第4話 別れ

 光が動いた。


 「あぁあァぁァァアァぁぁ──!!!!」


 間も聞こえた巨人の悲鳴。同時に俺の足は地面についていた。そこでようやく理解する。あの光が巨人の腕を切り裂いたんだと。


 「暖かい……」


 光の影響か、また空気が変わった。さらに体の奥底が暖かい。治癒魔術を使用された感覚に似ている。俺は今癒されているんだ。その証拠に出血が完全に止まっている。視界も意識もはっきりとしてきた。


 「大丈夫ですか?!」


 そう言って駆け寄ってきたのは神器を手にしたレンだった。ゴルドンが持っていた時と違って剣身が光を放っている。この光だ。俺の体を癒してるのも、辛く重たかった空気を打ち払ったのもこの光だ。


 「大丈夫だけど、これは……?」

 「この剣の力です。あとは任せてください。すぐに終わらせます」


 レンは俺を背中に隠すように巨人の正面に立った。


 「ごめんなさい。あなたがなんなのか私は知りません。けど、あなたをこのままにしたらこれから色んな人が不幸になるのはわかります。だから、」

 「ぁあァ、アあぁァァ、あァァ……」


 剣を構えた。

 剣身から発せられる光が天に向かう。やがてその光は巨人の全長をも超えた。


 「ここで、死んでください」


 振り下ろされた剣。光の剣身は頭部から入り込み、巨人の体を真っ二つに両断した。

 悲鳴はない。抵抗もない。レンの手によって巨人は絶命した。


 「…………」


 巨人の亡骸をレンは無言で眺める。何を考えているのか、どんな感情を抱いているのか、レンの背後しか見ることができていない俺にはわからなかった。わかるのは今の彼女が辛そうにしていることだけ。今のレンは罪を背負った罪人のような背中をしている。


 けれど、美しかった。

 まるで救世主みたいで、希望のようで、とても美しかった。


 「……シンさん、終わりました!」


 しばらくして振り返ったレンが見せたのは笑顔だった。


 「────」


 きっと心の底から出たものではない。

 俺を安心させるため、あるいは自分を誤魔化すためのものかもしれない。


 「ありがとう。助かった」

 「そんな、私の方、が……」


 俺の方に歩いてきていたレンの足がなんの前触れもなく突然もつれた。倒れそうになった体を俺はなんとか受け止める。


 「ご、ごめんなさい! なんか体が、疲れちゃって」

 「いいよ。多分疲れてるのは剣の力を使った反動だと思う」


 レンが振るったのは普通の武器じゃない。神器だ。そもそも使えること自体がおかしいが、使ったのなら体にかかる負担はどんでもないはずだ。


 「休もう。もうちょっと待てば俺の仲間が来てくれる」


 俺もだいぶ楽になったものの、完治したわけではない。今はなるべく動きたくない。ティアの方はどうせもう終わってるだろうから待とう。


 「なら、このまま少し休ませてもらい──」


 大地が揺れた。


 「な……」


 アイテールの残骸、白亜の塔、あるいは神の塔と呼ばれるそれから、無慈悲にも新たに2体の巨人が這い出てきた。


 「一体だけじゃ、なかった……?」


 ふざけてる。

 これはどう考えてもおかしい。

 なんでまだ2体もいる? 他にもいるのか? 終わりがない? なんであの塔からこんな意味のわからない巨人が出てくるんだ?


 「あァあぁアァァあァぁぁァ」


 次々浮かび上がってくる疑問をよそに、巨人が近づいてくる。また俺たちを殺そうとしている。これは流石に終わりみたいだ。本当にもうどうしようもない。


 「任せて、ください。私が、シンさんを守ります」


 ふらふらと俺から離れたレンは再び巨人と向き合って剣を構えた。

 俺を助けるために、また戦おうとしている。

 でも無理だ。

 聖剣が本来の力を使えるのなら十分可能だろうけど、レンは疲弊している。神器をまともに扱える状態じゃない。

 本人もわかっている筈だ。

 なのになんで、なんで俺を守ろうとする。俺を助けるために戦おうとする。

 どうして、俺を──


 「──やっぱり神器を一本ぐらい持たせておくべきだったわね」


 聞き馴染みのある声。それが俺の耳に届いた次の瞬間、巨人たちの姿は消え、その巨体があったはずの場所には握り拳ほどの真っ白な球体が転がっていた。


 「ノレア?」

 「ええ、そうよ」


 いたのは白髪銀眼の女性。この世の美を凝縮したように美しい存在。ノレアだ。本来いるはずのない彼女は長い白色の髪を靡かせて近づいてきた。


 「なんで……?」

 「誰かが扉に手をかけたみたいだったから見に来たの。ピンチみたいだったしちょうどよかったわね」


 よくわからないことを言っているが、とにかくノレアが助けに来てくれたみたいだ。よかった。これで助かった。


 「その腕、深淵に汚染されたのね」

 「これ治る?」

 「腕の再生は無理よ」

 「ドクターでも?」

 「無理」

 「あ、そう」


 無理なら仕方ない。


 「で、そっちが『レオ』を抜いたお嬢さんね」

 「レオって?」

 「聖なる剣、あるいは星の剣、その剣に与えられた名前よ」

 「そうなんだ。でもレンが抜いたわけじゃないよ。抜いたのは……レン?」


 振り返ってレンの様子がおかしいことに気づいた。ノレアを警戒している。まるで敵でも見ているかのような目だ。


 「シンさん。その人から、離れてください」

 「え?」


 レンが剣を構えた。


 「レン、大丈夫。ノレアは俺の恩人。危険じゃない」

 「違いますっ……! この人は、危険です!」

 「危険、ね」


 一方でノレアはなんの警戒もしていない。睨みつけてくるレンを眺めて笑みを浮かべているだけだった。


 「ふふっ。7人目が産まれたのかと思っていたけれど、なるほど。あなた『ソウルホルダー』なのね。しかも人工物じゃないなんて珍しい」

 「ソウル、ホルダー?」

 「あら、知らないの? 相変わらずその辺りは雑みたいね。まあ私には関係ない話だからどうでもいいけれど」


 言葉通り、レンを見るノレアの目はどうでも良さそうだった。あまり見たことない顔だ。


 「さて、帰りましょう。ドクターに早く腕を診てもらった方がいいわ。あなただからなんとかなってるだけで重症よ、それ」

 「ま、待ってノレア」

 「何? ティアならフィアが回収してるはずよ。心配いらないわ」

 「違う。レンも、屋敷に連れてく」

 「どうして?」

 「約束した。レンは俺と同じで他の世界から来てて、帰る場所がないみたいだから」

 「珍しいわね。そんな約束するなんて。でも、ごめんなさい。シンの願いならなんでも聞いてあげたいけれど、それに関しては無理よ。十二神器の所有者をこれ以上機関に入れる訳にはいかないわ。ましてやレオとなると余計に聖教国が黙ってない。……と、話してたら来てるみたいね」


 何故か空を一瞥して嘲笑うような口角を上げた後、ノレアは俺の頭に手を置いた。多分転移をするつもりだ。これで一瞬で帰還することはできる。けど、レンは……


 「さようなら、特異点さん。あなたのことはきっと聖騎士が拾ってくれるわ」

 「……ごめん、レン」


 謝った。謝罪以外に何を言えばいいかわからなかった。


 「シンさ──」


 パチンと、指の鳴る音がした。

 転移した、そう気づいた時にはもう目の前にレンの姿はなかった。

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