょっと本気だ」

 「が、っ……!」


 視界にいたはずのティアの姿が苦痛を吐き出したような声とともに消えた。それと同時にティアがいたはずの場所に悪魔が立っていた。


 悪魔に限らず、この世界では翼を持つ存在の格はその翼の枚数で決まる。最高は十二翼……とされているらしいのだが、ノレア曰く「これまでこの世界に現れた十二翼は天神と呼ばれていた存在以外にはいない」らしいので、実質最高は十翼だ。で、なぜ翼の枚数で格が決まるのかというと単純に強さが変わるからだ。二翼と十翼じゃ比較対象にすらならないという。だが勘違いしてはいけないのは、その強い弱いというのはあくまで彼らの基準であるという点。二翼でもただ人間から見ればとんでもなく強い。彼らは種族的な基礎スペックが多種族よりも圧倒的に高いのだから当然だ。とはいえ、勝てない相手というわけでもない。事実第二次天魔大戦では人間は悪魔と戦っている。俺も先日この目前にいる二翼の悪魔と戦ってみて、全力を出していないのは察していたけれどそれを差し引いてもこの程度なら負けることはないと思っていた。そう、思っていた、だ。


「三翼……?」


 悪魔の背中から三枚目の翼が生えている。四枚目はない。

 偶数じゃないためにあまりにも不格好だが、そんなのはこの際どうでもいい。それよりも問題なのは悪魔の枚数を隠していたこと。認識を改める必要がある。この悪魔は二翼の悪魔よりも上の次元にいる。


 「んじゃ、続けよう。第二ラウンドだ」

 「…………」


 ティアのことが心配だが、余裕がないなこれは。

 武器がないまま近接戦闘が再開される。悪魔のスピードがさっきの比じゃない。こっちも魔力の循環速度を上げる必要が出てきた。


 「掴ませろよ」

 「危ないでしょ」

 「深淵の魔力を流すだけだ」


 魔力の性質上、俺は深淵属性に対し耐性を持っている……らしいが、完全な耐性というわけでもない。直接体に流されれば多分ただじゃ済まない。あの悪魔に捕まれば終わりだ。

 だから掴もうとしてくる悪魔の動きに細心の注意を払う。


 「……決定打に欠ける」


 まだ対応できる速さではあるけれど、反撃ができない。このまま現状維持は時間を稼がれるだけ。この悪魔の思う壺だ。何か大きな変化が欲しい。


 「くたばれクソ悪魔!! 《インクリース、五重奏(クインテット)》!!」

 「元気だなぁ」


 変化を望んでいたところで、ちょうど怒りのこもった声と共に復帰したティアが悪魔めがけて拳を振るった。

 ただの拳であれば止められただろう。けど、フィア同様ティアは能力者だ。頭に血が上っていようが、ただの拳で殴るわけがない。


 「……! うぇ、マジかよ」


 受け止めようとした悪魔の右手が腕ごと砕けた。

 ティアの能力は簡単に言えば『増加』だ。ただの殴打でもその威力を何倍にも増すことができる。他人にも増加を適用できるが、真骨頂は自分に適応した時。瞬間火力だけで見ればティアは俺を遥かに凌駕する。


 「はっ! どんなもんだ! クソ悪魔!!」

 「お前も能力者かぁ。もういいや、めんどくさい。全員深淵に……」


 翼を広げた。また魔力を飛ばすなりなんなりしてようとしてるんだろうが、させない。畳み掛けるなら腕が使い物にならなくなった今だ。ティアのおかげで隙がある。

 俺は悪魔の腹部に手のひらを当てた。すると次の瞬間、悪魔が血相を変えてその場から飛び退いた。


 「てめぇ、何をしたぁ……!?」

 「魔力を流した。あんたがやろうとしてたのと同じ。そんな驚くとは思ってなかったけど」


 思っていた以上に俺の魔力は悪魔に効くのかもしれない。前回腕に短剣を突き刺した時以上に驚いていた。好都合だ。このまま魔力でこの悪魔を殺す。


 「あー、クソ。せっかく翼出したのにこの体たらくかぁ……やる気無くしちゃうなぁ。もう逃げちゃおっかなぁ」

 「あ? 逃すわけねぇだろ。ここで死ね」


 ティアの言う通り逃す気はない。モルティスの方も止めなければならないが、目に見えた危険はこっちだ。執行者としての優先順位はこの悪魔の方が高い。


 「こわぁ。でも、ありがたいことにもう時間みたいだ。そろそろ開く」

 「……!」


 塔が揺れた。

 始まったようだ。


 「なぁ、死者を蘇らすことってできると思うか?」


 突然、悪魔は問いを投げかけてきた。俺の中ではもう答えの出ているものなので、迷うことはなかった。


 「無理」

 「そう思うよなぁ。でも不正解。理論的には不可能じゃない。要するに肉体を用意して死んだやつの魂をそこにぶち込めばいいだけだからなぁ。でも、実際に成功した例はないらしい。なんでかわかるかぁ?」

 「魂が用意できないから」

 「そう、正解」

 「……おい、いいのか?」

 「うん。少し待ってて」


 塔は今も揺れているがティアたちには少し待ってもらいたい。


 「入れ物である肉体ってのは簡単に用意できるんだ。が、魂を引っ張ってくるって作業がとんでもなく難しい。魂の保管場所がわかってるけど、どうやったらそこに辿り着けるかわからない。これさえできれば死者を蘇らせることはできるってのに可哀想だよな」

 「ならあの寮長のやってることは無意味じゃねぇか」

 「本来ならな。知ってるか? 深淵ってどこにでもあってどこにでも繋がってるんだよ」


 つまりこの悪魔の発言が真実であるならば、深淵を利用すれば魂の在処に手が届くということだろう。そうなってくれば死者の復活は現実的になる。


 「だからな、俺は手を貸してやることにしたんだ。母親を頑張って蘇らせようとするあいつが可哀想だから深淵の力をくれてやった」

 「結果は?」


 そう尋ねると悪魔はニヤリと笑った。悪魔らしい表情だ。


 「どう思う? 汚ねぇ沼に落としたものを拾うとして、同じものを拾えるか? 拾えたとして、それは元の物と同じか?」

 「……何が言いたい?」

 「まぁ、これからわかるってことだ。俺にとってもこれは確認しておきたいことなんでね。仲良く一緒に結果を見届けようぜ。それじゃまた」


 悪魔の姿が消えた。

 疑問はいくつか出てたが、今は下に行くことが優先だな。


 「シン。ゲートが開ける。しかも多分中まで」

 「え?」


 どういうことだ? この塔ごと妨害が解除された? いや、無理矢理したのか。タイミング的にはあの悪魔。深淵の力があればそれくらいはできるのかもしれないけど、理由が不明だな。考えられる可能性としては蘇らせる際に邪魔になるからとかか。


 「わかった。それじゃ開いて」

 「了解」

 「先生も来て」

 「え、いいのか? こ、怖くて何もできてなかったんだけど、私」

 「大丈夫。そもそも戦闘は期待してない。それよりも先生の壁があった方がいいかもしれないから来て欲しい」

 「よ、よくわからないけど任せろ」


 確証はないけど、ドロシーのあの壁はただ分厚いだけじゃないかもしれない。モルティスとの戦闘でその可能性がよぎった。今回は連れて行った方が有益な気がする。


 「私も、行かせてください」

 「…………」


 そう言うのはルイだ。

 覚悟は、先ほどまでと違って決まっているようだった。


 「いいよ。でも、あの悪魔とまた戦うことになったら守れないかもしれない。身の安全は保証できない。それでも来る?」

 「はい」

 「なら行こう。時間はそんなにない」


 揺れは収まっている。よかった、とはならない。もう終わってしまったという可能性があるからだ。

 俺たち5人はフィアの作ったゲートを通り、地下の研究室に向かった。 

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