ぬりかべ
『急がば回れ』という有名な格言があるけれど、回った先も通れない道だったらどうしたらいいんだろう。
「なぁぁぁぁもぉぉぉぉぉぉっ!!」
それが焦っている時に限って起こった場合は、さらにどうしたらいいんだろう。
これで今朝の遭遇回数通算五回目になる『工事中のため立入禁止』の看板を前にして、私は思わず地団太を踏んでしまった。回り道をしても、しても、しつくしても通行禁止だなんて一体どうしたことなのだろうか。
「これ、絶っ対化かされてるぅぅぅぅっ!!」
思わず人目を気にせずに絶叫すると、どこからともなくキャタキャタという笑い声が聞こえてきた。バッと視線を巡らせるが目の前には工事現場があるばかりで事の元凶がどこにいるのかさっぱり分からない。それが余計に腹立たしい。
「~~~~っ!! なんっで試験の日に限ってこんなことするかなぁっ!!」
本音を言うとこのまま強行突破してやりたいくらいなのだが、目の前の道路に大穴が空けられているのを見るとさすがにそれもためらわれる。現実の道路がどんな状況なのかも分からない。もしかしたら本当にマンホールとかが開けられていて只今絶賛工事中なのかもしれない。もしそうであるならば、私は意味不明なことを喚きながら無理やり工事現場に押し入った不審者ということになる。学校にも自宅にも通報が行きそうな事態はなるべく避けたい。
「あーもうっ!! あと抜け道って言ったら……っ!!」
結果、私は地団太を踏むだけ踏んで
──いくらなんでも多すぎる……っ!!
今朝はなぜか家を出た時からこんな調子だった。行く道行く道、みんなこんな風に通行止めで通れやしない。今日から試験期間だから少し早めに家を出たはずなのに、スマホで時間を確かめればもう遅刻が危うい時間になっている。
──試験受けれなかったらどーしてくれんのよぉっ!!
一件目から怪しいとは思っていた。道一杯に底が見えないほどの大穴が空けられているのに、工事車両もなければ作業員の姿もなかったのだから。でも迂回すればきっと通れる道のひとつやふたつ、すぐに見つかると思っていた。三回目の通せんぼに遭遇する前くらいまでは。
「私が何したって言うのよ……っ!!」
多分、何もしていない。これで正解だと思う。
昔話を紐解いても、総じて
──『ぬりかべ』の正体って、タヌキとかイタチとか、何かそんなやつらのイタズラなんだっけ?
遅刻回避のために走りながら必死に頭を回転させる。でも頭にまで酸素が回っていないのか、いいアイディアは中々浮かんでこなかった。
──こんな界隈にも、タヌキとかイタチとかいるんだ。
しかもただの野生生物ではなくて、ヒトを化かしてくる類の。
──あれかな? 意外と寂しがり屋、とか。
……って、そんなことを思っている場合ではない。今しなければならないことは追っ払うための対策を立てることであって、彼らそのものについて考察することではないはずだ。
──えーっと、なんだったっけか? 棒で下の方を叩けとか、通れない道の脇で優雅に煙草を一服すれば通れるようになるとか……
『ぬりかべ』というと某有名アニメに出てくる壁に手足が生えたキャラクターが思い浮かぶけど、古式ゆかしい『ぬりかべ』はああいう姿ではなかったという。イタズラ好きなタヌキが怪異の正体であるならば、物理的に叩くか相手にしないのが一番、ということなのだろう。
──棒で叩くったって棒として使えそうなものはないし、煙草は私未成年だし、そもそも持ってないし……
同じ『一服』で余裕を見せつけるならば、お弁当用に持ち歩いているお茶の水筒を取り出して優雅にティータイムと洒落込めばよかったのだろうか。この方法は多分『余裕を見せつける』という所が肝なのだろうから、散々踊らされてしまった今からでは効き目もないだろう。『物理的に叩く』という所は鞄を振り回せばできなくはないけれど、通学用の鞄を犠牲にしてまで切り抜けたいかと問われるとちょっと
──他にタヌキを追い払う方法って……
私は考えが纏まらないまま道を折れる。ここが最後の頼みの綱だった。
普段は意図的に使わないようにしている、最後の迂回路。ここもダメだったら、潔く家に引き返して仮病でもでっち上げて追試を受けるしかない。
──まぁ、ここを無事に通れるかが、そもそもの問題、なんだけどね……っ!!
私は腹の底に力を込めるとさらに勢いを上げて路地に飛び込んだ。キャタキャタという笑い声が周囲を包む。行く先の路地がボヤリと蜃気楼のように歪む。
だけど次の瞬間、喧騒を切り裂くように響いた獣の吠え声に視界は強制的に正された。
「……っ!!」
全速力で駆け抜けた私の背後でガシャンガシャンと重く鎖が揺れ動く音が響く。次いでギャンッという先程の咆哮とは違う獣の鳴き声が響いて、私に纏わりついていた笑い声が消えていった。でもそれに安堵することなく私は次の角を曲がり、全力疾走で速やかにその場を離れる。
「…っ、はっ……! はぁ……っ、はぁ……っ!!」
私が足を止めれたのは、さらに道を進んで次の角を曲がった時だった。もう獣の咆哮も聞こえなければ、纏わりつく笑い声もない。怪異が消え去ったことと、無事にあの路地を抜けられたことに私は大きく安堵の息を
「……良かっ、…た………」
あの路地に面するとある家では、玄関前のスペースで犬が放し飼いにされている。かなり大きくて気性が荒いブルドック。『危ないからリードをしてくれ』と何回かご近所さんや近くの小学校から苦情が入っているらしいけど、飼い主は『きちんと門は施錠しているから問題ない』と取り合ってくれないらしい。
──あの門、何年も前から壊れてるの、飼い主さん知らないのかな……?
ブロック塀に囲まれたその家は、玄関に続く部分だけ塀が途切れていて、私の胸くらいまでの高さの両開きの扉がはめ込まれている。その鍵は私があの家の存在を知った時から壊れていて、代わりに太い鎖が巻き付けられて鍵の代わりを担っていた。
飼い主はその門を『犬には開けられない』と言い張っているらしいけれど、事実として犬は、あの門を体当たりで開けて外に出ることができる。
あの路地は小学校から私の家の方へ抜ける近道で、近所の小学生もよく使おうとしているみたいだけど、毎度あの犬に吠えかかられて無事に通り抜けれたという話はついぞ聞いたことがない。重傷者こそ出たことはないけれど、いつかは絶対食い殺される人間が出ると、ご近所さんはみんな警戒しているらしい。
でも、今回は逆にそれに助けられた。
「……って! こんな所で休憩していられるような暇はないんだった……っ!!」
息を整え、もう一度足に力を込める。頑張ればなんとか試験に間に合う時間であるはずだ。せっかく頑張って勉強してきたというのに、こんな横槍で追試になったら目も当てられない。
理不尽に嘆きたくなるのをグッとこらえた私は、鞄を担ぎ直すと学校へ向かって走り始めたのだった。
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