第14話 モルティス
「ルイ。ちょっといい?」
エイデンから話を聞いた翌日、講義が始まる前に俺はルイに話しかけていた。
「あ、はい。もちろんです。珍しいですね。シンさんから話なんて」
「うん。聞きたいことがあって」
正直放置しておいてもよかったが、確認しておいた方がいいと判断した。その方がスムーズに話が進む可能性があったからだ。
「ルイの家名ってリュディールだよね」
「はい。そうですが、どうかしました?」
「アウィスの寮長もリュディールみたいなんだよね」
「あー、なるほど……」
笑顔から一転、ルイは困ったような顔をした。
「……ここの寮長、モルティス・リュディールは私の兄です」
「そっか。この寮に入りたがってたのはそれが理由?」
「そう、ですね。兄は家を出て行ったんです。だから私は連れ戻しに来ました。でも……決心がつかなくて、まだ会えずにいます」
「決心?」
「怖い……は違いますね。迷ってるんです。いいのか悪いのか。きっと兄がここに来たのは自分のためだけじゃないから」
複雑な事情がありそうだ。
「ティアたちと今から寮長に会いに行くけど来る?」
「え?! 今からですか!? 講義始まっちゃいますよ!?」
「うん。でも今から行く。で、どうする?」
「えっと……その…………」
「…………」
「あー………………」
ダメそうだな。
「……来たかったら追って来て。この塔の研究室にいるみたいだからそこに行く」
「あ……」
無理矢理連れて行くわけにもいかない。それにルイがいなくとも、ドロシーさえいればエイデンのようになんとかなる可能性は十分ある。
俺はルイをおいて、再びアウィスの塔の地下へと向かった。
と、その前に地下へ行く前に寄るところが一つ。
「本当にいた。エイデンってちゃんと講義受けるんだ」
来たのは第二学年の教室。エイデンのいる場所だ。
「……お前な。昨日から当然のように呼び捨てしてるけど、俺の方が年上だからな? 先輩なんだよ、先輩」
「? じゃあ、デン輩?」
「ぶっ飛ばすぞ、テメェ」
嫌そうだった。でも俺は呼びやすくていいと思ったのでこれからも使うことにする。
仕切り直すように大きくため息をついたエイデンは「で、なんの用だ」と尋ねてきた。
「今から行くから一応誘いに」
「今からだ? 夜じゃないのかよ」
「うん。多分思ってたよりも時間なさそうだから」
異常の感知に関して俺は長けているため、何かあればすぐにわかる。という理由があって俺は今回の仕事に余裕を持っていたわけだが、予想外なことに研究室が中の状況が一切わからないほど隔絶された空間だった。つまりはもうあの研究室の中で取り返しのつかない何かが起こっている可能性がある。加えてフィアの話だとあそこは何故か空間に穴をあけることができないらしい。なるべく急ぐ必要がある。
「昨日行けばよかったじゃねぇか」
「昨日はちょっと悪魔を殺すための準備が足りなかった。あと今日確認しておいた方がいいと思ったことがあったから」
「ま、別になんでもいいが、オレはいかねぇぞ」
「どうして?」
「当たり前だろ。俺が行ってなんのメリットがあるんだ? ないだろ。そもそも俺はあいつに関われないしな」
エイデンも来てくれないらしい。まあついでだったので別に支障はないけれど。
「あぁ、待て。そういえばあいつの……いや、なんでもない」
「……?」
「気にすんな。さっさと消えろ」
なんだったのか。言う気がないから気にしてもしょうがない。今度こそ俺は地下へと向かった。
******
場所はエイデンと戦った広間。地下への階段はここにある。
「ルイは来ないの?」
「うん」
「急だったし仕方ないか」
「先生は?」
「そろそろ来ると思う。ほら」
ちょうどよくドロシーが姿を見せた。何やら周囲をすごい気にしている。
「こんな時間にここにいるのがバレたら怒られるんだろうなぁ……」
「一限目に受け持ってる講義はないんでしょ?」
「ないけど本来講義受けるはずのお前たちといるのは問題だよ」
「今更だろ」
「それは確かにそうなんだけどな」
実際今更ぐだぐだ言ったところでどうしようもない。現在進行形で魔術による監視の目は俺たちを捉えてる。今もあの目の向こうに誰かがいるかはわからないけど、これについてはドロシーにいう必要はないか。伏せたまにしておこう。
「それじゃ行こう。さっさと終わらせる」
階段へと向かう。準備はして来た。問題はないはずだ。あとは悪魔を殺すだけ。寮長の研究室にいなかった場合は困るけど、それはそうなった時にどうするか考えよう。
「止まって。下がって」
「え? どうしたいきなり」
「早く」
階段に差し掛かろうとしたところで俺はみんなを止めた。そして階段から離れる。理由は簡単。誰かが階段を登ってきているから。
「──4人、か」
「寮長、で合ってる?」
「ああ。一応アウィスの寮長をしてる」
階段から現れたのはこれから会いに行く予定だった男。アウィスの寮長、モルティス・リュディールだった。確かにエイデンが陰気だと言うのも頷ける見た目だ。ひたすら暗くて黒いオーラを纏ってる感じがする。
さて、どうするか。これから会おうとしていた人物が目の前に現れた。エイデンの話だと2ヶ月ほど研究室に籠っていたという何故出てきた。
「俺に、用があるんだろう。君たちは」
しかも事態を把握していそうだ。なら、
「寮長の研究室を見せてほしい」
隠す必要はない。
「理由は?」
「見たいから」
「断る」
「だと思った」
「魔術師にとって研究室とは生きがいだ。自分の魔術を高め、新たな場所へと向かう、自分だけの空間だ。他人が入っていい場所じゃない。例え教師がいようとも」
モルティスの視線はドロシーに向けられる。どうやら教師がいても中に入れてくれないみたいだ。こうなってくると穏便な解決は無理だな。
「エイデンは入れてくれたよ」
「彼は魔術師じゃない。ただ魔術を使ってるだけだ」
それは俺と同じだと思いつつ、話し合いはそろそろやめることに決めた。このまま話してるだけじゃ埒が開かない。
「勝負しよう」
「なに?」
「エイデンともしたんでしょ。寮長の座を賭けて」
「寮長になりたいのか? 君は」
「いや、全然。ただ寮長の研究室に入りたいだけ」
最終手段だ。実力で片付ける。
「なるほど。自信があるようだな」
「エイデンよりは強いよ。で、やってくれる?」
「構わないとも。君が勝った場合は俺は君の言うことを聞こう、で、そうなると俺が勝った場合はどうする?」
「エイデンの時はどうしたの?」
「二度と関わらないという条件にした」
だから関われないって言ってたのか。
「いいよ。じゃあそれで。負けたら俺は寮長には今後関わらない。ギアスは?」
「結ぼう。血を」
ギアスを結ぶのに必要なのは血だ。俺とモルティスは指を切って床に血を垂らした。準備はこれだけ。次は簡単な詠唱。
「世界よ、我らは誓う。我らの血を持ってこの誓いを確固たるものにしたまえ」
モルティスが言葉を言い終えると俺たちの血は発火し、やがて蒸発して消えた。これでギアスは結べた。あとは戦闘をするだけ。
「勝ち負けはどう決める?」
「地面に背中がついたらとかでいいんじゃない。あと気を失ったら」
「ならそれで。合図は?」
「そっちに合わせる」
「自信があるんだな。それでは──」
距離を取る。広間の端と端。これだけ離れればいいだろう。
「──始めよう」
まず動いたのはモルティス。12個の魔法陣を展開した。層は4。文字列は全て同じ。文字数は89。記号14。問題はない。これであれば対処できる。
「消えた。反転相殺か」
12個の魔法陣を打ち消した。すぐに俺が何をしたのか理解したようだが、どうしようもないはずだ。俺はそのままモルティスに接近する。
「無駄」
層、文字列、文字数、記号、それぞれが違う魔術の魔法陣が計11個生成された。流石の対応速度だ。が、足りない。俺は瞬時に全て相殺できる。
「自信あったのはこれが理由か。確かにこれなら副寮長に勝てる。だが」
展開された魔法陣は4。何故ここに来て数を減らしたのかはわからないけれど、距離的にこれさえ相殺すれば俺の距離だ。勝てる。
「これならどうなる」
「……なんだ?」
おかしい。おかしなことが起きている。
魔法陣を構成する文字がリアルタイムで変化している。定まらない。これじゃあなんの魔法陣なのかわからない。反転させることができない。
間も無く3つの魔法陣が光り、中心から黒い球が射出された。躱せない。防御するしかない。俺はすぐさま自分の正面に魔力壁を形成した。今回はエイデンの時と違って魔力の阻害はされていない。それなりの強度はある。
「煙幕……」
魔力壁にぶつかった黒い球は即座に黒い煙幕をばら撒いで爆散した。最初からこれが狙いか。ならどう動く。魔力壁はそのままだ。まだ魔法陣が残り一つあるはず──
「──っ……!?」
腹部から謎の痛みを感じた次の瞬間、俺の体は壁へと打ち付けられていた。吹き飛ばされたんだ。多分あの残してあった魔法陣にやられた。
あれは間違いなく特殊な魔術だ。何故なら痛みを感じたのは腹部。つまり魔術は正面から飛んできているからだ。俺は自分の正面に魔力壁を張った状態だった。魔力操作にはそれなりに自信がある。ノレアからお墨付きをもらっているほどだ。だからおかしい。俺の魔力壁を貫通できるほどの魔術をモルティスが行使したなら見えてなくとも事前に気付けた。嫌でも気づく。となってくると一つの可能性が出てくる。
「今ので意識があるのか」
全てを侵食する力。深淵属性の攻撃魔術ならば魔力壁を貫通してきても合点はいく。けれど俺の体が侵食されている様子はない。深淵属性ではないのか、あるいは深淵属性は侵食するだけじゃないのか。まあどっちでもいい。侵食されていないのならいい。それよりも、
「やっぱり、ノレアの言うことは正しいな」
変化する魔法陣。あんなもの知らない。ノレアからも教えてもらったことがない。あれはまるで相殺させないための魔法陣だ。
ここで学べることなんてないと思っていたけれど、どうやら間違っていたみたいだ。
少し楽しくなってきた。
「あんなの初めて見た」
「反転相殺をさせない最も有効的な魔法陣展開の仕方だ。君の反転相殺は効かない」
「そうかもしれない。もう一回やろう。どっちにしろ勝負は決まってない」
モルティスはまた4つ魔法陣を展開した。数は増えていない。あの魔法陣を使う時の限界が4つまでなんだろう。
さぁ、魔法陣の文字が変化し始めた。考えろ。さっきので情報は得れた。変わらないのは魔法文字の文をつなげる役目のある補助記号、魔法陣の中央に位置する核記号。そして層と文字数。こうやって整理していくと変化しているものは少ない。つまり俺が意識を割くべきなのは文字がなんなのか、これだけということだ。文字数が変わらないのはとても大きい。おかげで可能性が生まれた。
「……うん。いける」
見えた。
「……!? あれを、相殺した……?!」
今まさに発動するという瞬間、魔法陣は全て消えた。相殺することに成功したんだ。
「全て目で見て反転魔法陣を形成したのか……?」
「うん。発動するタイミングで文字が固定されるのはわかってたからそこを狙った」
「そんな馬鹿な……。確定してから発動まで一秒にも満たないんだぞ?」
「それだけあれば十分だよ。ほら、続きをしよう」
「尋常じゃないな……」
この人はもっと見せてくれる。もっと教えてくれる。俺はまだ学べる。知らない世界を知ることができる。
「──兄さん!!」
上からの声。俺の位置からは見えないけれどこの声は覚えている。
「ルイ……? 何故ここに?」
ルイがいる。結局来ることを選んだようだ。とはいってもタイミングがあまり良くないな。交渉の段階は終わっている。いや、でもモルティスはルイが現れたことに対してとても動揺している。まだ可能性はあるか。
「私もここに入学したんです。兄さんを連れ戻すために」
「連れ戻す……?」
「兄さんがここに来た理由はわかってます。でも、ダメなんです。死者の蘇生はできません! お母さんは……もう帰ってこないんですよ!!」
なんとなく察していた通りの話だった。要はモルティスは母親を蘇らせるために魔術についての知識が最も多いナルダッドに入学し、ルイがそれを止めるために追って来たというところだろう。
「──いや、できる。最初は俺もできないという結論に至ったが、それは間違っていた。可能なんだ。死者の蘇生は。待っていろ、ルイ。あと少しなんだ。すぐに母さんに会わせてやる」
「兄さん……」
呑まれているな、これは。
「死者の蘇生禁じられてるでしょ」
「知ったことじゃない。死者を蘇らせることの何が悪なんだ」
そう言われると困る。死者を生き返られせること自体が悪いなんて思ったことはない。けど禁忌は禁忌。禁止されていることだ。禁止されているということは相応の理由がある。
「その通り。あんたの言うことは正しいよ。死者の蘇らせて何が悪い。過去を取り戻そうとして何が悪い。悪くない。そう、何も悪くないんだ」
ここにいる誰でもない新たな人物の声。ティアたちは知らないはずだ。けれど俺は知っている。ドロシーも知っている。その人物は黒い翼を羽ばたかせて、モルティスの目の前に降り立った。悪魔だ。
「まーた、会ったなぁ」
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