第10話 異端指定筆頭

 「あの日、私は村に行くつもりはなかったの」

 「あの日って初めて会った時?」

 「そう」


 ノレアの部屋を訪れたとある日、彼女は急にそんな話をし始めた。


 「ならなんでいたの?」

 「因果律が働いたんでしょうね。なんとなく行く気になった」

 「因果律」

 「因果律というのは……と思ったけどあまり良くないわね。簡単に言えば決められた大まかな流れのことよ」

 「ノレアが村に来ることは確定してたってこと?」

 「流石。いつも理解が早くて助かるわ」


 褒められた。のはいいとして、結局なんの話なんだろうか。


 「起こることが決まってるっていうのは全くもってつまらないし気に食わないけれど、シンと会えたことだけはとても感謝してるの」

 「どうして?」

 「あなたが未知だから」


 端的だった。けど、よくわからない答えだった。


 「私は大抵のことを知っている」

 「うん。色々教えてくれる」


 誇張でもなんでもなくノレアはなんでも知っている。たまにはぐらかすことはあるが、俺が聞いたことには大抵答えてくれる。


 「けど君に関してはほとんどわからない。該当する知識がない。見ても把握ができない。未だにそれは変わらない。ただの人間でこんな経験をしたのは初めてなの」


 俺の瞳を覗き込むと、ノレアはその美しい顔で笑みを浮かべる。


 「だから好き。私はあなたを愛してる」

 「でも俺イナニスとかノレアみたいに強くないよ?」

 「別に強くなくてもいいわ。そこはどうでもいいの。……けど、いずれあなたも強くなるでしょうね。今は弱くとも、必ず」

 「ほんと?」

 「ええ。この『理解の超越』が断言してあげる。だってあなたは断罪する者だから。ふふっ、天を落とすのはきっとあなたよ」

 

****** 


 2日が経過し授業が始まった。

 各寮クラスは2つずつ。ティアとフィアとは別のクラスになってしまったが、ルイとは同じだった。授業の難易度に関しては大して高くない。まだ始まったばかりというのもあるだろうが、このレベルなら勉強が困るようなことはしばらくないだろう。

 問題は授業以外の時間。

 俺は有名人になってしまった。理由はエイデンと戦って勝ったから。上の学年の人も噂を聞きつけて見に来ることがある。教師、特に寮担任であるドロシーからも要注意人物として目をつけられてしまっている。一応潜入任務なので目立ちたくはなかったのだが、幸先が悪い。ちなみにティアとフィアもずっと仮面を外さない双子ということで有名だ。もうどうしようもない。


 そんなこんなで2週間が経過した。

 前の世界で自分が学校に通っていたのかは知らないけど、とりあえずこの2週間は新鮮に感じた。だが、ずっとただの学生をやっていくわけにもいかない。動く必要がある。


 「結局監視は?」

 「部屋にはやっぱりない。でも校舎内は死角がないぐらいには魔術で監視されてる」


 今日は──というか毎日ではあるけど──授業が全て終わった後、俺の部屋に集まった。これからの動きについての会議だ。


 「仮面外せば? ここは見られてないんだし」

 「わざわざ外す必要ないでしょ」

 「久しぶりに顔見て話したい」


 学院に来てから2人はずっと仮面をしてる。流石にどこかのタイミングで外してるだろうけど、俺はそれを知らない。だからもう2週間も近くにいるのに2人の顔を見てない。


 「ま、別にいいけど」


 フィアが仮面を外す。それを見るとティアも渋々と仮面を外した。

 現れたのは瓜二つの顔。細かな違いはあれどほぼ同じだ。髪の長さも同じなので、一番わかりやすい違いは目の色。2人とも同じ色のオッドアイだが、左右が違う。右目が赤いのがフィアで、逆に青いのがティアだ。

 あと違いで言えば顔の大部分に刻まれた黒い印の形ぐらいだけど、そこはたまに生きてるみたいに変化してるのであんまり当てにしない方がいい。


 「うん、やっぱり綺麗な目」

 「…………」

 「……だから嫌だったんだよ」

 「? 何が?」

 「なんでもねぇよ」


 何故かティアが不機嫌そうだ。そんなに仮面を外すのが嫌だったんだろうか。


 「で、どうするの?」

 「とりあえず外から調べようと思う」


 ナルダッドは城壁に囲まれた小さな島の上にあるわけだが、島全てが余すことなく校舎で埋め尽くされているわけじゃない。手のつけられていない箇所も少し残っている。調べる価値はあるはずだ。


 「私たちは?」

 「とりあえず待機で」

 「はぁ? なんでだよ」

 「だって別に戦わないし。来てもいいけど暇だよ?」

 「……ならいい」


 ティアは暇が嫌いだ。俺についてくるよりもこの部屋でフィアと話してる方がよっぽど有意義な時間になるだろう。


 「フィア、開いて」

 「適当に校舎の外に繋げていいの?」

 「港と運動場じゃなければ」

 「了解」


 魔力を使用せずとも行使できる特殊な力がこの世界には存在する。産まれながらに持った固有能力、聖教国では神からの授かり物──『ギフト』と呼ばれている力だ。

 これは魔術とは違って学んで使えるようになるものじゃない。選ばれた生物だけが扱うことを許される。

 フィアはそれが許された者の1人。彼女は空間に別の空間へと穴をあけることができる。実際はちょっと違うけれど簡単に言えばそんなところだ。距離制限はあるがそれを差し引いても点と点の動きができるためとても使い勝手がいい。いつもお世話になっている。


 「ありがとう。それじゃ行ってくる」

 「帰りのゲート開いて欲しい時はいつも通りで」

 「うん」


 フィアの開いたゲートを通って俺は校舎の外へと出た。目的地はない。まずは適当に周辺を歩く。俺は感知能力がそれなりに高い。空間に異常が起きれば嫌でもわかるためしばらくそれに頼ることにした。

 ということでしばらく歩いたわけだが、特に収穫はない。四方を高い壁に囲まれているので監獄みたいだなって感想を抱いただけだった。

 今更ながらここは外からだと学校に見えない。ただの要塞だ。なんでこんな厳重な作りになってるんだろう。魔術について教えるだけならこんな厳重である必要はないはずだ。というかそもそもこんな島に学校を立てる意味がない。フォルトゥナに直接聞きに行けばわかるだろうか。いや、答えてくれなさそうだからいいや。


 「歌……?」


 帰るか帰らないか悩んでいたところで、うっすらと遠くから声が聞こえた。こんなところに人がいるらしい。


 「……先生」


 場所は海岸。砂浜の上。壁に阻まれ対して海も見れないそこに、先生がいた。俺たちの学年の寮担任、フォルトゥナの弟子だというドロシーだ。

 何か歌っている。知らない言語の歌だ。多分ノードルン大陸のものじゃない。が、そんなもの気にならないほどにその歌の旋律は、ドロシーの歌声は、とても綺麗なものだった。心に染み渡ってくる、そんな歌だ。エルフは顔の整った美形が多いが、砂浜で歌を歌う彼女の姿はまるで絵に描いたように美しい。最初に学院長室で見た時はともかく、普段教師でいる時のドロシーは真面目で厳しい人ってイメージだったので少し驚いた。


 「…………」


 なんでこんなところにいるのかは気になるが、ただ歌っているだけのようだし今は放置しよう。バレないように離れて──


 「──先生!!」

 「え、な……っ!?」


 大声を出した。当然ドロシーはそれに反応して俺の方へと振り向く。相当驚いたのか、想定以上に体が動いたが、好都合だ。

 ちょうどドロシーの体が元々あった場所に黒い棒が突き刺さった。間一髪だ。あのままだったら串刺しになっていた。間に合わないと判断して声を出したのは正解だったようだ。


 「…………」

 「先生、ちょっと動かすよ」


 すぐさま駆け寄って現状に呆然としていたドロシーをその場から引き離した。


 「大丈夫?」

 「え、いや、おま、お前エルドフォールか! なんで校舎の外に……て、そうじゃなくて! あれ何?!」

 「知らない。でも飛んできたのは上」


 あの棒がなんなのかは俺もわからないけど、どこから飛んできたのかはわかる。

 場所は空。そこに浮かぶ──いや、立つ存在がいた。

 赤い瞳をした男だ。形は人と同じ。だが、遠目から見た時、あれをただの人で人間だと思う人はまずいないだろう。何故なら絶対的に人とは違う箇所があるから。


 「黒い、翼……?」


 そう、黒い翼。男には翼が生えていた。

 翼がのある人型の種族といえばこの世界に3ついる。一つは天使。けど天使は例外なく翼が白色なのでまず違う。であれば人の姿をした龍、龍人。色だけで言えばこれはあり得る。が、龍人は既に超越者である一人を除いて滅んでいる。さらにその唯一の龍人は山から動くことができないとノレアが言っていたのでこれも違う。

となると残るは一つ。

 100年前の第二次天魔大戦において人間と天使に敗北し、魔大陸へと封印された種族にして、アイテール教異端指定筆頭。


 「──悪魔」


 この世に最もいてはならないとされる存在が、そこにいた。

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