第6話 船の上
「何人ぐらい乗ってる?」
「203人だけど、アハトからの話だと合格者は180人だって」
「受験者数は?」
「726人。帝国が一番多かったとは聞いた」
「そう」
各国の会場で行われた入学試験に合格した俺たちはナルダッドへ向かう船の上にいた。
「結局選考基準ってなんだったの? 筆記は簡単だったし魔力量か実技の方?」
「どうだろ。アハトはランダムの可能性があるとか言ってたけど」
「ありえる?」
「さあ」
「う……。き、気持ち悪い……」
そんな話をしている俺の横で、酔ったティアが海へと吐瀉物をぶちまけていた。列車は大丈夫だったのに船はダメだったらしい。
「中で横になってたら?」
そう提案したのはティアと同じ模様のない仮面をつけた少女、フィアだった。
フィアはティアの双子の姉。容姿はすごく似ている。見てわかる違いは髪の長さと、オッドアイの色が逆なことぐらいだが、中身に関して完全に真逆。常に攻撃的なティアに対してフィアはいつも落ち着いている。俺と変わらず16歳のはずなのに大人びてる。
「……二人ともついてくるなら」
「俺は海見てたいな」
「船なんて乗る機会ないしね。私ももう少し見たいから一人で行ってほしい。行けるでしょ?」
「……じゃ、やだ。一緒にいる……」
いつもの姿からは想像できないほど弱々しい。海より珍しいものを見てる気がする。が、流石に放置は可哀想だ。
ということでフィアの方を見ると、フィアも俺を見ていた。考えることは同じか。
「ティア。おんぶするよ」
「なんで……?」
「中行くから。ほら、来て」
俺はティアをおんぶして船内へと歩いた。普段なら抵抗してきただろうけど、やっぱり酔っているせいで大人しい。とりあえず椅子に座らせた。
「なんでこれで馬車と列車は大丈夫なの?」
「さあ」
横に座ったフィアがティアの頭を撫でる。座ったからか、さっき吐いていたからか、少し楽になってそうだ。
「あとどれくらい?」
「1時間ぐらい」
「…………」
「ティア死んじゃわない?」
「流石にない」
乗り物酔いの辛さを知らないし、治癒魔術は得意じゃないので酔いを軽減させることもできない。ティアに対して何かしてあげれることはないだろうか。
「ティア、何かして欲しいことある?」
「……手握ってろ、バカ」
ということで汗で濡れている手を握った。これで楽になるとは思えないけれど、して欲しいと言うのならいくらでもしよう。
「──あの、よければ治癒魔術かけましょうか?」
俺たちと同じ合格者だと思われる見知らぬ少女がおずおずと話しかけて来た。特に怪しい人物というわけではなさそうだが……というか仮面つけてるのが二人もいるしこっちの方が怪しかった。実際少女は仮面のことをとても気にしているようだった。
「できるの?」
「あ、はい。船酔いぐらいなら……」
治癒魔術には大きく分けて二種類存在している。切り傷などを治す外側に干渉するものと精神など内側に干渉するものだ。後者の方が難易度は高い。一応俺も精神に作用する治癒魔術が使えないわけではないが、それは自分にだけ。他者に使うとなるとさらに難易度が跳ね上がるため俺には無理だ。
「ティア、やってもらおう」
「ん……」
少女はフィアと入れ替わってティアの横に座ると頭部に左手を翳した。
「──緑神の腕。もたらされるは閑寂。万緑の力をもって、汝に癒しを与えん」
「緑神……」
詠唱に呼応して翳した左手がうっすらと緑色の光に包まれる。少しして光が消えるとルイが立ち上がった。
「これでもう大丈夫だと思いますけど、どうですか?」
「……気持ち悪く、ない」
ティアの驚いた表情を見るに真実のようだ。
「ティア、お礼」
「あ、ありがとう。治してくれて」
「どういたしまして。到着までは今の状態で持つと思いますけど、激しい運動はしないでくださいね」
とにかく治ってくれてよかった。
「ありがとう。助かった。俺たちじゃ治せなかったから」
「いえ、大したことはしてないです」
「そんなことないよ。その歳でもう治癒魔術が使えるのはすごい」
「逆にこれしかできないんですけどね。しかも外傷は治せない」
「十分だよ」
戦争がなくなった現代では攻撃魔術の需要は大してなくなったが、治癒魔術はこれからの先の時代でも間違いなく腐らない。精神に作用する方なら尚更だ。他者に容易く干渉できるレベルなら生きるのには困らないだろう。
「えっと、同じ受験生……ですよね? 私はルイ・リュディールです。お名前、聞いてもいいですか?」
「俺はシン・エルドフォール。この二人はティア・バルデンガスとフィア・バルデンガス。仮面は取れないから許してあげて欲しい」
「は、はい。全然問題ありません。周りに知ってる人がいなくて、お話ししてもらえるだけでありがたいです」
「どこから来たの?」
「ノードルン大陸東にある田舎の村です」
「東っていうと帝国?」
「そうですね」
ナルダッドには全世界から生徒が集まる。聖教国以外からも当然大勢の人はいる。フィアの言った帝国というのは聖教国の隣国であり大国だ。
「となるとやっぱり果ての森の近くの出身?」
「……え!? なんでわかったんですか?!」
すごい驚かれた。
「詠唱で緑神って言ってたから」
「誰だよ緑神って。神にいないだろ、そんな奴」
この世界を作ったとされる創造神は六柱の神に分かれたと言われている。それが炎神、水神、風神、土神、天神、魔神の六体だ。
「緑神は土神が地下に潜る時に生み出した分身体。一般的に土神と同一視されてたみたいだから大抵の人は名前を知らないと思う」
「そうですね。ごく一部の方しか緑神様については知らないと聞いています。私の場合はご先祖様が緑神様に仕えていたので知っているんですが、シンさんは何故?」
「教えてもらった。知ってる人がいたから」
神々の話はノレアから聞いた。緑神の存在のことも俺に教えてくれたのはノレアだ。
「……その方とお話をさせてもらうことってできますか?」
「なんで?」
「緑神様のことで知りたいことがあるんです」
不思議な頼み事だ。
「緑神に仕えてた家系なんでしょ? なにか知りたいことについて記載されてる資料とか残ってないの?」
「確かに緑神様についての記録は家に保管してありますが、知りたいことについては書いてありませんでした。いや、具体的には書いてなかったの方が正しいですね。私の家が管理している緑神様の暮らしていた森からも得られる情報がなくて手詰まりだったんです」
ティアを治してくれたし協力してあげたいけど流石にノレアと話をさせるのは無理だ。適当に嘘をついて断ろう。
「俺も今どこにいるかわからないから話をさせるのは無理。そもそも教えてくれた人も知識として知ってるだけだから緑神について聞かれてもわからないと思う」
「そうですか、残念です……」
「ごめん」
「いえいえ! 気にしないでください! 念のため確認しておきたかっただけなので!」
確認。緑神について確認したい、か。
「一応何について知りたいのか聞いていい?」
別にどうでもいいことだが気まぐれで聞いてみた。その後ルイは少し思案する様子を見せてから口を開いた。
「──死者を蘇られることは本当に不可能なのか。それが私の知りたいことです」
そう言うルイの表情はすごく真剣だった。
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