第40話 借り物競走

 借り物競走の時が近づいていた。


 ルールは至って単純。

 お情け程度の障害を乗り越え、200メートル先にあるお題を取りに行く。


 そのお題に適した人や物を連れて、ゴール地点に到着すればクリアだ。


 俺が出走するのは後半。

 前半組のレースをぼんやりと眺めながら、俺は重たい息をもらしていた。


「……はぁ」


 生徒指導室で言われた言葉がずっと耳に残っている。


 ──私ばっかり、好きなの? 


 違う。


 俺だって好きだ。


 好きだから、


 大切だから、


 この関係を壊したくないから、


 危険な道を避けようとしていた。


 けど、俺はあの時、上手く言い返すことができなかった。


 それはつまるところ、言い返せるだけの自信がなかったってことで……。


 保身が前提にあったのは否定できなかった。


 ったく。

 本当に俺は……なに、してんだろうな……。


 情けないな、まじで……。


「次、準備して」


 空砲を持った実行委員が指示を飛ばしてくる。


 俺の出番がきたらしい。


「がんばってー、綾辻くーん」


 位置に着くと黄色い声援が降ってきた。


 見れば加原さんの姿がある。

 近くにはクラスの女子が集まっていた。


 みんな一様に俺を応援してくれる。


 くっ……。

 嬉しいけど、こういうのは慣れていない……。


 こ、こういうときはアイツらの顔でも見よう──。


「綾辻の野郎……モテやがって」

「この裏切り者が!」


 おっと、俺の友達……めっちゃ殺気立ってたわ。


 呪い殺す勢いで俺のこと見てたわ。アイツらの顔見ても、安心できそうにないな。


 俺はパンパンと頬を叩き、気持ちを切り替える。


 空砲が放たれたのを合図に、俺は走り出した。



 ★



 五人一斉にスタートし、ほとんど横並びで進んでいく。

 道中にある平均台でバラつきが生まれる。俺は先行集団に負けじとついていき、三着でお題の紙が置かれた机に到着した。


 四つ折りにされている紙から、一つを選ぶ形式。


 熟考したところでさしたる意味はない。


 俺は手近にあったものを取った。


 中を確認する。


 紙には大きな文字で、『シャーペン』と書かれていた。


 これは、かなり当たりじゃないだろうか。


 シャーペンなら、比較的簡単に入手可能だ。

 ホッと、安堵の息を漏らしている時だった。


「ま、まじ……かよ……」


 驚嘆する男子がいた。


 失意の色を瞳に宿し、今にも膝から崩れ落ちそうだった。


 残り物には福があると聞くが、厄介なお題を引いたようだ。


 本来なら無視して、さっさと借り物を探しにいく場面。


 けれど、俺はピタリと足を止めると、彼に近づいていた。


「なぁ」

「え?」


 俺から声を掛ける。


「何のお題、引いたんだ?」

「……こ、これだよ!」


 俺に向かってお題の書かれた紙を見せてくる。


『好きな人』と書かれていた。


 加原さんが言っていた通りだな……。

 本当にこのお題が混ぜ込まれていたようだ。


「ああ、もう、おわった……これだから借り物競走なんか出たくなかったんだ」


 天を仰ぎ、情けない声で嘆いている。


 俺はその場に立ち尽くすと、逡巡を巡らせた。


 我ながらこの思考回路はどうかしていると思う。


 ここでリスクのある行為をする必要性はない。


 もっと理性的に、合理的にやるべきで。


 断じて、こんな咄嗟の思いつきを採用するべきではない。


 でも、それでも。


 多分、どこかで行動には起こさないといけないから。


 いつもいつも、逃げていてはダメだと思うから。


 先延ばしにすればするだけ、距離が離れてしまう気がするから。


 だから。

 俺は、覚悟決めて、そう──切り出した。


「じゃあそのお題、俺にくれないか。これと交換してほしい」

「え、い、いいのか⁉︎」

「あぁ」

「ありがと! お前は命の恩人だ!」


 大袈裟なまでに感謝される。

 俺のお題と自分のお題を取り替えると、彼は満面の笑みを咲かせて観客の方に向かっていった。


「さて……」


 少し目立つことをしてみるか。

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