第11話 悪魔

 「おいおいおい。だるいなぁ。なぁんで他に人間がいるわけ?」


 悪魔は砂浜に降り立つと、棒を引き抜いた。


 「予定と違うなぁ。困るなぁ」


 容姿は二十代の男。だが、あの黒い翼は間違いない。悪魔だ。

 戦争に負けた悪魔は全て魔大陸へと封印されたはずだというのに何故いる? 封印から逃げることができた悪魔がいたのか?


 「悪魔って、あの悪魔……?」

 「そう」

 「なんでぇ?」

 「知らない」


 状況を把握できてないのは俺もだ。


 「まあでもこのガキも殺せばいいだけかぁ?」


 殺気。

 ドロシーを連れて逃げようかと思ってたけどこれはダメだ。戦闘を避けられそうにない。


 「先生、逃げれる?」

 「が、頑張る……! お前は大丈夫か? 足震えてないか?」

 「大丈夫。時間稼ぐから早く行って」

 「はぁ!? 残るってことか?! ダメに決まってるだろ! お前も逃げるんだよ! 悪魔だぞ、悪魔!!」

 「悪魔だからだよ。2人同時に逃げるのは無理。だから先生は助け呼びに行って。俺はこういうの慣れてるから」

 「…………」


 ドロシーがどれだけ戦えるか知らないけど、多分俺の方が強い。ここは俺が時間を稼いでドロシーを逃す方が現実的だ。


 「……お前はそれなりに強いらしいが、勘違いしてるぞ」

 「え?」

 「お前は生徒で私は教師だ。私が時間を稼ぐからお前が助けを呼んでこい」

 「足震えてるけど」

 「だって怖いんだもん!!」

 「ならやっぱり俺がやるよ」

 「ダメだ!」

 「なんで?」

 「先生は生徒を守るもんなんだよ!」

 「…………」

 「ほら、早く──」

 「──話が長ーい」

 「ひっ!」


 投擲された棒。俺はそれを右手で掴んだ。ドロシーの顔面スレスレだ。


 「そういう割には結構待ってくれてたけど」

 「人の話は邪魔しちゃいけないって常識だろ?」

 「これは邪魔じゃない?」

 「まあじっと待ってられる限度ってもんはあるよなぁ? てかなんでお前当然のようにそれ掴んでるわけ? なんなのその腕」


 ニュアンス的に悪魔は俺が棒を掴んで止めたことじゃなくて、今掴んだままでいることを不可解に思っているようだった。気配で察してはいたけど、これは普通じゃないらしい。義手の方で掴んで正解だった。


 「ドクターが作ってくれた義手」

 「誰だぁ?」

 「俺の……なんだろう」

 「知らねぇよ」


 この棒がなんなのかは予想がつく。気配にも覚えがあるし間違いない。これは深淵属性が付与されている武器だ。悪魔は深淵から吐き出されたと言われる存在だしこんな武器を持ってても驚くことはない。


 「先生、わかった。2人で戦おう。俺が前に出るから。魔術で適当に支援して」

 「はぁ?! ダメだって! せめて私が前に出るから!」


 この人の持つ信念を俺は曲げれそうにない。ならやり方を変える。ドロシーは寮担任なだけでなく強化・支援魔術の講義を受け持っている。俺が自分でやるよりも効果のある支援をしてくれるはずだ。


 「それじゃよろしく」

 「ちょ、待──」


 棒を投げ返し、すぐさま地面を蹴った。


 「返してくれるなんて優しいなぁ、おい」


 掴まれるのは分かりきっていた。どうでもいい。すぐさまその棒で攻撃をしてきたのも一応想定の範囲内。本命はこっち。


 「なんだぁ?」

 「銃」


 棒を躱し、走っている最中に取り出していた銃の引き金を3回引いた。この銃はノレアから新しく貰った六発装填可能な回転式拳銃だ。前のと違い一発ごとに装填する必要がなく、連射が可能になっている。装填されているのは俺の魔力が込められた弾丸。異端である悪魔には間違いなく効く。


 「あっぶな」


 弾丸は悪魔に届くことなく、即座に防御に使った黒い棒にぶつかり棒共々砕け散った。思っていた以上に反応が早い。


 「知らないうちにまーた変なもん作っちゃったのか、人間様は。武器が争いを加速させるって学ばないねぇ」

 「……! そういうのもあるのか」

 「邪魔な壁だなぁ」


 悪魔の鋭利な尻尾がどさくさに紛れて俺を刺そうとしていた。手でも足でもない全く意識していなかった場所からの攻撃。先生が遠くから張ってくれた魔力壁がなかったら結構ぎりぎりでの防御になっていたと思う。

 一旦距離を取ろう。


 「ありがとう、先生。助かった」


 自分から離れた場所に魔力壁を作るのは難しい。俺も魔力操作が得意だからできるけれど、大抵の魔術師は無理だ。


 「人の話聞かないで突っ込むな、このバカ」

 「うん。ごめん」

 「まったく……。まあいい。説教は後でする。お前の事情もよくわからんことも後で聞く。それより今は目の前だ。とりあえず腕力脚力を強化する。他に欲しいのがあったら言え。大抵の強化はできる。あと防御は自信がある。そっちも私がするから気にせず戦え。いいな?」


 さっきと違う。覚悟が決まったって感じだ。フォルトゥナの弟子というだけあってドロシーは思っていた以上に優秀で頼りになる魔術師らしい。防御は任せてしまおう。


 「了解」


 銃を捨てて武器を何にもない空間に出現させた穴から取り出した短剣に切り替えた。不意打ちになるだろうと思って使っていたが、あれに反応してくるならもう役に立たない。


 「その穴、どこに繋がってんだ?」

 「教えない」


 戦闘再開。先手は俺から。魔力を流した短剣で首を狙う。が、


 「魔術って感じでもないし、能力者か。はぁ、どうしたもんかなぁ」


 当たらない。連続で斬りつけるが擦りもしない。ドロシーのおかげでスピードは上がっているというのに全て躱される。しかも余裕が見える。やり方を変えた方がよさそうだ。


 「ここには大した奴いないって聞いてたんだけど、なぁ!」


 繰り出される蹴り。いやらしいタイミングだったが、先生の魔力壁が守ってくれた。


 「ちっ、侵食できねぇのめんどくせぇ。そっちからやるか」


 イラついた様子で舌打ちをすると、悪魔は黒い翼を広げた。念のため距離を取ろうとした次の瞬間、翼から黒い光の球が射出される。おそらく魔力の塊だ。狙いは俺じゃない。


 「先生!」

 「わかってる!!」


 挟み込むように放たれた魔力弾をドロシーは全方位に魔力壁を展開して防いだ。無事だ。


 「優しいねぇ」

 「くっ……!」


 目の前から意識を逸らしたつもりはない。けれど、一瞬だけ気が緩んでしまった。おかげで容易く首を掴まれた。


 「自分を守ったらそりゃ他人は守れないよな」

 「エルドフォール!!」

 「動くな」

 「くそ!」


 これは、良くない状況だ。


 「痛いか? 痛いよな。わかるわかる。首掴まれるのって苦しいんだよなぁ、息できなくて。安心しろ。すぐ楽にしてやるから」


 何か、しようとしている。

 俺の首を掴んでいる悪魔の右手から変な気配がする。嫌な感じだ。多分このままだと死ぬ。死にたくないのでなんとかしよう。ということで短剣を真下に向けて手放した。


 「終われ。深淵に侵されろ」

 「……ズレた、かも」

 「は? ──な……っ!」


 上から降ってきた俺の短剣が悪魔の腕に突き刺さった。頭を狙ってたけど、抜け出せたのでとりあえずはオーケー。


 「痛ってぇなぁ……。なんで下に落ちたのが上から降ってくるんだ?」

 「なんでだろう」

 「ちっ。固有能力持ちかぁ」


 俺の魔力を流している状態ではなかったが、流していた状態ではあった。それなりに効いているはずだ。しばらくは右腕は使えないだろう。


 「お前、めんどくさい。目的も果たせてないし。どうすっかなぁ」

 「目的って?」

 「お前に話して意味ある?」

 「ない」


 最初の時点でドロシーが目的なのはわかっている。けど、理由はなんだ。ドロシーを殺した場合、この悪魔になんの利益が生まれるんだ?


 「だよな。意味ない意味ない。あー、なんかもうめんどくさくなってきた。保険なんていらないだろ。もういいや。帰ろう」

 「帰さないけど」

 「嫌だね」


 黒い翼から魔力弾が足下へと打ち込まれた。その衝撃で砂浜の砂が舞い上がり、俺の視界が完全に砂に埋め尽くされる。密かに取り出していた銃を即座に発砲したが、弾丸が悪魔に当たることはなかった。既に姿がない。逃した。


 「はや」


 あの悪魔の身体能力は高い。が、いくらなんでも速すぎる。流石におかしい。どこに逃げたのか気配を辿ることもできない。瞬間移動をしたか。それともフィアと似たようなゲートを作るような能力があるのか。どちらにせよ厄介だ。


 「エルドフォール!! 首大丈夫か!? 他に怪我は?! 痛いとこがあったらすぐに言えよ!!」

 「こっちも速い」


 悪魔がいなくなるとすぐさまドロシーが駆け寄って来た。


 「大丈夫。怪我してない」

 「本当か?」

 「本当」

 「よ、よかったぁ……。無事ならそれでいい…………わけあるかぁ!! 危ない、忘れてた! 色々聞かせてもらうぞ! あと説教!」


 ドロシーも怪我は特になく元気そうだ。


 「俺もわからないこと結構ある」


 わかったのは魔力の歪みの原因があの悪魔にあるだろうということだけ。まあ十分か。


 「私の方が何もわかってない自信あるぞ!」

 「嫌な自信」

 「ほんとだよ!」


 フォルトゥナは原因を探してもいいが学院の邪魔にはなるなと言った。どうしたものか。俺が聖教国から送られて来た人間であることは学院の関係者に知られてはいけないが、ドロシーの場合は少し特殊だし、教師側に協力者がいてくれると間違いなく楽にはなる。


 「先生、俺が知ってることはできる限り話すけど約束して欲しいことがある」

 「な、なんだ?」

 「誰にも言わないで欲しい」

 「誰かに話されたら困るのか?」

 「俺は困らないけど、困る人は多いと思う。国家規模で」

 「国家規模で!?」


 聖教国の組織の人間である俺が無断でここにいるのは色々と問題がある。ナルダッドはどこの国が所有しているわけでもないが、それでもだ。今はフォルトゥナが黙認してくれているおかげで助かっている。なら正式に許可を取れという話なんだけど、なんでか聖教国はそれをしなかったらしい。変な話だ。どうでもいいけど。


 「……口外しない、そう断言はできない。生徒に危険が及ぶようであれば私は師匠──じゃなくて学院長に報告する義務がある」

 「それならいいよ。フォルトゥナはある程度事情知ってるから」

 「え?」


 予定外ではあるが俺はドロシーに諸々の事情を話すことにした。

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