第8話 反転魔法陣

 周囲から人を遠ざけ、準備は整った。


 「殺しはなし。気絶まではありでどっちかが降参した時点で終了。オレが勝ったらお前はオレの手下。負けた場合はもう関わらない。ルールはこれでいいな?」

 「わかった」

 「『ギアス』は結ぶか?」


 ギアスは魔術的契約のことだ。結べばルールを破れないよう強制することができる。が、今回はわざわざやるまでもないし、そもそも色々あって俺にはできない。


 「必要ない。面倒」

 「同意見だ。んじゃ始めるぞ。合図は……おい、仮面の。このコインを上に投げろ。床に落ちた瞬間に開始だ」

 「……」


 エイデンから投げられた金貨を受け取ったフィアは渋々それを指で弾く。コインはぐるぐると回転し、やがて地面に落ちると静寂に包まれていた広間にその音が響いた。

 その直後、俺は脚に違和感を感じた。


 「なんだ」


 黒い刃物のようなものが刺さっている。が、痛みはない。


 「それは楔だ。物理的に肉体を傷つけてるわけじゃないから安心しな。魔力操作は制限してるけどな」

 「制限?」

 「そのまんまの意味だ。今テメェは魔力を自由に操れないんだよ。できても魔法陣を形成するぐらいで、魔術の発動自体はできない」


 他者の魔力に干渉する魔術。あるにはあるけど、これは俺が知っているものじゃない。俺が知ってるのはどれも壁や床に刻む刻印型だ。となるとオリジナルか俺がまだ知らない魔術かになるわけだが、どうでもいい。問題は発動が見えなかったことだ。


 「どうする? 魔術を使えない魔術師なんてただの人だ。降参するか?」

 「まだ頑張る」

 「そうか。ならちょっと痛い思いしろ」


 エイデンの正面に展開された4つの魔法陣。二層の魔術文字による文で構成されたそれらはまもなく赤い光を放ち、火の球を吐き出した。

 即座に俺は4枚の魔力壁を作り火球を防ぐ。


 「なんだ、その状態でもちゃんと壁作れるのか」


 エイデンの魔術が強いのもあるだろうが、楔のせいでうまいこと魔力が操作できずに壁の強度が脆くなりすぎてる。いつもなら一枚で耐えれてたはずだけど、一応4枚も作っといて正解だった。


 「攻撃魔術、使えるんだ」

 「当たり前だろ。ここは魔術を学ぶ学校だぜ?」

 「今の時代必要ないでしょ。争いがないんだから」

 「争いがなけりゃ力はいらないか? そんなわけねぇだろ。いついかなる時も生きるために必要になるのは力だ。ま、そもそも争いがないなんて状況があり得ないけどな。ほら、次行くぞ」


 現状で同時に出せる魔力壁は6枚。それだけあれば十分なはずだ。考えるべきは防御ではなく、攻撃の方……


 「……9」


 展開された魔法陣は9つ。それも俺を囲うよう360度に展開されている。


 「魔力操作が得意でなぁ。40メートル以内だったらどこにでも魔法陣は作れる」

 「…………」


 発動した魔法陣。放たれた火球を魔力壁で防ぎ、残りはぎりぎりで躱した。けど、これで終わりじゃない。


 「ほら、追加だ」


 防いで躱す。この繰り返し。近づこうとしたけど、それを邪魔するように魔術を発動してくる。接近が許されない。どうするべきか、悩んでいたところで攻撃が止んだ。


 「よく避けてるな。褒めてやるよ。けどもうわかったろ。お前じゃ俺には勝てねぇ。怪我する前に降参しな。別に俺の手下になったところでお前にデメリットはないんだ。変な意地張らねぇで諦めろ」


 楔が刺さっているこの状態でも、魔法陣が作れるのなら打開策はある。が、大勢が見てる中であまり手の内を晒すことはしたくない。負けたら死ぬのなら話は別だが、これはそうじゃない。負けても死なない。終わりじゃない。そう考えると、このまま諦めてエイデンの手下になるのは悪くない。ナルダッドの力関係がどうなっているのかは知らないけれど、副寮長の下につけばある程度この学院のことも探りやすくなるかもしれない。任務のことを優先してここは──


 「シン、負けんなよー。お前とフィアがそんな奴の手下になんのとか嫌だからな」

 「あ?」

 「…………」


 考えを見透かしたかのようにティアが俺を呼んだ。そして、嫌だと言った。ティアが嫌だと言ったものを見せたくはない。であるならば、やることは決まった。


 「これ、殴りもあり?」

 「ちっ。できるもんならやってみろ」


 イラつきながらエイデンは再度魔法陣を展開した。

 防ぐのも躱すのももうやめだ。どちらもしない。しなくていいようにする。つまりは魔術を発動させない。


 「な、に……?」


 展開されていた魔法陣全てがガラスが割れるように砕け散った。エイデンは状況を理解できていない。俺が何をしたのか把握できていない。


 「……テメェ、何しやがった」

 「魔法陣を相殺した」

 「相殺、だと……?」

 「反転させた魔法陣をぶつけただけ」

 「な……」


 一部の例外を除き、現在の魔術は大きく分けると詠唱型と魔法陣型の二種類存在している。簡単なのは詠唱型だけど、現在主流なのは魔法陣型。

 この魔法陣型で使う魔法陣というのは、26個の正魔術文字とそれを反転させた負魔術文字の合計52文字プラス魔法記号を組み合わせて作るわけだけど、俺はこれを相殺できる。やり方は簡単。魔術文字が鍵だ。不思議なことに対になっている正魔術文字と負魔術文字は反発するようになっている。なんか違う気もするけどわかりやすく言うと1と-1だ。ぶつかれば0になる。つまり展開された魔法陣に対して、反転させた魔法陣をぶつければ魔法陣は消えて魔術の発動は成立しない。


 「一層と二層、合わせて36文字。簡略化してるのか知らないけど正文字しかないから楽だった」

 「ふざけんな!」


 展開された魔法陣は5つ。今度は全部三層だ。基礎的な威力増強の文が追加されている。24文字プラス。支障はない。

 展開直後に魔法陣は砕けた。

 もう特に警戒するものはなさそうだ。終わらせよう。

 俺は地面を蹴って走った。


 「くそ……!」


 接近を妨害しようとさらに魔法陣を展開してくる。けど無意味だ。

 魔法陣型魔術は発動までに『魔法陣を展開する』→『魔力を魔法陣に流し込む』→『発動』の3段階を有する。対して相殺する俺が行うのは最初の『魔法陣を展開する』だけ。厳密には相手の魔法陣を把握する段階もあるが、それはノレアに異常だと言われるぐらいには得意なので展開とほぼ同時に行える。だから発動よりも相殺の速度の方が絶対上回る。


 「っ……! 来るな!!」


 前方3。後方2。右1。左1。頭上1。

 囲まれた。前方の魔法陣は全て文字列が違う。前方だけじゃない。全部の文字を変えてきている。対策してきた。並の魔術師じゃこんな短時間でそんなことはできない。すごい対応力だと思う。でも、今の俺には全て見えている。


 「化け物か……!?」


 全て同時に砕いた。発動はさせない。


 「痛いけど、我慢して」

 「やめ────」


 全力でぶん殴った。当然デンはそのまま倒れた。意識は……まだあるみたい。


 「まだやる?」

 「舐めてんじゃねぇ、クソが……!」


 ふらふらと立ち上がった。すごい怒ってる。


 「俺は、負け組じゃねぇ……! 勝者なんだ!! 一番なんだ!!!」


 やる気はまだある。むしろさっきよりも増している。


 「だから、テメェにも……モルティスの野郎にも、負けねぇ!!」


 執念、というやつだろうか。


 「気絶させたら俺の勝ちで」

 「くたばれぇ!!!」


 展開されたのは15個。許容範囲内だ。が、エイデンの方はそうでもない。身体中に結果のような青く光る線が浮かび上がっている。あれはエイデンの体内を駆け巡る魔力の筋だ。普通はあんなものが浮かび上がってくることなんてないけれど、体の許容量以上に魔力を使おうとした場合に出てくる。要するに良くない状況だ。あのままだと最悪体が消し飛ぶ。

 止めないと。


 「──止まれ」


 静かな声。それが聞こえたと魔法陣は消え同時にエイデンの動きも停止した。


 「なんだ、これ、は……!」

 「頭を冷やせ。ヴォルドゴア」

 「……!」


 声はエイデンの視線の先、俺の背後から聞こえてきたもの。


 「エルフ」


 いたのは黒い布で両目を隠した鋭く長い耳のの少女。エルフだ。

 エルフは歳の取り方が人間とは違うため実際少女なのかはわからないけど、見た目の年齢は俺とそう変わらなそうだった。エイデンと違って制服は着ていないので生徒ではなさそうだ。

 森を連想させる緑の髪を揺らしながらこちらへ歩いてきた。

 2階から戦いを見ていた生徒たちがざわついている。教師たちも驚いている様子だ。

 特別な存在なのは間違いない。

 何者なのか、なんとなく察しはつくが。


 「学院、長……」


 学院長。ここでそう呼ばれるのはただ1人。

 叡智の超越にして、最後の魔法使いとも呼ばれる者。名は──フォルトゥナ。


 「この勝負、ヴォルドゴアの負けだ。回路が焼き切れる。早く医務室に連れて行け。そしてシン・エルドフォール。お前は私について来い」

 「……なんで?」

 「ちょっとした説教だ」


 突然始まった副寮長との戦いは、圧倒的な存在によって突然終わりを迎えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る