第38話 昼休憩の邂逅

 昼休憩の時間になった。


 友人と一緒に昼食を取ってから、俺は校内をウロウロと歩き回っていた。


 篠宮先生を探しているのだ。



 俺が参加する借り物競走。

 加原さんの話によれば、『好きな人』と書かれたお題が混ぜられているらしい。


 万が一、そのお題を引いたときの俺の行動を少し相談しておきたかった。


 しかし……。


「見つかんないな……」


 スマホを見ていないのか、俺からのチャットにも気付く様子がない。


 残すところは職員室くらいだが……悪目立ちしそうだよな。


 どうしたものやら。


 と、スマホが軽く振動する。


 篠宮先生からだった。


『話って?』


 スマホで直接伝えてもいいが……文字だけでは誤解を生む危険がある。


 こういう時はしっかりと自分の口から伝えるべきだろう。


 まだ昼休憩はたっぷりあるし。


『生徒指導室まで来てくれませんか? できれば、鍵をもってきてもらって』

『わかった』


 すぐに返事が来る。


 俺は早速、生徒指導室へと向かった。



 ★



 篠宮先生より一足先に生徒指導室の前に到着する。


 ぽちぽちスマホをいじりながら待っていると、小走りで近づいてくる足音がした。


 ツンツンと肩を叩かれる。

 俺は表情を柔らかくすると、顔を上げ──。


「綾辻くん? こんなところで何してるの?」

「加原さん……」


 そこにいたのは加原さんだった。


 篠宮先生だと思い込んでいたから、呆気に取られてしまう。


「あ、えーっと俺は……。加原さんこそどうして?」

「ジャン負けで飲み物買うことになっちゃってさ。自販機に向かってる途中。綾辻くんは?」


 篠宮先生を待っているなんて言えないし……。


「お、俺もそうなんだ。飲み物買いに行こうかと」

「そうなんだ、奇遇だね。じゃ、一緒に行く?」


 俺の機転ではこの程度の返しが限界だった。


 こうなったら一度、加原さんと飲み物を買いに行き、その後で再びこの場所に戻ってこよう。それしかない。


 俺が冷や汗を蓄えながら頷くと、加原さんは軽やかな足取りで前進する。


 俺もその後に続いた。


「午後だよねー、借り物競走」

「あ、ああ、うん」

「わたし、応援してるね。綾辻くんのこと」

「いや、見なくていいって」

「クラスの女子から黄色い声援集めとくよ?」

「絶対やめて」


 陰キャラには即死級の技じゃねぇか。


 こっそりとモブAとして、誰にも注目されずに終わらせたいのだけど……。


 と、加原さんと一緒に階段を降りている最中だった。



 対向から篠宮先生がやってくる。



 淡褐色の髪をポニーテールにしていた。メガネは付けているが、なんで髪型変えてるんだろう。


 って、そんなこと悠長に考えてる場合じゃない! 


「あ、やっほー。篠宮せんせー」

「あ、加原さん……と、綾辻くん……どうしたの? 二人で」


 加原さんが声を掛ける。


 篠宮先生は笑顔を浮かべるも、俺を視認した途端、表情に影を出した。


 声のトーンが一つ落ちている。


「飲み物買いに行こうかと」

「へぇ……一緒に行くなんて仲良いね」

「あはは、仲良いってさ、綾辻くん」

「……ちょ、か、加原さんっ」


 バシバシと俺の肩を叩いてスキンシップを図ってくる。


 篠宮先生の表情がさらに暗くなる。


「じゃ、また後でねー。せんせ」

「うん。またね」


 加原さんが柔和に笑顔を見せると、篠宮先生も呼応するように笑顔を取り繕う。


 俺たちは下降していき、篠宮先生は階段を登っていく。


 去り際、ぽつりと篠宮先生がつぶやいた。


「これ、見せたかったんだ……」

「ち、ちがっ」


 否定しようにも、篠宮先生との距離は離れていく。


「ん? どうしたの? 綾辻くん」

「い、いや……なんでもない」


 俺は咄嗟に加原さんに嘘を吐くと、重たい足取りで自販機へと向かった。

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