第9話 学院長

 連れてこられたのは学院長室。位置的には本館の最上階。今はソファに座るように促され、ちょうどお茶を出されたところだ。


 「では聞こうか。ここへは何をしにきた?」


 立派そうな椅子に腰を下ろしたところで、フォルトゥナは俺に尋ねてきた。


 「お説教されに?」

 「そっちじゃない。学院に来た理由だ」

 「魔術を学びに来た」

 「エルドフォールという姓をしておいてそれで納得できるわけないだろう」

 「ん?」


 可能性は考えた。でも流石にミハイルが何も言ってこないならそんなことはないだろうと思った。けど、これは……


 「なんだ、その反応は。もしかしてオマエが機関の執行者だとわかっていないと思っていたのか? エルドフォールなんて姓のやつはミハイルしかいないのだからわかるに決まっているだろう」


 バレてる。


 「ミハイルは何も言わなかったから名字は知らないのかと思ってた」

 「あれの姓を知っている者は確かにごく少数だろうな。……それにしてもあいつとは似てないが、拾われた孤児か?」

 「まあ大体そんな感じ」

 「ふむ。やはり変わったな、あいつは」

 「昔と違うの?」

 「ああ、違う。少なくとも赤の他人の子供に自分の姓を与えるような奴じゃなかったよ。今も元気にしているか?」

 「うん」

 「そうか。ならいい。アイツは唯一生きてる友だからな。死んでもらっては困る」

 「他にも生きてる超越者いるけど、その人たちは? 知り合いでしょ?」

 「ああ、知り合いだ。けど他はゴミだ。死んでも別にいい。というか死んだ方がいい。世界が今より平和になる」


 酷い言いようだった。


 「さて、話を戻そう。オマエは何をしにこの学院まで来たんだ?」


 見透かされてるような感じがする。嘘を言ったところで無駄かもしれない。というか騙せるような嘘がそもそも思い浮かばない。なら、正直に話すか。その方が手っ取り早い。


 「二つ知りたいことがある」

 「ほう、言ってみろ」

 「一つはナルダッドで観測された歪な魔力について」

 「歪な魔力とは?」

 「それを聞きたいから来た。俺は自然界には存在し発生しない不自然な魔力だってことしか聞いてない。聖教国はそれが異端じゃないかって疑ってる。何か知らない?」

 「知らんな」


 嘘だと思う。超越者が自分の領域内の出来事を把握していないわけがない。


 「庇ってる?」

 「庇う?」

 「ミハイルはあなたを悪いことをするような人じゃないって言ってた。ミハイルは嘘をつかないから事実だと思う。でも魔力が観測されたのも事実」

 「だから他の者が何かをしていて私がそれを庇っていると?」

 「違う?」

 「違う。そんな魔力のことなど私は一切知らないし、関与していない」


 聞くだけ無駄そうだ。


 「わかった。けど観測している以上はその正体を見つけないといけない」

 「学院の邪魔にならない程度になら自由に探していい。一切の協力はしないがな」

 「それでいい」


 もともと頼る気はなかったんだ。むしろ叡智の超越相手にこそこそする必要がなくなって助かった。


 「で、一つ目はオマエが自分で調べるとして、二つ目は? 悪いが聖教国の手助けをしてやる気はないぞ」

 「いや、二つ目は個人的な話」


 執行機関とは関係なく、フォルトゥナに聞いておきたいことがあった。


 「黒い異形について聞きに来た」


 俺の住んでいた村を破壊したあの黒い異形。俺はあれについて聞くためにここまで来た。正直なところ任務はついでだ。わざわざミハイルが俺に任せたのは多分それを考慮しての優しさだったんだと思う。何故ならこのフォルトゥナは最初に黒い異形を目撃したとされている人物だからだ。


 「アレと何か因縁が?」

 「住んでた村を壊された。俺以外みんな殺された」

 「復讐か?」

 「いや別に。ただ知りたいだけ」

 「何を」

 「俺だけが生き残った意味を。アレは俺を殺さなかった。俺だけを残した。その理由を知りたい。それを知るために俺は生きてる」


 あの日、あの時、みんなが殺されていた。俺の目の前でみんなが死んだ。でも、アレは俺を見逃した。見つからなかったとかではない。顔を覗き込んで、俺の存在を認識した上でアレは何もしなかった。自分の魔力のことを知った時、それが理由なのかと思ったけど、ノレアは違うと言った。だから理由は他にある。あるはずなんだ。


 「なるほど。断る」

 「え、どうして?」

 「オマエはきっと周りの者たちに恵まれているんだろうな。冷静に考えてみろ」

 「うん」

 「オマエに話をしたとして、その話の分だけの益がワタシにあるのか?」

 「ない」

 「だろう。ならば話してやる気はない。貴重な情報が欲しいなら同等のものを差し出せ」

 「じゃあ何をあげれば話してくれる?」

 「オマエにワタシが欲しいものを用意ができると?」

 「頑張る」

 「はぁ……」


 何故かため息をつかれた。


 「わかった。ミハイルに免じて条件を提示してやろう。二月後、学院内で魔術の腕を競う大会があるからそれに参加して優勝しろ。それを達成できたら話してやる」

 「ありがたいけど、それも別にフォルトゥナ得しなくない?」

 「ほぼしないな。だが皆無ではない」

 「そうなんだ」

 「そうだ」


 どんな得をするのか聞く気はなかった。俺としては黒の異形についての話が聞ければ他はどうでもいい。


 「話はこれで終わりだな。戻っていいぞ、と思ったが場所がわからないか」

 「いや、広間までの道なら覚えてる」

 「そうか。ならあそこに教師を1人待機させて……なんだ?」


 フォルトゥナが扉の方に顔を向けた。なにやら外が騒がしい。


 「お願いします! 学院長とお話をさせてください!!」

 「だから無理なんだってぇ……!」


 扉の前から二つの声がする。どっちも女性だ。片方はここに入ろうとしていて、片方はそれを止めている。そんな感じみたいだ。


 「シン。悪いが開けてもらえるか?」

 「わかった」


 フォルトゥナに言われた通り扉を開けた。

 するとやはりそこには2人いた。エルフとただの人間。どちらも制服は着ていないから、生徒かあるいは教師になるわけだけれど片方……おそらくこの部屋に入ろうとしていたただの人間の方には見覚えがあった。


 「ルイ」

 「あ、あれ、シンさん? なんでここに?」

 「え、誰?」


 部屋に入ろうとしていたのはルイだったみたいだ。


 「ドロシー。どういう状況だ」

 「お、お師匠様! えっと、その、この新入生がどうしてもアウィスの寮に入りたいと聞いてくれなくて……」

 「他の教師はどうした?」

 「1人でもできるだろうって、押しつけられました……」

 「またか……。いや、というか実際1人でもこの部屋に来るまでになんとか止めることはできるだろ。最上階だぞ」

 「いや、だって無理矢理止めたら怪我とかさせちゃうかもしれないじゃないですか?! 可哀想でしょ!!」

 「うわ、急に大声出すな」


 どうやらこのドロシーという女性は教員らしい。ついでにフォルトゥナの弟子みたいだ。


 「まあいい。ここまで来たんだ。せっかくだからワタシが聞いてやろう。オマエは何故アウィスに入りたいんだ? 理由を話せ」

 「会わなきゃいけない人がいるんです」

 「生徒か」

 「はい」

 「ふむ。オマエ、名前は?」

 「ルイ・リュディールです」

 「……ああ、そういうことか。理解した。別に構わんよ」


 詳しい話を聞くまでもなくフォルトゥナはルイの話を承諾した。それに対してドロシーと呼ばれていた女教師が待ったをかける。


 「いや構いますよ! ここまで来て変更は流石にダメですって! もうクラスまで決めちゃってるんですよ!?」

 「もう1人移せばいいだろう。それで均等だ」

 「そんなめちゃくちゃな……」

 「俺が移ろうか?」


 提案してみた。

 冷静に考えて学院を探るのなら手分けした方が効率はいい。他の寮に行くのは結構悪くないと思う。フィアがいるのなら離れていても合流するのは簡単だし。


 「ありがたい申し出だが、その前に確認だ。オマエの近くにいたあの仮面の2人は大切な存在か? ここまで一緒に来ていただろう」

 「? 一応家族だけど」

 「であれば却下だ」

 「なんで?」

 「私が気に食わないからだ」


 短くそう返されたけど意味はよくわからなかった。


 「そもそもオマエを移動させるとバランスが崩れるしな。……ふむ。よし、話は決まった。2人をアウィスの寮まで案内しろドロシー」

 「いや、決まってないです! 人数の件は?!」

 「もう下に投げた。あとはバートが処理する」

 「また副学院長にやらせて……」

 「適材適所だ。オマエも任されたことをさっさとしろ」

 「わかりましたよ。ほら、お前たち行くぞ」


 話は終わった。あとは学院長室を離れるだけ。だが、女教師の後を追って部屋を出ようとしたところで、最後にフォルトゥナが俺たちを呼び止めた。


 「……そうだった。2人とも言い忘れていたことがあった。入学おめでとう。ようこそナルダッドへ。存分に魔術を学んでくれたまえ」

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